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共謀罪の対象となる277の罪名

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2017年 3月 5日(日)15時06分11秒
編集済
   【刑法】                               【印紙犯罪処罰法】

▽内乱等幇助(ほうじょ)                          ▽偽造等

▽加重逃走                                 ▽偽造印紙等の使用等

▽被拘禁者奪取                             【海底電信線保護万国連合条約罰則

▽逃走援助▽騒乱                              ▽海底電信線の損壊

▽現住建造物等放火                           【労働基準法】

▽非現住建造物等放火                            ▽強制労働

▽建造物等以外放火                           【職業安定法】

▽激発物破裂                                ▽暴行等による職業紹介等

▽現住建造物等浸害                           【児童福祉法】

▽非現住建造物等浸害                            ▽児童淫行

▽往来危険                               【郵便法】

▽汽車転覆等                                ▽切手類の偽造等

▽あへん煙輸入等                            【金融商品取引法】

▽あへん煙吸食器具輸入等                          ▽虚偽有価証券届出書等の提出等

▽あへん煙吸食のための場所提供                       ▽内部者取引等

▽水道汚染                               【大麻取締法】

▽水道毒物等混入                              ▽大麻の栽培等

▽水道損壊及び閉塞(へいそく)                       ▽大麻の所持等

▽通貨偽造及び行使等                            ▽大麻の使用等

▽外国通貨偽造及び行使等                        【船員職業安定法】

▽有印公文書偽造等                             ▽暴行等による船員職業紹介等

▽有印虚偽公文書作成等                         【競馬法】

▽公正証書原本不実記載等                          ▽無資格競馬等

▽偽造公文書行使等                           【自転車競技法】

▽有印私文書偽造等                             ▽無資格自転車競技等

▽偽造私文書等行使                           【外国為替及び外国貿易法】

▽私電磁的記録不正作出及び供用                       ▽国際的な平和及び安全の維持を妨げる事と為る無許可取引等

▽公電磁的記録不正作出及び供用                       ▽特定技術提供目的の無許可取引等

▽有価証券偽造等                            【電波法】

▽偽造有価証券行使等                            ▽電気通信業務等の用に供する無線局の無線設備損壊等

▽支払用カード電磁的記録不正作出等                   【小型自動車競走法】

▽不正電磁的記録カード所持                         ▽無許可小型自動車競走等

▽公印偽造及び不正使用等                        【文化財保護法】

▽偽証                                   ▽重要文化財の無許可輸出

▽強制わいせつ                               ▽重要文化財の損壊等

▽強姦(ごうかん)                             ▽史跡名勝天然記念物の滅失等

▽準強制わいせつ                            【地方税法】

▽準強姦                                  ▽軽油等の不正製造

▽墳墓発掘死体損壊等                            ▽軽油取引税に係る脱税

▽収賄                                 【商品先物取引法】

▽事前収賄                                 ▽商品市場における取引等に関する風説の流布等

▽第三者供賄                              【道路運送法】

▽加重収賄                                 ▽自動車道における自動車往来危険

▽事後収賄                                 ▽事業用自動車の転覆等

▽あっせん収賄                             【投資信託及び投資法人に関する法律】

▽傷害                                   ▽投資主の権利の行使に関する利益の受供与等についての威迫行為

▽未成年者略取及び誘拐                         【モーターボート競走法】

▽営利目的等略取及び誘拐                          ▽無資格モーターボート競走等

▽所在国外移送目的略取及び誘拐                     【森林法】

▽人身売買                                 ▽保安林の区域内における森林窃盗

▽被略取者等所在国外移送                          ▽森林窃盗のぞう物の運搬等

▽営利拐取等幇助目的被拐取者収受                      ▽他人の森林への放火

▽営利被拐取者収受▽身の代金被拐取者収受等               【覚せい剤取締法】

▽電子計算機損壊等業務妨害                         ▽覚醒剤の輸入等

▽窃盗                                   ▽覚醒剤の所持等

▽不動産侵奪                                ▽営利目的の覚醒剤の所持等

▽強盗                                   ▽覚醒剤の使用等

▽事後強盗                                 ▽営利目的の覚醒剤の使用等

▽昏酔(こんすい)強盗                           ▽管理外覚醒剤の施用等

▽電子計算機使用詐欺                          【入管難民法】

▽背任                                   ▽残留カード偽造等

▽準詐欺                                  ▽偽造残留カード等所持

▽横領                                   ▽集団密航者を不正入国させる行為等

▽盗品有償譲受け等                             ▽営利目的の集団密航者の輸送

【組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律】           ▽集団密航者の収受等

▽組織的な封印等破棄                            ▽営利目的の難民旅行証明書等の不正受交付等

▽組織的な強制執行妨害目的財産損壊等                    ▽営利目的の不法入国者等の蔵匿等

▽組織的な強制執行行為妨害等                      【旅券法】

▽組織的な強制執行関係売却妨害                       ▽旅券等の不正受交付等

▽組織的な常習賭博                           【日米地位協定の実施に伴う刑事特別法】

▽組織的な賭博場開張等図利                         ▽偽証

▽組織的な殺人                               ▽軍用物の損壊等

▽組織的な逮捕監禁                           【麻薬取締法】

▽組織的な強要                               ▽ジアセチルモルヒネ等の輸入等

▽組織的な身の代金目的略取等                        ▽ジアセチルモルヒネ等の製剤等

▽組織的な信用毀損(きそん)・業務妨害                   ▽営利目的のジアセチルモルヒネ等の製剤等

▽組織的な威力業務妨害                           ▽ジアセチルモルヒネ等の施用等

▽組織的な詐欺                               ▽営利目的のジアセチルモルヒネ等の施用等

▽組織的な恐喝                               ▽ジアセチルモルヒネ等以外の麻薬の輸入等

▽組織的な建造物等損壊                           ▽営利目的のジアセチルモルヒネ等以外の麻薬の輸入等

▽組織的な犯罪に係る犯人蔵匿等                       ▽ジアセチルモルヒネ等以外の麻薬の製剤等

▽不法収益等による法人等の事業経営の支配を目的とする行為          ▽麻薬の施用等

▽犯罪収益等隠匿                              ▽向精神薬の輸入等

【爆発物取締罰則】                             ▽営利目的の向精神薬の譲渡等

▽製造・輸入・所持・注文 幇助の為の製造・輸入等

▽製造・輸入・所持・注文・(第一条の犯罪の目的でない事が証明出来ない時)

▽爆発物の使用、製造等の犯人の蔵匿等

【外国貨幣の偽造に関する法律】

▽偽造等

▽偽造外国流通貨幣等の輸入

偽造外国流通貨幣の行使等



【有線電気通信法                               【賃金業法】


 ▽有線電気通信設備の損壊等                            ▽無登録営業等


【武器等製造法】                               【動労者派遣法】


 ▽鉄砲の無許可製造                                ▽有害業務目的の動労者派遣


 ▽鉄砲弾の無許可製造                            【流通食品毒物混入防止法】


 ▽猟銃等の無許可製造                               ▽流通食品への毒物の混入等


【ガス事業法】                                【消費税法】

 ▽ガス工作物の損壊等                               ▽偽りにより消費税を免れる行為等


【関税法】                                  【入管特例法】


 ▽輸出してはならない貨物の輸出                          ▽特別永住者証明書の偽造等

 ▽輸入してはならない貨物の輸入                          ▽偽造特別永住者証明書等の所持


 ▽輸入してはならない貨物の保税地域への蔵置等                【麻薬特例法】

 ▽偽りにより関税を免れる行為等                          ▽薬物犯罪収益等隠匿

 ▽無許可輸出等                                               【種の保存法】


 ▽輸出してはならない貨物の運搬等                         ▽国内希少野生動植物種の捕獲等


【アヘン法】                                  【不正競争防止法】


 ▽芥子の栽培等                                  ▽営業秘密侵害等

 ▽営利目的の芥子の栽培等                             ▽不正競争等

 ▽アヘンの譲り渡し等                             【化学兵器禁止法】


【自衛隊法】                                    ▽化学兵器の使用


 ▽自衛隊の保有する武器等の損壊等                         ▽毒性物質等の発散


【出資法】                                     ▽化学兵器の製造

 ▽高金利の契約等                                 ▽化学兵器の所持等

 ▽業として行う高金利の契約等                           ▽毒性物質等の製造等

 ▽高保証料                                  【サリン被害防止法】

 ▽保証料がある場合の高金利等                           ▽サリン等の発散

 ▽業として行う著しい高金利の脱法行為等                      ▽サリン等の製造等

【補助金適正化法】                               【保険業法】

 ▽不正の手段による補助金等の受交付等                       ▽株主等の権利の行使に関する利益の受供与等についての威迫行為


【売春防止法】                                 【臓器移植法】

 ▽対償の収受等                                  ▽臓器売買等

 ▽業として行う場所の提供                           【スポーツ振興投票法】

 ▽売春をさせる業                                 ▽無資格スポーツ振興投票


 ▽資金等の提供                                【種苗法】


【高速自動車国道法】                                ▽育成者権等の侵害


 ▽高速自動車国道の損壊等                           【資産流動化法 ▽社員等の権利等の行使に関する利益の受供与等についての威迫行為

【水道法】

▽水道施設の損壊等

【銃刀法】                                   【感染症予防法】

 ▽拳銃等の発射                                  ▽1種病原体等の発散


 ▽拳銃等の輸入                                  ▽1種病原体等の輸入

 ▽拳銃等の所持等                                 ▽1種病原体等の所持等


 ▽拳銃等の譲り渡し等                               ▽2種病原体等の輸入

 ▽営利目的の拳銃等の譲り渡し等                         【対人地雷禁止法】

 ▽偽りの方法に由る許可                              ▽対人地雷の製造

 ▽拳銃実包の輸入                                 ▽対人地雷の所持

 ▽拳銃実包の所持                                【児童買春・ポルノ禁止法】


 ▽拳銃実包の譲り渡し等                               ▽児童買収周旋

 ▽猟銃の所持等                                   ▽児童買春勧誘

 ▽拳銃等の輸入に係る資金等の提供                          ▽児童ポルノ等の不特定または多数の者に対する提供等


【下水道法】                                   【民事再生法】


 ▽公共下水道の施設の損壊等                             ▽詐欺再生

【特許法】                                      ▽特定の債権者に対する担保の供与等

 ▽特許権等の侵害                                【公衆等脅迫目的犯罪資金提供処罰法】

                                           ▽公衆等脅迫目的の犯罪行為を実行しようとする者による資金等を提供させる行為
【実用新案法】
                                           ▽公衆等脅迫目的の犯罪行為を実行しようとする者による者意外の者による資金等の提供等
▽実用新案件等の侵害                               【公的個人認証法】

                                           ▽不実の署名用電子証明書等を発行させる行為

【意匠法】
                                         【会社再生法】
 ▽商法権等の侵害

【道路交通法】                                    ▽詐欺再生

 ▽不正な信号機の操作等
                                           ▽特定の債権者に対する担保の供与等

【医薬品医療機器等法】

 ▽業として行う指定薬物の製造等                         【会社法】
                                                                                                   ▽自動列車制御設備の損壊等                              ▽会社財産を危うくする行為


                                           ▽虚偽文書行使等


【電気事業法】                                    ▽預け合い
                                                                                                    ▽電気工作物の損壊等                                 ▽株式の超過発行


【所得税法】                                     ▽株主等の権利の行使に関する贈収賄


 ▽偽りその他不正の行為に由る所得税の免脱等                     ▽株主等の権利の行使に関する利益の受供与等についての威迫行為

 ▽偽りその他不正の行為に由る所得税の免脱                    【国際刑事裁判所協力法】

 ▽所得税の不納付                                  ▽組織的な犯罪に係る証拠隠滅等

【法人税法】                                     ▽偽証

 ▽偽りにより法人税を免れる行為等
                                         【放射線発散処罰法】


【海底電線等損壊行為処罰法】                             ▽放射線の発散等


 ▽海底電線の損壊                                  ▽原子核分裂等装置の製造

 ▽海底パイプライン等の損壊
                                           ▽原子核分裂等装置の所持等
【著作権法】
                                           ▽特定核燃料物質の輸出入

 ▽著作権等の侵害等
                                           ▽放射性物質等の使用の告知による脅迫
【ハイジャック防止法】
                                           ▽特定核燃料物質の窃取等の告知による強要
 ▽航空機の強取等

 ▽航空機の運航阻害                                【海賊対処法】


【廃棄物処理法】                                   ▽海賊行為


 ▽無許可廃棄物処理業等                              【クラスター弾禁止法】

【火炎瓶処罰法】                                   ▽クラスター弾等の製造

 ▽火炎瓶の使用                                   ▽クラスター弾等の所持



【熱供給事業法】                                  【放射性物質環境汚染対処特別措置法】

▽熱供給施設の損壊等                                 ▽汚染廃棄物等の投棄等


【航空危険行為等処罰法】


 ▽航空危険


 ▽航空中の航空機を墜落させる行為等

 ▽業務中の航空機の破壊等

 ▽業務中の航空機内への爆発物等の持ち込み

【人質強要行為等処罰法】

 ▽人質による強要等

 ▽加重人質強要

【生物兵器禁止法】

 ▽生物兵器等の使用

 ▽生物兵器等の発散

 ▽生物兵器等の製造

 ▽生物兵器等の所持等




 
 
 

2016 Armageddon 御乱心  乱筆 乱文にて 候

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年12月31日(土)17時59分44秒
編集済
      本来なら、聖林の荒唐無稽なスペースファンタジーで、気を紛らす処なんだが、生憎、ソレに相応しい作品が見当たらない。・・・・ので、其処にあったJason Statham主演★SAFE
    悪徳警官の一味、ロシアンマフィア、チャイニーズマフィア、一人の中国人の少女を巡り露中のマフィアが繰り広げる争奪戦&抗争。チャイニーズマフィアが所有する、
    カジノの地下金庫に眠る$3000万。其処に、更に、NY市長が関与する。政治と露中のマフィアを裏で牛耳る大物の存在。其処には、政官財が蠢く相関図が存在

     今にして想えば、運と才能だけで都知事まで上り詰めた人だったのだろうか?!。才能有ったからこそ、数々の著書を世に送り出した。概ね正論。然し、人徳が無いが為に、誰も見向きもしなかった!?。矢張り、文士止まりの人だった!?。執筆活動に没頭する余り、登庁も
    儘ならず、知事職はアルバイト!?。

    舛添氏においては論外。本性は百姓!?。水呑百姓の末裔!?。知事の地位を利用し、やりたい放題。出来上がった餅を召し上がったのが、才色兼備の傑女。見渡せば、気が付けば、猫も杓子
    も政治家。その有り余る才能を、政界でも遺憾なく発揮するのは、唯一、石井苗子女史くらいなモン だろう。プロレスラーから歌手まで。其れまで、全く政治に無関心だった人が、
    ソノ人気だけでソノ座を射止める。それも世の移り変わりと受け止めるしかなさそうだ。

     織田がつき羽柴がこねし天下餅 座して喰らふは徳の川。徳川百合子?!。

        グッジョブセンター沖縄で酔っ払いに殴られたのが、月曜日。土曜日、遅めの飯を喰ってる最中、マダ痛みが引かない違和感。その時やっと、此れはオカシイと想い、夜間
    救急外来で診てもらった。結果、担当医。「残念なお知らせです」ソノ言葉を俺は、「たいした怪我ではないですね。」と勝手に脳内変換していた。

    確かに、頬の骨は折れていた。折れたまんまに今日に至る。医師は、折れてはいるが、今回の件で折れた可能性は極めて低いと診断。「何云ってるんだ!。藪医者か!」と、
    軽~く憤慨。翌日、改めて、形成外科で診てもらうも、同じ診断結果。担当医との会話の中から、数年前の市川市での交通事故が浮上。殴られたのも、左顔側面 、交通事故で、
    強打したのも、左顔側面。その際に、左の頬骨が折れ、其れが、画像で確認された。

    数年前の、市川市での交通事故は、想定外の結末で収束した。想えば、JFKが暗殺された年に生まれ、中年期に人生の活動期に入る筈なのに、事故直後、入院中から、カフェインが常備薬となってしまった。事故直後は頭痛を抑えるために飲んでた珈琲。今では、集中力を絶やさない為に飲んでる。事故当時は、事故に因る耳鳴りも、担当医は歯牙
    にも掛けなかったが、今では耳鳴りを治す薬等が市場に出回るように為った。超音波で耳鳴りを軽減させる療法を施している治療院も在る様だ。

    311の原発事故から翌月の4月。長すぎた本州での生活に終止符を打つ。然し、ソノ島で生きていく事、うちな~を故郷に持つ者の宿命と現実。島の抱える運命。その厳しい現実と向き合わなければならない等と、思い知らされるとは、その時、露程にも想わなかった。

今にして想えば、親父殿の死等も重なり、その時、俺を呼び寄せる何かに、何者かに、引き寄せられたのかもしれない。


苦節53年。6月も終わる頃、やっと、待望の職に有り付けた。此の調子でいけば、良い年越しを迎えられる。あんな事やこんな事。アレも欲しい。コレも☆~い。色々妄想する。好事魔多し!。と言う事か!!。然し、飼い猫に噛まれる。

処方薬 ユナシン錠375mg 用法 1日2回 朝夕食後服用 (抗生物質)細菌による感染症の治療薬。

・病原菌を直接殺す作用があります。呼吸器、尿路、皮膚、眼耳鼻その他の感染症に広く用いられている。
・ペニシリン剤に共通の副作用としてペニシリン過敏症が起こる事があります。下痢、軟便、発疹が起こる事があります。

 ≪後発性情報≫ この薬は特許期間中の為、後発医薬品がありません。
    んっ!。特許期間中!。えっ!。モシカシテ 俺は知らぬ間に治験者。実験台にされていた!!。1日2回なんてトンでもない。飲むたんびに腹を下し、爆弾投下。
    しかも、7日分ってありえへん。素人なのだから、医学的な専門知識など当然ない。から、憶測の域を超えない。超えられない。右親指の患部に残留した猫のばい菌は、抗生
    物質がキャッチし、体外へ運び出す。其れが、下痢という生理作用を齎すのか!?。

    「折角、先生が処方して7日分出てるのですから、此処は、思い切って全~部。ガンバって呑んじゃいましょう。」ナンテ事、抜糸した医師が言う訳ない が。こう頻繁に下痢し
    たんじゃ~身体が持たん。インターバルを設けながら、消化しよう。折りしも、週刊Gが医療系の記事を特集しているが、俺のキャパを遥かにはみ出してるので、スルー。読む
    までもなく、今、俺がソノ実験台となって、結果を導き出そうとしている。其れが答えだ。

    気が付けば、眼科での治療を中断してから、早2年。思い出しながら指していた点眼薬も底を尽き、薬局で入手した目薬でその場凌ぎ。流石に、2年も治療を怠り、炎天下に晒
    されると、「キツイ」長時間、てぃだに焼かれた性なのか、千葉での交通事故の後遺症なのか。最近めっきり、集中力が乏しくなった。すんなりと活字が頭に入る日もあれば、散漫に陥る日もある。其れを行き来戻りつ。
    集中力が持続しても、ソノ後、大脳に与えたダメージなのか。睡魔に襲われる。疲れ易く為った。これも経年劣化、加齢による老化現象なんだろうか。

    老眼、白内障に緑内障。通院しなければ、目薬も手に入らない。予約、診断の工程を省略。取り合えず、普通に見えれば、それで良い。薬局で入手した目薬で眼圧が上がらなければ、
    OK牧場!。猫に噛まれた手を治療する際に投与する抗生物質にしろ、ソレをハタシテ全て飲む必要があるのか。疑問が残る。病院のフロアに立つヒト。恐らく、製薬害社のセー
    ルスマン。彼らも又、新薬の売り込みに必死なんだろう。病院&医者&医薬会社にとって、患者は良い鴨でしかない。本来なら、1日2日、2,3錠で済むものを、「万が一」
    10,000分の1を、殺し文句に、倍の倍。一週間~10日分出しときましょう。「んじゃ~ お大事に~♪」患者に水増しされた医療費。所謂、病院に上納された年貢(¥)は病
    院の維持費、若しくは、高額な医療器具等に化け、更なる集客効果を目論む。J党の先生と結託してれば、・・・・・以下省略。

    2016年申年。やんばるでは大量に日本猿が発生した年だった。その数500匹。そして、SEX&バイオレンスに明け暮れた年でもあった。

        米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸墜落型輸送機MV22オスプレイが13日午後9時50分ごろ、名護市安部の沿岸部で墜落した。毎年、この時期、ヒトではないモノ。陳腐な言
    い方をすれば、「神」否、仏かも知れず?!。何れからの祝福を受ける事は俺様、毎年恒例のセレモニーと化して来ている。

   うちなんちゅは例年に無い程、奮闘した。結果、暴走した山城議長は、当局に由る「威力業務妨害」を盾に60日以上に及ぶ拘留が続いているものの、其れで、脆弱性を露呈する筈も無く、
   粛々と、米基地反対の日々を重ねて行く。大晦日も迫ったこの時期に、オスプレイが、撚りにもよって、名護市安部の海上に墜落した事は、「神の祝福」「啓示」とも受け取れる出来事に想えて
   仕方ない。

   6月の終わり。待ちかんティ~してた職を得る。其れに由って、収入も安定し、晴れて、生活保護も解除。然し、依る年並みには勝てず、11月を持って、リタイヤ。その直前まで、此れだけの仕事、
   果たして、来年の酷暑の中、同じ様に、身体が持つだろうかと自問自答す。夏真っ只中。胸の中央が急に息苦しくなった。直ぐに水分を補給し、日陰で腰を下ろす。後で、猫に噛まれた指を処置する為に、
   病院で、其の事を看護師に話すと、狭心症の疑いが有りそうだとの事。心臓ではなく、胸の中央が息苦しくなる事等、そうある事でもない。かなり切迫した情況に陥っていたのは間違いなさそうダ!。

   2016年も12月を残す直前の11月。老体は既に身体の内奥から悲鳴を上げていた。そして其れを俺一人だけが訊いていた。7月頃には、マダ、土建屋が地中をユンボで掘り返していた。一度、雨でも降ろうものなら、
  安全靴で作業出来たものではない。そんな最中に不発弾は出て来た。恐らく、近所の那覇基地所属の陸自の爆弾処理班が駆け付け、現場の全作業が終了する頃には、不発弾を車両に積んで、出て云った。
11月も終わる頃、鋼製の躯体に防護ネットが張られる。毎朝、五月蝿く、しつこく安全帯の使用を強要していたJV。鋼台から足踏み外し、落下したら一溜まりも無い。なのに、酷暑の中、全く安全策を講じる事無く、何もかも現場に丸投げする。規則に雁字搦めにされ、命を危険に晒す状況下に身体が尽いていけなかった。

すぐ其処に氏神様が就いていなかったら、5ヶ月も其処で続かなかったのかもしれない。

鋼台から、眼下を見下ろし、ふと、閃いた!。

此処に、安倍晋三を埋めてしまえばいい!。否、奴の地元。其の大規模の現場の地中深く埋めて、大量の生コンを流し込んでしまえば、当局も、諦めざるを得ないだろとの、想いを残し、其の現場を自主退場した。


仲島の大石  (那覇市)

那覇市中央部、泉崎1丁目にある琉球石灰岩の巨石。方言ではナカシマヌウフイシという。高さ約6m、周囲約25m下部の周囲約18mの丸い岩で、上部にはアコウ等の植物が繁茂している。明治初年まで、この石は旧那覇港の海中にあり、近くは、仲島の前の浜といい、干潮には砂浜で繫がった。

久米村の風水からみると、久米大通りを竜体、南門を竜首、北門を竜尾に喩えたが、この際仲島の大石は竜珠に喩えられた。[由来記)。

康熙12年(1673)にこの海浜を埋め立てた時、蔡鐸は上申して久米村の管轄とした。(那覇市史資料1-6)。李鼎元の「使琉球録」には、「礁有りて孤立す。高さ二丈、囲五尺ばかり、重畳たる上に、小樹、石頂に攢る。土人云ふ、久米の風水に係ると。所謂、文筆峰なり」とある。

明治から大正期に掛けて数次の埋め立てが行われた結果、この巨石の周囲はすべて埋立地となって住宅が建ち、周辺は大石の前と呼ばれた。現在、付近は那覇バスターミナルとなっており、石は其の構内に在る。

昭和33年に琉球政府指定史跡・天然記念物に指定され、現在は県史跡・天然記念物に為っている。

角川 日本地名大辞典 47 沖縄県

 

辺野古論外 嘉手納基地害 那覇乞食

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年 7月24日(日)21時21分34秒
編集済
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   1959年(昭和34年)1月19日 改定日米安全保障条約に調印 日米間の相互協力及び安全(軍事的)保障条約




1951年(昭和26年)に署名され翌1952年(昭和27年)に発効した旧安保条約を失効。安保条約の改定(新安保条約)




日米安全保障条約の背景に、仮想敵国(ソ連脅威論)が在ったの為らば。同じく、戦後復興70年の節目、日本国の安全を保障するに辺り、沖縄を担保する。「支那脅威論」という仮説を誣いる事で世論を扇動。沖縄島へ米軍基地を強いなければ為らない大和民族の社会的背景。日本政府の事情があったのだろう。





1959年6月30日午前10時40分頃に、アメリカ空軍のノースアメリカンF100Dジェット戦闘機が操縦不能となり、石川市の宮森小学校に墜落。小学生11人、住民6人が死亡。




1960年、国会議事堂の周囲をデモ隊が連日取り囲む大規模の反安保闘争 同年6月15日、機動隊が国会議事堂正門前で大規模にデモ隊と衝突し、デモに参加していた東京大学学生の樺美智子が圧死した。


6月19日、デモ隊33万人が徹夜で国会を包囲する中、新日米安保条約が参議院の議決がないまま午前零時に自然成立。




60年代の安保闘争が、大きな反対運動になりながらも新日米安保条約が発効した後は闘争が急激に盛り下がったのに対し、平成27年9月19日、平和安全法制関連2法が成立。同30日に公布。以降、安倍晋三首相の退陣を要求する倒閣運動は国会議事堂前を拠点に、全国的な規模へ拡散される。




3月4日、辺野古基地移設問題を巡り突如裁判所の和解勧告を受け入れた安倍総理。裁判所の「和解」勧告を受け入れて沖縄県との対立を「一時休戦」に持ち込む決断をした。其れは、正しく、民主主義の勝利。九条が発動した瞬間と云って良いだろう。





想えば、国家(縦軸)と市民(横軸)の闘いに仁義など無い。軍隊は武器を手に戦い、市民は非武装で闘う。国家が縦(頭上)から爆弾投下するのに対し、市民は、常に地上。地を這う。上空の実働部隊は常時、上官の支持を仰ぎ、待機していなければならないが、地上戦を展開する市民は、抑揚を付け、時には休憩しながら、闘いに備える。兵士の武器は、弾が切れれば、只の鉄屑に過ぎない。刃も、何れ折れるだろう。日本政府が戦いを望んでいる市民は、其の存在自体が、武力であり、兵器。観た物を記憶、記録し、伝え、時には理論武装し、時には、破壊し、創造するオールマイティー!。市民は、大洋では闘わない。上空でも闘う事は出来ない。地上が主戦場ダ。政府及び軍隊は戦 う事を望み、市民は権力との闘いに勝利しようと、している。上空から敵を俯瞰する軍隊は、敵しか見ていない。地を這う市民の眼には、其の先にある未来、地平線に昇り、地平線に落ちる陽の光を見る。敵の命を奪う戦いに望む軍隊と、闘いに勝利する事で、完結する市民。戦の後に、敵が存在しない空間に、共生の概念は成立しない。戦の後には、夥しい屍の数と、再生出来ない人類の遺産だけが、後世に引き継がれる。




言語能力が乏しい人間は、反論が巧く出来ないので、人に暴言を吐く。時には、暴力を行使するだろう。ヒトが、生肉を主食とするなら、ルール無用で良いだろう。然し、様々な技法を用いて、グレードの高い物を提供する習性が在るなら、其処に、或る程度のルールとマナーが在っても良さそうなものダ。




他者に依存する為政者は利益誘導を得意とする。自立して生きてくしかない小市民は、堅実に為らざるを得ない。節約、倹約に努め、細~く、長く消費する。消費者が消費を渋ると一番困るのは、経済界や政治家。其処で、増税したり、改憲って奥の手(禁じ手)を使う。叩き、叩かれ70年。生かさず、殺さずで71年目。流石に100年目を目前にすると、馬鹿でも、ボケでも、あれっ!って、気が付き始めるもの。







琉專卑語




たおやかな美の結晶として今に引き継がれる「琉球」    軍事支配を許す其の島の美意識は「微」で、知は「痴」と為り、時には、「恥」を晒し、「稚」を表す事暫く。




大量殺戮兵器の舞う空の下。アイデンティティとか、ナショナリズムとか。愚者の楽園は本店と本舗の違いしかなく、時に、ソノ差もなく。「魂無き繁栄」をツマに晩景を望むに、此れ程、相応しい処も無いものと想える。







客観的に、更に、楽観的に捉えたなら、其れも其の筈。其の南海の孤島には、「核」も在った。大量殺戮無差別破壊兵器も在る。PCで逸早く情報をキャッチし、南国に住みながら、北の幸を頬張る事も可能。俗人として、自己完結する事も、在り得る。




其の島に、唯一欠けているモノ。ソレが「原子力」と謂えるだろう。




飲酒絡みの交通違反者が絶えない沖縄県。既に、25年を経過。ワーストレコード更新中。46都道府県の追随を許さず。毎年恒例の新春、那覇市の奇跡の1mile 国際通りの陳成人等に由る仮装行列も早、20年に為ろうとしている。そんな島が「美ら島」と嘯く背景。




そんな醜悪な島の現風景を目の当たりにして、故郷に対する愛郷心が育まれる筈もなく。そんな故郷に執着する想いは、色褪せ、思い入れは失せる




2016年3月29日 集団的自衛権は無事、施行される。

此れで、名実ともに、独裁政治を敢行する事が可能となり、政敵無き政治権力の行使&軍事支配を、その国で占有し、安倍政府誕生の記念すべき日と為った。




食材は豊富に揃うも、職人不足の感は否めない。万事が、そんな感じ。




1945年から、足掛け71年。短距離弾道ミサイル、中距離弾道ミサイル(ノドン)を毎回、日本海に落とされっぱなしの日本国。1945年、先の大戦(敗戦)から66年目の3月。東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波。その後の余震により引き起こされた大規模地震で福島第一原子力原発は、未曾有の炉心溶融など一連の放射性物質の放出をともなった原子力事故が発生した。大規模の海洋汚染を伴った、原子力放射能汚染は、嘗て、人類が経験した事のない、未だ解決策も編み出せないでいる、




人類史に残る、事件。極東の戦勝国の戦利品と成り下がった民族の汚点でしかない。収束を見ない放射能物物質の放出は、改めて、その国の「安保」安全保障は、その国も人民の生活、生命の安全を担保しないものと、再確認する機会を得た。




今回の集団的自衛権の成立は、安倍政府の思惑通りに進展しない「辺野古基地建設」の新たな打開策とも、想えて来ない事もない。北朝鮮という外堀を埋め、国内への波及効果を狙った?。




専守防衛から先制攻撃へと矛先を変えた日本政府は、北朝鮮を巻き込んだ、「 scrap and build」で北朝鮮を軍事攻撃し、北朝鮮に支配された朝鮮人を金正恩から解放し、ミサイル等で破壊された街の再建に乗り出す。其れこそが、安倍政府が目論む壮大な国家プロジェクト。第二の「満州国建国」なのだろう。




敗戦から71年の間に培った日本国の技術力。戦災に見舞われた隣国の再建に乗り出すであろう安倍政府。其れは、戦勝国☆USAが最も得意とする戦術。其れを模倣する安倍政府。




ヒトは忘れる生き物。人だけが同族を殺戮する。故に、高地に頂く。他のドレも辿り着かない処を目指すが故に、進化し、精鋭化する。その性、故に、ヒューマンエラーを引き起こすと、自己防衛の本能は、初期化する。其れこそが、種の保存の本能。




負の記憶を初期化し、歴史を書き換える。日本がして来た様に。




戦災で破壊された街を、日本国が再建し、71年掛けて磨いた技術力の推移を、北朝鮮に注ぎ込む。其処に、新たな、世襲ではない、その民族の臨んだ国家が誕生し、その国の再建に、貢献した国家も潤う。




Mission 「 scrap and build」 其れは、安倍政府が仕掛けた、自作自演の軍事行動。とは云え、結果“all right”(=終わり良ければ全て良し)(目的の為なら、油断を選ばず)であるなら、何もかも許されるのが、政治の世界?!。




ヒトは洩れなく、何れかの、大なり小なりのコミュニティに属する事を余儀なくされる生き物である。名護市辺野古のキャンプ・シュワブで新たな基地建設が進められる国家的な謀略が展開されようとしている。




其の件は、、日本政府なる国家権力とその島で暮らす原住民との間で、未だに合意を満たしていない。更に、拡大解釈すれば、有史以前から其処に生息する先住者が恐らく居たで在ろう。其の者達の同意を求めなければならないのでは?。12世紀まで時間をさかのぼれば、1000年前から、其処では、生命活動が育まれていたといえる。




ソレ等が、その島の礎を築いたと云えるかも知れない。果たして、其の頃から、その島に生息し、その島を棲家にする容ある物。姿を留めない魂達。日本政府、原住民、有史以前からの先住者。其の三者の同意を見なければ、その島に、新たな軍事支配、大量無差別殺戮施設の完成を見ないのではないのでは無かろうか?。




真っ当に、常識的に、一般論として、嘗て、其処で、無差別に、無抵抗の無辜の民を、昼夜問わず、大量に殺戮した事実がある以上、其の事実を覆す現実がない限り、限りなく、実現不可能。其の国家プロジェクトは成立する事は無い。




先の戦はヒトをモノを、その島に在る容ある全てを破壊し尽くした。其れでも、その島の民族を絶滅に追い遣る事は出来なかった。否、しなかったのか?。奴等の目的がそこに無かっただけ!?。




過去の戦は、生類へ、それ程のダメージを与えなかった。然し、先の大戦の風化。武力行使を可能にした政権の登場で、時代は時の針を巻き戻し、再び、キナ臭くなった。戦時を知る人々は言う。「マルでアノ頃が来た様だ」と。




生物、生命体。安易に十把一絡げに出来るものではなく。種に土の栄養分。大気と十分な水分さえあれば生きていける植物や昆虫。必要最小限に捕食する肉食類&草食類。




マダ、ウブだった頃は、欲も無く、毒も然程、強くもなかった事だろう。肉体の成長に伴って、地位や名誉、時には権力さえ欲しがり、此の世に在る、あらゆる物を欲しがり、飽きたら捨て、醜態を晒す。唯一の生類。




土と水と太陽だけで生きていけるモノ達がいる。其れだけでは生きていけない者達もいる。肉体を持って生存権を賭ける者達がいる。肉体を持たず、存在するモノが、其処に佇み、監視するモノが其処に居る。










13歳の女子生徒は2016年5月9日夜、品川区内の東急大井町線・荏原町駅のホーム端まで行き、そこから上りの急行電車に飛び込んだ

5月12日午後1時25分、演出家の蜷川幸雄氏が、肺炎による多臓器不全のため死去


4月28日から行方不明になっていた沖縄県うるま市在、22歳の会社員、行方不明事件。沖縄県警は、遺体を恩納村安富祖の雑木林に遺棄した疑いで、元海兵隊、米空軍嘉手納基地勤務の軍属・シンザト・ケネフ・フランクリン容疑者( 32 )を5月19日、緊急逮捕した。

東京都小金井市でアイドル活動をしている女性が刃物で刺され意識不明。事件が起きたのは5月21日午後5時ごろ。岩埼容疑者は、女子大生の冨田真由さん(20)を待ち伏せ、ナイフで20回にわたり刺したとみられる。僅か2週間の間に、此れだけに事件が多発している。


22歳のウォーキング中の女性を殺害した米軍属に加害性を訴えるのでは、事態を根本的に改善することは望めない。1995年に発生した在沖米海兵隊数名に由る、12歳の女子小学生を拉致した上、集団強姦した強姦致傷および逮捕監禁事件。今回の事件の被害者と為った女性は、その事件が起きた年に生を受けた。その間21年の時間が在った。事件を起こした当事者の背景、偏に軍属といっても、軍隊に入隊せざるを得ない脆弱な生活環境下、其処から這い上がる為に、已む無く軍隊を選んだ者。米軍への憧れ、愛国心、進学する為の踏み台、自己満足の充足等々。人其々だろう。果たして、一方的に加害者のみに、その責任を押し付ける事が、事態を収束出来るものだろうか?。




確かに、其処に米軍基地が在る限り、米軍絡みの事件、事故は後を絶たない。一方で、2015年、全国学力テストの結果は、小学生20位、中学生最下位と低迷。島内で、飲酒絡みの検挙者は連日の様に続く。所謂、同属社会とも横社会とも言われるゆる~い社会構造。在家社会。在家-俗人( 世俗の名利な等に囚われ。風流、粋等の美意識を解さない教養の低い人、下衆とも言う 出家していない者)加えて、かねひで、ユニオン等のレジで見られる所謂、かねひで商法。一人ひとり御丁寧に、レジチェッカーがエコバックに商品を入れて差し上げる。余計なその一工程が、無駄に時間を浪費。俺みたいなせっかちは、その列に並ぶのを敬遠。渋滞が解消されるのを待ち、店内を一巡、弐巡、時には参巡。敢えて、そうしているのも、俺みたいな輩を当て込んでの商戦術なのだろう。




4月16日未明に発生した熊本地震。5年前の東北地方太平洋沖地震。其れに続く大震災。前回の大震災の頃から、漠然と危惧していた被災者、寄留民の民族大移動。二度に渡る日本列島を襲った天変地異。大和民族が齎すであろう人災は、何れその島を席巻するだろうとする俺の予見は脆くも崩れた。良き隣人と嘯く「外人」は又しても、島の無辜の若い命を無残に葬った。ヒトだけが同類を捕食せず、殺害する。其れは飽くまで、一方的な都合に過ぎず、其れが如何なる状況下で在ろうと正当化される謂れは無い。先の大戦で、島民の4人に一人が戦死したと云われる沖縄戦 沖縄を出自にする者の戦死者は12万人強。其れに加え、1960~1975、普天間、嘉手納基地から飛び立った大量 無 差別殺戮兵器はベトナム戦争で、多くのベトナム人民を無差別大量に殺戮し続けて来た。そんな「沖縄」は嘗て、「悪魔の島」と呼ばれた。悪魔と称されたのなら、地獄を見るのも自明と解するしか無かろう。




ゆいま~る、なんくるないさ~、てーげーに甘んじる間にも悲劇は繰り返される。果たして、惨劇が繰り返されるのは、米軍のみに責任が有るのだろうか?。うちなんちゅには、何の非も無いと云えるだろうか。今更では有るが、彼女が、その時、同伴者を連れていれば、事件事故は防げていなかったか?。被害者に為るであろう当事者意識が欠如してはいなかったか?。3月には、那覇市内のビジネスホテルで熟睡して抵抗できない状態にある観光客の40代女性を暴行したとして、米軍キャンプ・シュワブ所属の海軍1等水兵(24)を準強姦(ごうかん)容疑で逮捕されたばかりだ。とは言え、一人の若い命が奪われた事実は、島人一人ひとりの胸中に重く圧し掛かり、又ひとつ、原罪を背負わされた形だ。とは言え、ヒトは忘れ移ろう習性にある。その事件も、何れ、風化する。




米軍絡みの事件事故が繰り返される背景に、過去、その島で、米兵が、どの様な事件事故を起こしたのかを隠蔽しているであろう軍体質が垣間見えて来る。軍隊の志気を発揚する為には、米軍は必然的に、事実を隠蔽するだろう。其れは、優秀な兵士を育てる過程の上に措いて、阻害原因でしかない事実。軍隊は「性善説」を必要としない。過去、その島で、米軍属がどの様な、事件事故に関わったかを知らないフェンスの向こうの住人は、其処に住む事が、保証される限り、何度でも、同じ過ちを繰り返す。




事件事故を起こした当事者に綱紀粛正を迫った所で、其の被害に晒されている側が、何の対処も、対策の練られていないのなら、此れからも、何度でも、同じ事は起き、同じ場面の展開が繰り返されるだけでしかない。規範を示すべき大人達が、アンタッチャブルなのだから、後に続くであろう次世代が「ロクデナシ」と為るのも、致し方ないと云うしかない。


琉專卑語



琉球大学出身の公務員が頂点の学歴社会

ヒエラルキー
厳然とした職業差別が存在する。年齢制限、スキル、経験値等で人選を篩い分ける。その段階で、「人間失格」の烙印を押される。
採用後に、不適合と判断し、解雇する「大和方式」は、ソノ島では、全く通用せず、飽くまでも、「沖縄方式」が取られる。

職業選択の自由の余地すら、奪われかねない。

面接、選考、不採用通知。
結果、失業者が、街に溢れ、生活保護受給者の更新を免れない。

貧困と差別だけが、置き去りにされる。

年齢制限、経験値、専門的スキル。それ等を優先すれば、職に有り付ける者は、極少数の者に限られ、能力(経験値)人間値の劣る者に社会が支配される。

解答(テスト)用紙の空白を埋める事の出来る小賢しい者だけが勝者と為り、無味乾燥した社会は、差別と暴力で支配される。

長い時間を掛ける程に、ソレは熟成され、それは、其処に根付く。そして、それが、良くも悪くも、文化と為る。


第24回参議院議員通常選挙 7月10日開票 敗戦から71年を目前にしても尚、ソノ、茶番に付き合うのに、いい加減、辟易して来た所。

先の、嘉手納基地所属の、元海兵隊、米軍属が起こした、女性殺害遺棄事件。其れは、政治問題ではない。紛れもなく民族問題。

今夏から、改正公職選挙法に依って、選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げられた。其れに伴って、新たに加わる18、19歳の有権者は約240万人。全有権者数の約2%にあたる。ソレに由って、ソノ島でも、数万の票が、動く。

其れを機に、投票権の拒否権を発動する事にした。要は、「お前の島ダロ!。手前の島(縄張り)なら、手前で始末付けろ!。」ちゅ~ 話や。「深く掘れ己の胸中の泉 余所たよて水や汲まぬごとに」

久し振りに帰郷し、その街の彼方此方から、気色悪い奇声が聞こえて来る。この歳に為るまで、ヘラヘラと笑う輩の黄色い声を訊いた覚えは無かった。

米運基地なき、其の島の未来の姿 その誓願果たせぬ俺自身が、嘲笑われているかのようなこの屈辱感。ならばと、敢えて、笑えぬ状況を作る事で報復しませよう。

敢えて、意図的に、ソノ笑えぬ状況を作り出さなくても、現実は更に深刻になるでせよう。「地球温暖化」ソレは、5年後、10年後には、更に厳しくなるものと想われる。

・・・・ともすれば、「楽しい家族計画」も絶望的!?。ナハ 覇 ハ ハ ハ ハ ハ (^∀^)

ソレに加え、20年に及ぶ、毎年恒例の、那覇国際通りでの珍成人等に由る仮装行列。俺様の縄張りで好き勝手してくれるクソ餓鬼ども。お前らが好き勝手やる様に、俺も好きな様に、自由に、誰の指図も受けず、好きにさせてもらうゼ!。
 

原発スラップ訴訟&辺野古基地建設スラップ訴訟

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年 3月10日(木)05時44分1秒
編集済
  平成十八年十二月十三日提出
質問第二五六号

巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書
提出者  吉井英勝



巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書


 政府は、巨大地震に伴って発生する津波被害の中で、引き波による海水水位の低下で原子炉の冷却水も、停止時の核燃料棒の崩壊熱を除去する機器冷却系も取水できなくなる原発が存在することを認めた。

 巨大な地震の発生によって、原発の機器を作動させる電源が喪失する場合の問題も大きい。さらに新規の原発で始められようとしている核燃料棒が短時間なら膜沸騰に包まれて冷却が不十分な状態が生じる原発でも設置許可しようとする動きが見られる。また安全基準を満たしているかどうかの判断に関わる測定データの相次ぐ偽造や虚偽報告に日本の原発の信頼性が損なわれている。原発が本来的にもっている危険から住民の安全を守るためには、こうしたことの解明が必要である。

 よって、次のとおり質問する。

一 大規模地震時の原発のバックアップ電源について

 1 原発からの高圧送電鉄塔が倒壊すると、原発の負荷電力ゼロになって原子炉停止(スクラムがかかる)だけでなく、停止した原発の機器冷却系を作動させるための外部電源が得られなくなるのではないか。
 そういう場合でも、外部電源が得られるようにする複数のルートが用意されている原発はあるのか。あれば実例を示されたい。
 また、実際に日本で、高圧送電鉄塔が倒壊した事故が原発で発生した例があると思うが、その実例と原因を明らかにされたい。

 2 落雷によっても高圧送電線事故はよく起こっていると思われるが、その結果、原子炉緊急停止になった実例を示されたい。

 3 外部電源が取れなくても、内部電源、即ち自家発電機であるディーゼル発電機と無停電電源であるバッテリー(蓄電器)が働けば、機器冷却系の作動は可能になると考えられる。
 逆に考えると、大規模地震でスクラムがかかった原子炉の核燃料棒の崩壊熱を除去するためには、機器冷却系電源を確保できることが、原発にとって絶対に必要である。しかし、現実には、自家発電機(ディーゼル発電機)の事故で原子炉が停止するなど、バックアップ機能が働かない原発事故があったのではないか。過去においてどのような事例があるか示されたい。

 4 スウェーデンのフォルクスマルク原発1号(沸騰水型原発BWRで出力一〇〇・八万kw、運転開始一九八一年七月七日)の事故例を見ると、バックアップ電源が四系列あるなかで二系列で事故があったのではないか。
 しかも、このバックアップ電源は一系列にディーゼル発電機とバッテリーが一組にして設けられているが、事故のあった二系列では、ディーゼル発電機とバッテリーの両方とも機能しなくなったのではないか。

 5 日本の原発の約六割はバックアップ電源が二系列ではないのか。仮に、フォルクスマルク原発1号事故と同じように、二系列で事故が発生すると、機器冷却系の電源が全く取れなくなるのではないか。

 6 大規模地震によって原発が停止した場合、崩壊熱除去のために機器冷却系が働かなくてはならない。津波の引き波で水位が下がるけれども一応冷却水が得られる水位は確保できたとしても、地震で送電鉄塔の倒壊や折損事故で外部電源が得られない状態が生まれ、内部電源もフォルクスマルク原発のようにディーゼル発電機もバッテリーも働かなくなった時、機器冷却系は働かないことになる。
 この場合、原子炉はどういうことになっていくか。原子力安全委員会では、こうした場合の安全性について、日本の総ての原発一つ一つについて検討を行ってきているか。
 また原子力・安全保安院では、こうした問題について、一つ一つの原発についてどういう調査を行ってきているか。調査内容を示されたい。

 7 停止した後の原発では崩壊熱を除去出来なかったら、核燃料棒は焼損(バーン・アウト)するのではないのか。その場合の原発事故がどのような規模の事故になるのかについて、どういう評価を行っているか。

 8 原発事故時の緊急連絡網の故障という単純事故さえ二年間放置されていたというのが実情である。ディーゼル発電機の冷却水配管の減肉・破損が発生して発電機が焼きつく事故なども発生した例が幾つも報告されている。一つ一つは単純な事故や点検不十分などのミスであったとしても、原発の安全が保障されないという現実が存在しているのではないか。

二 沸騰遷移と核燃料棒の安全性について

 1 原発運転中に、膜沸騰状態に覆われて高温下での冷却不十分となると、核燃料棒の焼損(バーン・アウト)が起こる。焼損が発生した場合に、放射能汚染の規模がどのようなものになるのかをどう評価しているか。原子炉内に閉じ込めることができた場合、大気中に放出された場合、さらに原子炉破壊に至る規模の事故になった場合まで、それぞれの事故の規模ごとに、放射能汚染の規模や内容がどうなるかを示されたい。

 2 経済産業省と原発メーカは、コストダウンの発想で、原発の中での沸騰遷移(Post Boiling Traditional)を認めても「核燃料は壊れないだろう」としているが、この場合の安全性の証明は実験によって確認されているのか。
 事業者が沸騰遷移を許容する設置許可申請を提出した場合には、これまで国は、閉じ込め機能が満足されなければならないとして、沸騰遷移が生じない原子炉であることを条件にしてきたが、新しい原発の建設に当たっては沸騰遷移を認めるという立場を取るのか。

 3 アメリカのNRC(原子力規制委員会)では、TRACコードでキチンと評価して沸騰遷移(PBT)は認めていないとされているが、実際のアメリカの扱いはどういう状況か、またアメリカで認められているのか、それとも認められないのか。
 またヨーロッパなど各国は、どのように扱っているか。

 4 東通原発1、2号機(着工準備中、改良型沸騰水型軽水炉ABWR、電気出力一三八・五万kw)については、「重要電源開発地点の指定に関する規程」(二〇〇五年二月一八日、経産省告示第三一号)に基づいて、〇六年九月一三日に経済産業大臣から指定され、九月二九日に原子炉規制法第二三条に基づいて東通原発1号機の原子炉設置許可申請が国に出された。この中では、沸騰遷移が想定されているのではないのか。

 5 ABWRでは、浜岡5号機や志賀2号機などタービン翼の破損事故が頻発している。ABWRの東通原発が、沸騰遷移を認めて作られた場合に、核燃料が壊れて放射性物質が放出される事態になる可能性は全くないと実証されたのか。安全性を証明した実証実験があればその実例も併せて示されたい。
 また、どんな懸念される問題もないというのが政府の見解か。

三 データ偽造、虚偽報告の続出について

 1 水力発電設備のダム測定値や、火力・原発の発電設備における冷却用海水の温度測定値に関して測定データの偽造と虚偽報告が電力各社で起こっていたことが明らかになった。総ての発電設備について、データ偽造が何時から何時までの期間、どういう経過で行われたのか明らかにされたい。

 2 こうしたデータ偽造と虚偽報告は、繰り返し行われてきた。使用済核燃料の輸送キャスクの放射線遮蔽データ偽造、原発の溶接データ偽造、原子炉隔壁の損傷データ偽造とデータ隠し、配管減肉データ偽造、放射線量データ偽造など数多く発生してきた。日本の原子力発電が始まって以来の、こうした原発関連機器の測定データや漏洩放射線量のデータについての偽造や虚偽報告について年次的に明らかにされたい。

 3 原発の危険から住民の安全を守るうえで、国の安全基準や技術基準に適合しているのかを判断する基礎的なデータが偽造されていたことは重大である。そこで国としては、データ偽造が発覚した時点で、データが正確なものか偽造されたものかを見極める為に、国が独自に幾つかのデータを直接測定するなど検査・監視体制を強化することや、データ測定に立ち会って測定が適正かどうかのチェックをすることが必要である。

国は、検査・監視体制を強化したのか、またデータ測定を行う時に立ち会ったのか。
 これだけデータ偽造が繰り返されているのに、何故、国はそうしたことを長期にわたって見逃してきたのか。
 右質問する。

http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a165256.htm

甘利明元大臣、テレ東取材を中断し提訴「日本は終わりだ。もう私の知ったことではない」


なぜ福島原発事故が起きたのか、報道による検証作業が必要だ。大方の原発が停止したとは言うものの、其れが、無くなった訳ではない。

未だ、其処に「危険物」は存在し、其処では、常に、生命の危機に曝されながら、生活しなければならない。一方では、のほほんと、「安全圏」で何となく生きている人々。一方では、住む所を追われ、職を、家族を奪われ、途方に暮れている人達がいる。

其れを解体するリスクと、どう向き合うかが、課題となる。 在るから起きる。無ければ起きない。

そんな解りきった事に現代に生きる者達が向き合わなかったから起きた悲劇。其れは、「原発」「米軍基地」に限った事ではない。

不完全な「ヒト達」が政治を運営する以上、ヒューマンエラーを伴う。言論機関すら、国家権力に、アンダーコントロール(支配下)されたら、公器すら疑い、信頼置けない。

今回の原発、米軍基地問題は「自由民主党」という一強独裁が齎した。飽く迄、市民に由る投票で、国政にヒトが送られる以上、「市民」に由る、監視、検証を怠る事は許されない。

無関心こそが、事件、事故を絶やさない社会を形成する。

http://biz-journal.jp/2016/03/post_14149_2.html


琉專卑語

「原発事故の政治家への責任追及」という「報道熱」に「冷却水」をかけることに成功事例として、此処に記録する。

日本に在る54基の原発はすべて自民党の主導により、国策として進められてきた。

結果、其れは自民党の党是に大きく貢献し、自由民主党の一強独裁は、経済復興という政策で持って、『敗戦』という負の遺産を風化させて来た。

然し、日米安保という名の国策を最優先する余り、「国家」の安全と、国民の安全は、必ずしも、リンクし無い事が証明されようとしている。

日本の安全を保障する為に在る(日米安全保障)軍事保障は、沖縄を担保する。

敗戦から70年。極東の軍事拠点として、米軍基地の過重負担の中にあっても、テロの脅威に曝されながら、未だ、軍事攻撃が(行われ)無い沖縄。

然し、辺野古に新たな海上軍事拠点を置く事で、其の島の、安全神話を瓦解させようとする、安倍政府の目論見が明らかに為ろうとしている。

1945年3月26日から3ヶ月に及んだ沖縄島での戦で、其の島は、物心両面で大規模に喪失した。

其れは、未だに、戦の傷跡として、島人のDNAに深く刻み込まれ、行く手を阻んでいる。
在沖米軍の軍事訓練が、如何に、激化しようと、其の島の、地理的優位性は揺らぐ事は無い。其れは、大和の「農耕民族」としての、在り様と、「海洋民族」として生きてきた、うちなんちゅの対比が、其の民族を由り強かにして来たとい得るだろう。

南国の大地と太陽が作物に与える光合成。ソレは、其処に住む島人にさえ化学反応を及ぼす。

http://speechpanel.readspeaker.com/cgi-bin/rssp/126749025552780/start/jp/http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a165256.htm

 

Heart of a Warrior: 15 the Samurai

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年 2月28日(日)06時55分3秒
編集済
  「武士の心得」15の名言



01.
「命か忠義かを選べと問われたなら、自分の命など微塵も惜しくはない」

“Life is not so important when forced to choose between life and integrity.”


02.
「仕える主人が厳格過ぎては、家臣の信頼は得られない。だが、主人が信用しすぎると、家臣は手に負えなくなるものだ」

“If one is overly strict, his subordinates will become untrustworthy. If he over-trusts, his subordinates will become unruly.”



03.
「ひとつごとに悟りを開ければ、どんなことにも精通し多くのことを理解できる」

“Once a person has reached enlightenment in one thing, he will have an enlightened mind and understand many things.”


04.
「武士の心得として最も重要なものは何か?自分の成し遂げたいもののために、一分一秒、魂を賭してそれに向き合うこと」

“I’ll give you the answer to the question “What is most important to the heart of a warrior?” The answer is, “To desire with one’s very soul every second of every day to accomplish one’s aim.”


05.
「武士とは、嵐の真っ只中にあろうとも、ひとり立ちすくせる者でなければ価値がない」

“A warrior is worthless unless he rises above others and stands strong in the midst of a storm.”


06.
「何の準備もなく突然の暴風雨に曝されたとしても、慌てふためいたり、逃げ隠れるようなことがあってはならない。雨風に心を乱さず、それを受け入れ我が道を行け」


“If you are caught unprepared by a sudden rainstorm, you should not run foolishly down the road or hide under the eves of houses. You are going to get soaked either way. Accept that from the beginning and go on your way. This way you will not be distressed by a little rain. Apply this lesson to everything.”


07.
「病に伏せたり悩み事に苦しむとき、真の友が誰なのかが分かる。距離を取ろうとするようなら、それはただの臆病者だ」


“You will know who your true friends are when you get sick or distressed. If one you thought was your friend keeps his distance from you during trying times then he should be considered a coward.”


08.
「幸せな結婚の秘訣はただひとつ。最初に出会ったときの気持ちを失わないことだ。それができれば、仲たがいの余地は生まれない」


“The secret to a happy marriage is this: Treat your spouse all of your life as you did when you first met and there will never be room for discord.”



09.
「忠誠心のある武士を見分けるには、主人に忠実な侍をあたることだ。武士とは精神の深部まで主人に使えることができるもの。それは、主人が亡くなっても続くものである」

“To find a retainer with a loyal heart one need look no further than the house of a warrior who is faithful to his parents. A warrior should remain committed to his parents from the depths of his soul, or else after they have passed away he will be filled with regret for what he should have done.”



10.
「知恵とは、賢者に注意を払うことで備わるもの。愛とは、つねに他人のために努力をし、他人に尽くすことから生じるもの。そして、勇気とは状況に関係なく、固く決意し、どんな障壁をも乗り越えた末に手に入れられるもの」

“Wisdom comes from paying attention to wise people. Love comes from always striving for the good of others and placing others before oneself. Bravery is developed by simply gritting one’s teeth and with determination crashing through any barrier in one’s way without regard to the circumstances.”



11.
「いまこの瞬間、何を為すべきかよりも重要なことがある。人の一生は瞬間が幾重にも重なった上に成り立っている。そのことさえ理解できれば、武士は情熱を傾けて生きるのみ。何も恐れることはない」


“There is certainly nothing more important in life than what we do at the present moment. A person’s entire life consists of nothing more than one moment piled on top of another, over and over again. Once enlightened to this, the warrior has nothing else to worry about, because he realizes that he has only to live in the present moment with the utmost intensity.”


12.
「人の一生など、まばたきひとつで消えゆく蒸気のようなもの。自らの楽しみを見つけ人生を費やすことだ」


“A man’s life is only a vapor that vanishes in an instant. One should spend his life doing that which he enjoys. As short as life is, it is foolish to spend it doing only the things one hates.”
Read



13.
「刀を抜いてそれを振るったところで、誰一人あなたと親しく、友となりたいとは思わない。しかし、それを抜かなければ、刀は錆びつき、周囲はあなたを腰抜けと罵る。武士とは、そういうものだ」

“If you keep your sword drawn and wield it about then no one will dare approach you and you will have no allies. But if you never draw it, it will dull and rust and people will assume that you are feeble.”


14.
「ときが経ち、年老いてきたなら、目の前に迫るものを捉えて隠居生活を始めよう。主人への従属を満たすことができる。誰もが優れていれば、抜きん出るのは容易ではない。だが、数が減れば、卓越の境地に達することも、はるかに容易なものとなる」


“As time passes and men age and deteriorate, set your pace to catch those ahead of you and start living healthy and you may fulfill your dreams of long servitude to your lord. When everyone excels it is hard to stand out, but as others start to decline it becomes much easier to achieve greatness.”




15.
「武士は、朝が来るたびに死を覚悟するものだ。朝の静寂のひとときに、自分が雷に打たれ、火にあぶられ、刀や槍で切り裂かれる様を想像する。玄関の一歩外が死界という意識を忘れずにいられるかどうか。これは単なる例え話ではなく、運命に対して準備をする武士の方法だ」


“Every morning a warrior should recommit himself to death. In morning meditation, see yourself killed in various ways, such as being shredded by arrows, bullets, swords, and spears, being swept away by a tidal wave, burned by fire, struck by lightening, dieing in a earthquake, falling from a great height, or succumbing to overwhelming sickness. An elder warrior said, “Once out of your front door you are surrounded by death. Once you leave your gate you are surrounded by enemies.” This saying is not merely a parable, but a way to prepare for your fate.”




                      「時代を超越した概念と精神性が武士道にはある」従属的な心構えから礼儀、人生観や死生観すべてに通ずる、大切な教え

 

 信じる者は救われる 俺、宮本武蔵に為る~♪ 独行道「琉球篇)

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年 2月21日(日)02時17分31秒
編集済
  も~少し、歳を重ねてから書くつもりで居たが、退路を絶つ意志表明を、此処いら辺で、するべきかとも想う。

想えば、母が第三子を堕胎し、程なく、俺は其の堕胎した胎児の霊障に苦しめられる。(アレから、凡そ 半世紀が経過) 其の時、16,17歳。中学3年の頃には、既に、向学心もすっかり失せていた。高校進学等果たせる筈もなかったものの、その時の、高校の面接官が、空手部の顧問。今にして想えば、何を云ったのかは、定かではないが、旨い事、その、空手部の顧問をからかった事で、無事、其の私学に入学を果たした。とは云うものの、学校の授業に興味はなく、空手の稽古だけ没頭。後は、ひたすら、机に頬を付け、一年の大半を、学校の机を枕に寝て過ごす。

一年後、見事、留年決定。歳下と、机並べる嫌悪感から、円満退学。その間にも、水子の霊障に苛まれ、精神&情緒不安定な日々。そんな俺を、見かねた親父殿の案内で、其の頃、愛知県豊橋市で電気業で日々凌ぎ、独り暮らししてた親戚を頼りに上京。以下省略。

あっという間に、30年の月日は流れ、2010年○月○日、南行徳駅前から、チャリに跨り、アジトに向かう途中、駅前の交差点で、クリーニング屋の業務車両に轢かれ、4箇所の骨折、重篤。即入院。翌年、父は80年の人生に幕を閉じる。

17の春、切っ掛けは、母が堕胎した第三子だった。17で上京し、東京、大阪、神戸、名古屋、広島、千葉を転々としてる間に、あっという間の30数余年。上京から数年後、水子供養を施し、俺的には、其の件に、決着を付けてからの、俺の本州放浪行脚。その間、奇妙な体験が少なからず、有った。

上京から1,2年後、隣の豊川市のスズキ自動車のバイク工場で「季節」として入社。即、入寮。最初の奇妙な体験、釈尊からの佛勅やら、アドルフの登場、(独逸語で何やら、呟いた様だが、当然、解る筈も無い) Mas大山の訪問、等々、奇妙な夢を数々見たり。

二度に渡る、強烈な腹痛。(ソレは、沖縄戦で、敵の爆弾の破片が身体を直撃し、其れが、原因で戦死した祖父の実体験が影響してるのかは、定かではない)その後、名古屋を後にし、帝都に着く。足立区に定住し、其処で、務めていた上司の御高配に由って、何とか、自動二輪車免許取得。何を血迷ったのか。その後、何度と無く、横須賀の霊能者(三島之命から言霊を授かる)の許を頻繁に、尋ねる様に為る。其の内の1回は「MISHIMA」だったのかも、解らない。
バイク免許取得後、バイク便のバイトも経験。勤務中の後方確認を怠り、後続のバイクと接触事故。その後、スピード違反等で、数々の違反切符を切られ、ん~万円の反則金を払えず、人生最初(最後?!)の年末年始。X masと正月を、小菅の檻の中で、過ごす事に為る。

気が付けば、人生80年として、とうに折り返し地点を過ぎたのに気が付くも、時、既に遅く。50の大台を迎える。

尼崎 1998

其の頃の生活は、寮生活といえども、楽とい得るほどのモノとは云い難かった。雨露は凌げても、仕事量は激減。会社に借金。懐に有る僅かな軍資金で、大阪難波の場外へ。

大き目の喫茶店?。馬券を握り締めた薄幸のギャラリー達で、店内は満席状態。「さ~♪ ゲートが上がりました。各馬 一斉にスタートです。」

店内の放送で、超満馬券~? Getを知る!!。

1998/03/29 3回2日目 第46回 日経賞(GⅡ)サラ系4歳以上オープン    軍資金 ¥1,000 馬連 1-8の2点買い!


単勝 1 35,570 12
複勝 1
8
6 4,700
650
130 12
7
1
枠連 1 - 6 59,000 31
馬連 1 - 8 213,370 61








其の軍資金を基に、帰郷してれば、その後の人生も、違ったモノに為っていたに違いない。

1997年7月, 沖縄県・名護市・辺野古に、アメリカ軍・普天間基地の機能を移転する計画 が持ち上がった。

その後も、職を転々とし、建設現場を渡り歩いてる間に、気が付けば、其の業界が長く為ってしまった。

更に、月日は流れ、2011年3月11日当日 千葉県習志野の現場は、老人ホーム。

昼を過ぎ、午後2時を過ぎた頃、突然、画面が、大地が縦に、横にと、大揺れに揺れる×2。其の頃を境に、実家から、頻繁に電話が入る。母曰く。「何時までも、其処で生活するつもり?!」 原発震災を境に、資格取得者を優先的に現場に送る会社。無資格の俺は、当然、現場から遠のき、仕事を干される日々。自宅待機が続き、TVは時々刻々と、原発の惨状を伝え、事態の長期化を懸念した俺は、此れを機に、故郷へ帰る事を決心。2011年4月。

其れから、更に2年が経過。国際通りを抜け、チャリで、坂道を疾走。前車の軽貨物車と接触。鎖骨骨折したのが、お盆の日。二回目の骨折。市川での事故と牧志の事故で、耳鳴りと、鎖骨骨折で埋めたプレートで、多少の不具合(後遺症)が残る中で、今日に至る。

取り合えず、何とか生きている次第。

齢52 2045年までの命で良い。 其れでも、十分過ぎる位だ。道の師と仰ぐ、大山倍達が、師と仰いだ宮本武蔵。武蔵の域に遠く及ばないまでも、独り道を彷徨い、求める事は許される。「我 事に措いて 後悔せず」 悔い無きモノにすべく 日々、懺悔しよう。

戒明が、空海に求聞持法を伝えた様に、祭温が清国で、「湖広の者」と名乗る隠者に「陽明学」を授けられた様に、其の名を、歴史に留めない者として、晩節を過ごそう。
康熙47年(1708年)。其の頃の清国は、その様な隠者が少なくなかった時代背景があった。空海が、正規の遣唐使の留学僧として唐に、渡ったのは、延暦23年(804年) 祭温は学を深める為に、空海は修行の為に、大国に渡った。祭温が清の福州へ赴任してから308年。空海が入唐してから1212年。人類は大いに進歩し、メールで、瞬時に会話し、PCで、いち早く、情報をキャッチする。その結果、真実と事実、嘘が混合し、攪拌され、嘘と本物の区別が付き難い世の中に為った。PC一つで、世界を混乱に貶める事も、希望へも、導けるのだから、何も今更、「留学」と称して、外国に往く迄も無くなった。便利に為った分、ヒトは何もしなくなった。

自らの存在理由を問う為にも、釈尊から指名された者の矜持の下、「足跡」を遺すべきなのだろう。名も無き者としての決着。何時の頃からか、この苦しみから逃れたいとの想いがある。人は輪廻し、転生を繰り返す。其の最終章を、この島で迎えるのだろうか。当分、脱出は出来ないものか?。大量殺戮破壊兵器の最前線基地が在る島は、何もかもが面倒で、弥が上にも、現実を直視しなければならない。目を背けても、火薬の匂いが、鼻に纏わり付き、鼻を摘んでも、爆撃機の爆音が鼓膜を直撃する。

少なくとも、其の島の未来へ、「平和」に、「社会」に貢献すれば、最終解脱へ、一歩前進するかもしれず。遣らずに後悔するくらいなら、やって後悔する方が、マダ 救われる余地も在る?。

信じる者だけが救われる。信ずる者だけが歩む道が在る。独り、其の道を行く。



※戒明(かいみょう)大安寺僧 入唐留学僧

 求聞持法を空海に伝えた一沙門。戒明は空海と同じ讃岐の出身で、その後空海が重要視した『釈摩訶衍論』の請来者

若くして大安寺慶俊に師事して華厳を修める。

琉專卑語

本文を書く前後、Marie (喜屋武マリー)のページを久し振りに覗いてみた。 真実の叫び MARIE自伝

何故か、タマが「CONDITION GREEN」にイレギュラーバウンド

川満勝弘(71)2/2 手術を終え、車椅子を押す姿は好々爺然とした風貌。往年の面影も無い。かっちゃん&Condition Green

時は流れるのではない 時は積み重なるのだという事を、肝に染みてぃ


過ぎ行く幻 怒りは鼓動に 遥か彼方に 時は流れて 消えてく 闇の狭間に 微かな月明かり
                                                                                            Marie's Band - Feel the Wind  
 

檄文

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年 2月11日(木)19時41分0秒
    盾の会:三島由紀夫・森田必勝

われわれ楯の会は、自衛隊によつて育てられ、いわば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このやうな忘恩的行為に出たのは何故であるか。かへりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後つひに知らなかった男の涙を知つた。

ここで流した我々の汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同士として共に富士の原野を馳駆した。

このことには一点の疑ひもない。われわれにとつて自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛烈の気を呼吸できる唯一の場所であつた。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなほ、敢てこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云はれようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。

われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのをみた。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力慾、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見てゐなければならなかつた。われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されてゐるのを見た。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によつてごまかされ、軍の名前を用ひない軍として、日本人の魂の腐 敗、道義の頽廃の根本原因をなして来てゐるのを見た。もつとも名誉を重んずべき軍が、もつとも悪質な欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。自衛隊は國軍たりえず、建軍の本義を与へられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与へられず、その忠誠の対象も明確にされなかつた。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤つた。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることはなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に大いなる責務はない、と信じた。

四年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとへに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようといふ決心にあった。憲法改正が、もはや議会制度下ではむずかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となつて命を捨て、国軍の礎石たらんとした。国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によつて国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであらう。日本の軍隊の建軍の本義とは「天皇を中心とする日本の歴史.伝統.文化を守る」ことにしか存在しないのである。国のねぢ曲がつた大本 を正すといふ使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしてゐたのである。

しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起こつたか。総理訪米前の大詰といふべきこのデモは圧倒的な警察力の下に不発に終つた。その状況を新宿で見て、私は「これで憲法は変わらない」と痛恨した。その日に何が起こつたか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢て「憲法改正」といふ火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不要になつた。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬つかぶりをつづける自信を得た。これで、左翼勢力には憲法護持の飴玉をしゃぶらせつづけ名を捨てて実をとる方策を固め、自ら護憲を標榜することの利 点を得たのである。名を捨てて、実を取る!政治家にとつてはそれでよからう。しかし自衛隊にとつては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。

銘記せよ!実はこの昭和四十四年十月二十一日といふ日は、自衛隊にとって悲劇の日であつた。創立以来二十年に亙つて、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとつて、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だつた。論理的に正に、その日を境にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあらうか。

われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みてゐたやうに、もし自衛隊に武士の魂が残ってゐるならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、なんたる論理的矛盾であらう。男であれば、男の矜りがどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上がるのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」といふ屈辱的命令に対する、男子の声はきこえては来なかつた。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかってゐるのに、自衛隊は声を奪はれたカナリアのやうに黙つたままだつた。

われわれは悲しみ、怒り、つひには憤激した。諸官は任務を与へられなければ何もできぬといふ。しかし諸官に与へられる任務は、悲しいかな、最終的には日本から来ないのだ。シヴィリアン.コントロールは民主的軍隊の本姿である、といふ。しかし英米のシヴィリアン.コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のやうに人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。

この上、政治家のうれしがらせにのり、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩まうとする自衛隊は魂が腐つたのか。武士の魂はどこへ行つたのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこへ行かうとするのか。繊維交渉に当たつては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあつたのに、国家百年の大計にかかはる核停条約は、あたかもかつての五.五.三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかはらず、抗議して腹を切るジェネラル一人、自衛隊からは出なかつた。

沖縄返還とは何か?本土の防衛責任とは何か?アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年のうちに自主性を回復せねば、左派のいふ如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。

われわれは四年待つた。最後の一年は熱烈に待つた。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待たう。共に起つて義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまつた憲法に体をぶつけて死ぬ奴はゐないのか。もしゐれば、今からでも共に起ち、共に死なう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇へることを熱望するあまり、この挙に出たのであ る。

於 東京市ヶ谷台自衛隊総監部 昭和四十五年十一月二十五日自刃
 

「三島 由紀夫の遺言」

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年 2月11日(木)19時24分8秒
編集済
  ----ただ文化を守れということでは非常にわかりにくい。文化、文化というと、それがお前自身の金儲けにつながっているからだろうーといわれるかもしれない。文化とは特殊な才能を持った人間が特殊な文化を作り出しているのだから、われわれには関係がない。必要があれば金で買えばいい、守る必要なんかないーと考える者もいるだろう。しかし、文化とはそういうものではない。昔流に表現すれば、一人一人の心の中にある 日本精神を守るということだ。
しかし、その純粋な日本精神は、目に見えないものであり、形として示すことができないので、これを守れと言っても非常にむずかしい。だから私は、文化というものを、そのようには考えない。文化は目に見える、形になった結果 から判断していいのではないかと思う。したがって日本精神というものを知るためには、目に見えない、形のない古くさいものとかんがえずに、形のあるあるもの、目にふれるもので、日本の精神の現れであると思えるものを並べてみろ、そしてそれを端から端まで目を通してみろ、そうすれば自ら明らかとなる。したがって日本精神というものを知るためには、目に見えない、形のない古くさいものと考えずに、形のあるもの、目に触れるもので、日本の精神の現れであると思えるものを並べてみろ、そしてそれを端から端まで目を通してみろ、そうすれば自ら明らかとなる。そしてそれをどうしたら守れるか、どうやって守ればいいかを考えろ、というのである。そしてそれをどうしたら守れるか、どうやって守 ればいいかを考えろ、というのである。歌舞伎、文楽なら守ってもいいが、サイケデリックや”おらは死んじまっただ”などという頽廃的(たいはい)な文化は弾圧しなければならないーというのは政治家の考えることだ。私はそうは考えない。
古いもの必ずしも良いものではなく、新しいもの必ずしも良いものではない。江戸末期の歌舞伎狂言などには、現代よりもっと頽廃的なものがたくさんある。それらをひっくるめたものが日本的であり、日本人の特性がよく表れているのである。日本精神というものの基準はここにある。しかしこれから外れたものは違うんだという基準はない。良いも悪いも、あるいは古かろうが新しかろうが、そこに現れているものが日本精神なのである。日本精神というものの規準 はここにある。しかいこれから外れたものは違うんだという規準はない。良いも悪いも、あるいは古かろうが新いかろうが、そこに現れているものが日本精神なのである。したがってどんなに文化と関係ないと思っている人でも、文化と関係のない人間はいない。歌謡曲であれ浪花節であれ、それらが頽廃的であっても、そこには日本人の魂が入っているのである。この文化論から出発して、”何を守るか”ということを考えなければならない。
 私はどうしても第一に、天皇陛下のことを考える。 天皇陛下のことを言うと、すぐ右翼だとか何だとか言う人が多いが、憲法第一条に掲げてありながら、なぜ天皇のことを云々してはいけないのかと反論したい。天皇を政治権力とくっつけたところに弊害があったのであるが、それも形として政治権力とくっつけたことは過去の歴史の中で何度かあった。しかし、天皇が独裁者であったことは一度もないのである。それをどうして、われわれは陛下を守ってはいけないのか、陛下に忠誠誓ってはいけないのか、私にはその点がどうしても理解できない。ところが陛下に忠誠をつくすことが、民主主義を裏切り、われわれ国民が主権をもっている国家を裏切るのだという左翼的な考えの人が多い。しかし天皇は日本の象徴であり、われわれ日本人の歴史、太古から連続し てきている文化の象徴である。そういうものに忠誠をつくすことと同意のものであると私は考えている。なぜなら、日本文化の歴史性、統一性、全体性の象徴であり、体現者であられるのが天皇なのである。日本文化を守ることは、天皇を守ることに帰着するのであるが、この文化の全体性をのこりなく救出し、政治的偏見にまどわされずに、『菊と刀』の文化をすべて統一体として守るには、言論の自由を保障する政体が必要で、共産主義政体が言論の自由を最終的に保障しないのは自明のことである。
 政府は、最後の場合には民衆に阿諛(あゆ)する事しか考えないであろう。世論はいつも身主社会における神だからである。われわれは民主社会における神である世論を否定し、最終的には大衆社会の持って いるその非人間性を否定しようとするのである。では、その少数者意識の根拠は何であるか。それこそは、天皇である。われわれは天皇ということをいうときには、むしろ国民が天皇を根拠にすることが反時代的であるというような時代思潮を知りつつ、まさにその時代思潮の故に天皇を支持するのである。では、その少数者意識の行動の根拠は何であるか。それこそは、天皇である。われわれは天皇ということをいうときには、むしろ国民が天皇を根拠にすることが反時代的であるというような時代思潮を知りつつ、まさにその時代思潮の故に天皇を支持するのである。戦後の日本人にとっては、真の民族主義はありえず、在日朝鮮人問題は、国際問題であり、リフュジー(難民)の問題であっても、日本国内の問 題ではありえない。これを内部の問題であるかの如く扱う一部の扱いには、明らかに政治的意図があって、先進工業国における革命主体としての異民族の利用価値を認めたものに他ならない。
*新潮文庫『裸体と衣装』初版306頁
 敗戦によって現有領土に押し込められた日本は、国内における異民族問題をほとんど持たなくなりアメリカのように一部民族と国家の相反関係や、民族主義に対して受け身に立たざるをえぬ状況というものを持たないのである。(略)従って異民族問題をことさら政治的に追及するような戦術は、作られた緊張の匂いがする(略)左翼のいふ、日本における朝鮮人問題、少数民族問題は欺瞞である。なぜなら、われわれはいま、朝鮮の政治状況の変化によって、多くの韓国人をかかへてゐるが、彼らが問題にするのはこの韓国人ではなく、日本人が必ずしも歓迎しないにもかかはらず、日本に北朝鮮大学校をつくり、都知事の認可を得て、反日教育をほえおこすやうな北朝鮮人の問題を、無理矢理少数 民族の問題として規定するのである。彼らはすでに、人間性の疎外と、民族的疎外の問題を、フィクションの上に置かざるを得なくなってゐる。そして彼らは、日本で一つでも疎外集団を見つけると、それに襲いかかって、それを革命に利用しようとするほか考へない。たとえば原爆患者の例を見るとよくわかる。原爆患者は確かに不幸な、気の毒な人たちであるが、この気の毒な、不幸な人たちに襲ひかかり、たちまち原爆反対の政治運動を展開して、彼らの疎外された人間としての悲しみにも、その真の問題にも、一願も顧慮することなく、たちまち自分たちの権力闘争の場面へ連れていってしまふ。
三島 由紀夫「反革命宣言」より
 私の中の二十五年を考えると、その空虚に今さらびっくりする。私はほとんど「生きた」とはいえない。鼻をつまみながら通りすぎたのだ。二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変えはしたが、今もあいかわらずしぶとく生き永らえている。生き永らえているどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまった。それは戦後民主主義とそこから生ずる偽善というおそるべきバチルス(つきまとって害するもの)である。
 こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終わるだろう、と考えていた私はずいぶん甘かった。おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、文化ですら。
 私は昭和二 十五年から三十年ごろまで、大人しい芸術至上主義者だと思われたいた。私はただ冷笑していたのだ。或る種のひよわな青年は、抵抗の方法として冷笑しか知らないのである。そのうちに私は、自分の冷笑・自分のシニズムに対してこそ戦わなければならない、と感じるようになった。
 この二十五年間、認識は私に不幸しかもたらさなかった。私の幸福はすべて別の源泉から汲まれたものである。
 なるほど私は小説を書きつづけてきた。戯曲もたくさん書いた、しかし作品をいくら積み重ねても、作者にとっては排泄物を積み重ねたのと同じことである。その結果賢明になることは断じてない。そうかといって、美しいほど愚かになれるわけではない。
 この二十五年間、思想的節操を保ったという自負 は多少あるけれども、そのこと自体は大して自慢にならない。思想的節操を保ったために投獄されたこともなければ大怪我をしたこともないからである。又、一面から見れば、思想的に変節しないということは、幾分鈍感は意固地な頭の証明にこそなれ、鋭敏、柔軟は感受性の証明にはならぬであろう。つきつめてみれば、「男の意地」ということを多く出会いのである。それはそれでいいと内心思ってはいるけれども。
 それより気にかかるのは、私が果たして「約束」を果たして来たか、ということである。否定により、批判により、私が何事かを約束して来た筈だ。政治家ではないから実際的利益を与えて約束を果たすわけではないが、政治家の与えうるよりも、もっともっと大きな、もっともっと重要な約 束を、私は果たしていないという思いに日夜責められるのである。その約束を果たすためなら文学なんかどうでもいい、という考えが時折頭をかすめる。これも「男の意地」であろうが、それほど否定してきた戦後民主主義の時代二十五年間を、否定しながらそこから利得を得、のうのうと暮らして来たということは、わたしの久しい心の傷になっている。
 個人的な問題に戻ると、この二十五年間、私がやってきたことは、ずいぶん奇矯な企てであった。まだそれはほとんど十分に理解されていない。もともと理解を求めてはじめたこではないから、それはそれでいいが、私は何とか、私の肉体と精神を等価のものとすることによって、その実践によって、文学に対する近代主義的妄信を根底から破壊してやろう と思って来たのである。
 肉体のはかなさと文学の強靱との、又、文学のほのかさと肉体の剛毅(ごうき)との、極度のコントラストと無理強いの結合とは、私のむかしからの夢であり、これは多分ヨーロッパのどんな作家もかつて企てなかったことであり、もしそれが完全に成就されれば、作る者と作られる者の一致、ボードレール流にいえば、「死刑囚たり且つ死刑執行人」たることが可能になるのだ。作る者と作られる者との乖離に、芸術家の孤独と倒錯した矜持を発見したときに、近代がはじまったのではなかろうか。私のこの「近代」という意味は古代についても妥当するのであり、『万葉集』でいえば大伴家持(おおとものやかもち)、ギリシア悲劇でいえばエウリピデスが、すでにこの種の「近代」 を代表しているのである。
 私はこの二十五年間に多くの友を得、多くの友を失った。原因はすべて私のわがままに拠る。私には寛厚(かんこう)という徳が欠けており、果ては上田秋成や平賀源内のようになるのがオチであろう。
 自分では十分俗悪で、山気(やまつけ)もありすぎるほどあるのに、どうして「俗に遊ぶ」という境地になれないものか、われとわが心を疑っている。私は人生をほとんど愛さない。いつも風車を相手に戦っているのが、一体、人生を愛するということであるかどうか。
 二十五年間に希望を一つ失って、もはや行き着く先が見えてしまったような今日では、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大であったかに唖然とす る。これだけのエネルギーを絶望に使っていたら、もう少しどうにかなっていたのではないか。私はこれからの日本に対して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましにに深くする。日本はなくなって、その代りに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残すのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。
 

2016 HENOKO Turning Point

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年 2月11日(木)19時15分11秒
  2016/02/02 今年最初の辺野古詣で。那覇市民前広場からバスに乗って、車中で、あっ。三脚忘れた。辺野古到着後、バスから降り、3分後に、あっ!。双眼鏡忘れた。と、気が付くも、時、既に遅く。
今、現在の心境は、戦場カメラマン!?。脆弱なネット環境の下。書く事に重きを置く事を身上にしているとはいえ、何れ、若しくは、ある日突然、Web上から排除、若しくは削除の憂き目を見る事を覚悟しなければ為らないのか、との戦々恐々の想いを抱きながら、何れ、訪れるXdayをも、覚悟しながらのカキコ。

確かに、客観的に見れば、大の大人が、じっ―――っと。PCのモニターを長時間眺めているのは、異様にしか映らない風景と、い得よう。本、新聞等の紙媒体なら、眼、手、足がなければならない。眼で活字を追い、指でページを捲り、その合間に、足を使い、書斎と、流し台を行き来し、お湯を沸かし、珈琲カップを洗う。

然し、ネットサーフィンは、それ等を略、省略させてしまう。極論すれば、机上に、ぽんっと、首級を机上に乗せ、その眼は、モニター上の活字を追いかける事で、自己完結する。其れだけ、インターネットは、破壊力、殺傷力。共に、抜群の文明の利器!。ヒトを魅了させてしまう魔力を秘めている。『取り扱い注意』

同一の民主主義圏?!の環境下に在って、一月の間に、二桁、三桁の本を読破する日常を送り、尚且つ、自らの、ブログで精力的に筆跡する「先輩」がいる。辺野古詣での車中では、後期高齢者が口角泡飛ばし、持論、反論、総論を展開する。其れ等を、傍らで傍聴してると、前期高齢者?!の、俺一人独り、「負けた」と、呟きたくなる。

俺も、マダマダだな、と。不慣れで、無口な俺は、1分も喋れない。カラオケにも行かない。辺野古行きのバスに乗る回数と、マイクを握る回数は比例する。積極的に搭乗していない。マイクを持って、延々と泡飛ばす「大先達」は有段者。『黒帯』 その俺はというと、「白帯」ではないにしろ、「色帯」なんだろう。

山城博冶沖縄平和運動センター議長曰く。『我々は「団塊の世代中心(フリーに為った皆さん) 年齢層は、60代後半~70代。40代も、50代も居ない。現場に、現役世代が居ない。黄金のシルバー世代なんだ。民主主義を実践してきた世代なんだ。此の世代は、戦後のベビーブームで生まれ、そして、学校で、「日本国憲法」を学び、民主主義とは何か!。平和とは何か!!。国際協調とは何か!!!。と、云う事を学んだ、その後でも、その先でも無い。民主主義を実践して来た世代。その世代が、退職して、背中に翼を付けて、辺野古のゲート前に飛んで来て、座り込んでいる。その世代こそが、辺野古の闘いを支えて、力強く、全国に発信している。

臆する事はありません。

私達は今、団塊の世代がマダ、元気でいる昭和20年、戦争が終った年に生まれた人でも70歳。それから以降、60歳。元気そのものですよ!。

やっぱり、此の世代は、戦争の苦労を直接、親から訊いた世代。戦争だけは、やっちゃ~ならん、と云う話を、得々と訊いた世代。

学校では、民主主義を訊いた人だし、そして今、《「安倍」》が憲法を変え様としている時に、一番、危機感を感じている世代。そんな皆様が、辺野古の現場に座り込んでいるから、私は強いんだと想います。』

筋金入りの運動家とはこういう者なんだろうかと、感心する以外に無い。(ホントウニヨクシャベル)

確かに、後期高齢者が主戦と為って、キャンプシュワブの反基地阻止運動は展開されている。晴天のゲート前でハンドマイク片手に、口角泡飛ばし、「基地反対」の姿勢は、正攻法だろう。アーケード街で、他人の迷惑顧みず、ヘイトスピーチするのと訳が違うだろ。

然し、一方。ネット配信はリスクを伴う。所謂、「攻略法」 「戦略」 「情報量」を携え、慎重に行かないと、地雷を踏んでしまう。

2月○日、アジトに戻る。んっ!?。鍵が掛かって入ない。部屋の電気が点っている。PCの不具合。保管していた画像が見当たらない。添付した画像が、my PCと外部のPCで観る画像が一致しない。

掲示板に添付した画像が、或る連中の「怨」に触れたのだろう。翌日も進入した様だ。其れ以降、本屋で、「軍事 政治」のコーナーに若造が立って居るだけで、びくびく、ピリピリ。チャリに跨り、同時発射した後続車が、俺を抜こうとしないで、ピリピリ。ドレも此れも、「右翼」怪しく見えてくる。

此れ以上は、省略しておく。無闇に傷口を広げるのは、本位ではない。・・・・・・が、ネット上から、消されるのは、自明と受け容れるしかなかろう。俺の大好きな四文字熟語 『既成事実』 其れ等を一つ一つ積み上げる事で、フェードアウト。

折角だから、此れも書き止めて置こう。

KC庁機動隊の諸君 遠路はるばる、名護市辺野古★Camp★Schwabまで、めんそーれ~

諸君は、「戦」と戦争の違いが、解るだろうか?。戦争とは君とボクの殺し合い。戦とは敵軍の一族郎党をも、捲き込む全面戦争だという事。

戦は敵軍の子弟をも、殺さないと勝った事には為らない。一番、避けなければならないのは、当事者意識に欠ける者の暴走。将来、結婚し、家庭を築き、子供を授かる。其の子が、過去、父親が、沖縄で何をして来たか。其れを、知った時の事を考えると、教育上、宜しくないのでは無かろうか?

法を遵守する立場に在る者が、法を汚すと、国が退廃、社会が乱れるだけダ!。社会が乱れれば、諸君の仕事も増える。多忙を極める事だろう。そ~なれば、楽しい家族計画。家族サービスも疎かになるだろう。

是非、其の事を念頭に、職務に忠実に、そして、市民には誠実に、励んで戴きたく想います。 以上


「老兵は死なず、ただ消え行くのみ」 後に続く者に、後どれだけ、足跡を残させるかが、命題。

現場で会った政治学者が書いた多くの著書。安価を良い事に、溜まって行く本達。残された時間は、そ~多くはない。活字を追いかける事に時間を費やすのも悪くないだろ。一冊の本は一本の映画に匹敵する。視聴者は俺独り。此れ程、快適な時間、空間も無い。

そ~捉えれば、何も恐れる事は無い。前進か!。撤退かの選択肢の狭間の中で。今の処、「撤退」する事は、考えていない。

何時までも、腕力に物言わせ、強引に突進する程の気力は、とうに失せた。「何時までもあると想うな。親と若気の至り」 何時までも 在る筈も無い 「構造的民族差別&米軍基地」


琉專卑語
2月○日。 朝日の あたる家(那覇市曙3-6-24)に行った。昨年、生活が困窮し、食料も、底を尽き、唯一、御握りを無償で提供してくれた。教会と併設の、特定非営利活動法人 プロミスキーパーズ。過去に2度、お世話になった。2度目は、「何れ、此のご恩は、寄付でお返しします。」と、云ったにも拘らず、未だ、その約束は果たせずにいる。アレから、だいぶ月日が経過する。今年最初の日曜礼拝。んっ!。俺は仏教徒!!。毎週恒例のカレー曜日前の、僅かな祈りの時、否、クリスチャンでもなく、仏教徒でもない。我は、求道者であり、殉教者で在れ。殉教者として、生を全う出来れば本望。との、想いが過ぎる。其れが、其の時の、俺の本性であり、本音。他のスケジュールと、かち合うと、つい、教会からも、足が遠のいてしまいがちだが、其処は、俺の大好きな四文字熟語『既成事実』を、遺憾なく発揮しなければならない、大人の事 情ってモノが在る。同じ過ちを二度繰り返した。三度目は無いぞと自戒し、ワンコイン握り締め、「縁(円)があれば、又、会おう」と、想いを胸に、教会の封筒に放り込む。

正直、迷った。行くべきか。踏み止まるべきなのか。迷ってる間にも、刻々と、時間は迫って来る。「行って、大正解だった様だ。相変わらず、此処のカレーは美味い」
 

~ふかくふれ などぅぬ んにうちぬいじゅん ゆすたゆてぃ みずぃや くまぬ ぐとぅん

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年 1月30日(土)09時37分59秒
編集済
  01/28 男女共同参画センター てぃるる 平成27年度 自主事業 コミュニケーション講座 第2回 比嘉光龍と一緒に学ぼう、うちなーぐち ~はじめの一歩、あいさつ自己紹介をしてみよう~ に、参加 ふぃじゃ ばいろんしぇんしぇい ・・・老けた。3年ぶりの再会だから、3つ歳を重ねたのだろう。

多言語社会(琉球弧)の消滅は、図書館一個分に相当するらしい。尤も、其れが、沖縄県立図書館規模の物なのか。果たして、国会図書館規模の物なのかは、言及しなかった。

明らかに、道路交通法で定められた速度制限を超過する。立て板に水の如し。

100年に一度と称される「登川誠仁を師と仰ぐ比嘉光龍(45) 登川誠仁死して3年。長寿の島、沖縄。不摂生が祟っての80年の人生だったのか?。2045年、其の時まで、其の島が存続していれば、誠小の再臨も在り得る?!。100年に一度と称する唄者を師に、戦前・戦後を通し沖縄芝居の名優として一時代を築き、劇作家としても数々の作品を手掛けた沖縄芝居界の重鎮・真喜志康忠から、うちな~口を伝授された比嘉光龍が、偉大なる両師を凌駕するのか。出来るのかは、後世の歴史が雄弁に物語る事だろう。

チベットの人々が、観音菩薩をチベットの守護尊と捉える様に、モシ、其の島が『琉球國』を再建したならば、偉大なる先人達の再臨も可能にするのだろうか?!。尤も、『琉球』為る強力な磁場が発生したら、其れも無きにしも非ず。

過日、憎籍に居ないのに、説教する(生臭)坊主の店に行って見た。流石、日頃、琉歌を聴かせ、口舌で凌いでるだけに、弁が達。其の生臭坊主曰く。「沖縄が変われば、日本が変わる。日本が変われば、世界が変わる。そんな事を、この国の政治家は解っちゃいない」のだそうな。

其の事と、ふぃじゃ しぇんしぇいの説く、沖縄県立図書館規模の物なのか。果たして、国会図書館規模の物なのか。定かではない琉球弧の消滅。多言語社会の中で、確立された『琉球國』は確かに存在し、繁栄した歴史が在った。僅か90分の凝縮された時間の中で、得るモノは大きかった。

沖縄学の父・伊波普猷 「深く掘れ、己の胸中の泉 余所たよて水や汲まぬごとに ~ふかくふれ  などぅぬ  んにうちぬいじゅん  ゆすたゆてぃ  みずぃや  くまぬ ぐとぅん~」と詠んだように、正に其の時、大金脈を掘り当てたかのような、錯覚を覚えた。

今回の事で学んだ事は、矢張り、三脚は欠かせない。ふぃじゃ しぇんしぇいの警戒線は最後まで解けなかった。三脚さえあれば、マダ、多少のシャッターチャンスは望めただろう。一眼レフ&三脚セット。其れは出来る男の必須アイテム!?。



『私はできる限りのことをなそうと思うが、一人の力には限度がある。それでも一人がゆるぎない考えを持って生きねばならない。』

『沖縄の人は日本人ではないのか? その問いに憤りを持って、支持するのが個人の、国の標べを示す行動である。』

伊集院先生 偶には、良い事云うじゃ~ないの。
 

宜野湾市長選に杞憂する しがない那覇小市民

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2016年 1月25日(月)06時36分46秒
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  其れは、琉球新報の小記事が切っ掛けだった。70年前の沖縄戦時下の数々の写真。長かった本州での生活。あっという間に30年の歳月は過ぎた。人生の後半生を、この島で後30年過ごすと為れば、無事、80の大台に乗る頃には、其の国は、そして、其の島は、先の敗戦から、大米帝国への大敗北から、100年目を迎える事に為る。

公共ではない、個人の所有する戦の遺物。唯、其の写真達を見るだけが、目的の筈だった。其の沖縄戦時下の写真達に纏わる秘話もそこそこに、話題は「宜野湾市長選」へと移行した。

01/16 RYCOMデビューした帰路。ふと、新聞記事の事が過ぎる。遠回りをする羽目に為ったが、沖国大を経由して、宜野湾に戻る。携帯の発信記録から、17:00頃。所在を確認して、宜野湾に向かう。


宜野湾市長選 佐喜眞 淳 宜野湾市長の問題点


自衛官の採用業務を担う自衛隊沖縄地方協力本部(那覇市、地本)の依頼に応じ、ことしから沖縄と宜野湾の2市が住民基本台帳から自衛官適齢者の個人情報を取りまとめ、名簿として提供していたことが24日までに、琉球新報の調べで分かった。18~27歳未満の約2万4千人分の氏名と生年月日、住所、性別が地本に提供された。両市は従来の閲覧許可と同様、個人情報の本人同意は得ていない。自衛隊法上、自衛隊は自治体に資料提出を求めることができるとされるが、ほかの自治体は、個人情報提供に本人同意を得ることを定めた個人情報保護条例などを理由に応じていない。2015年10月25日 05:05(琉球新報)

ディズニー市長、ミッキー市長等、揶揄される。

其の、日々の、言動にも問題点は在りそうだが、渦中の宜野湾市長選。応援に駆け付けて来る面々が、多いに問題が有りそ~ダ。島尻安伊子に、小泉純一郎の倅。進次郎。

沖縄県民を貶める為だけに、登用された島尻安伊子沖縄担当相 別名、島売り安伊子 其処に「愛」は無かった。

郵政民営化を成立させた小泉純一郎の倅。小泉進次郎 進次郎・・・晋次郎。・・・信じろう!!。・・・無理無理無理。


『オスプレイ反対』というステッカーを車に貼っている人は、市民駐車場を使えないようにしている。『米軍が解放してくれている駐車場だから』と。もともとは私たちが住んでいた土地を取られて、盗まれて土地なのに」

安保関連法に反対するママの会@沖縄
新垣依恵さんは2016年1月19日、IWJのインタビューに応える。

 志村恵一郎 (元県幹部の新人) 宜野湾市長選候補の問題点

プロフィール

日本大学の建築工学科を卒業後、沖縄県庁職員に。以来、38年間、沖縄の建設業界の発展、建築技術者の育成に携わりました。那覇広域都市計画のマスタープラン作成に携わる。本庁や県教育庁で、南部医療センター・こども医療センターや県立高等学校、県立養護学校の改築事業に携わる。
NPO法人県建築設計サポートセンターの副理事長、一級建築士

其れは、上記の、70年前の沖縄戦時下の数々の写真達を展示している店で、入手した話。

実父は、元県議会議長で自民党県連会長などを歴任した志村恵(95)~2015年12月11日 実父亡き後、何度と無く、地元から出馬の要請を受けるも、断固拒否。其れも当然の事だろう。御本人は、政治畑を踏んだ事も、耕した事も無い、全くの度素人。唯、気に掛かるのは、其の経歴。那覇市広域都市計画に関わった一級建築士。その人を推している翁長雄志沖縄県知事。更に、翁長IZMを継承している城間幹子那覇市長。

旨い事、宜野湾市長に当確したら、翁長不動産は有能な職員を又一人、確保した事になる・・・・・と、謂えそうだ。

生活の党と山本太郎となかまたち共同代表の小沢一郎氏が説く様に、『「政治」は政治家になってから学べば良い。』 はたして、本当に、其の国の「政治」の在り様とは、其れで良いのだろうか。中央では、其れが当たり前!?。

果たして、地方自治でも、その手法は通じるのか?!。尤も、晴れて、当選しても、社長であり、大先達で在られる、翁長雄志沖縄県知事の御指導の下。志村恵一郎新宜野湾市長が、其の職責を全うする事を、那覇の街の片隅で見守る事しか出来ない、僕だった。


Re: 佐喜眞が再選されても、志村が当選しても、漏れなく、宜野湾市民にとって、不幸である。と、する小生の不安が、『杞憂』に終る事を、切に祈るばかり。

2016/01/23




01/27 午前

 31日に航空自衛隊那覇基地に第9航空団を新設。空自のF15戦闘機部隊は倍増され、2個飛行隊約40機体制になる。との、一報が入る。

同日、午前。那覇基地上空を国籍不明の戦闘機(9機編隊)X4=36機が、沖縄本島より南、先島諸島方面へ飛行。

訳あって、自衛隊那覇基地で解体作業。下記の、種子島宇宙センター同型のパラボラアンテナを望みながら肉体労働。あれだけの大きさだと、47都道府県ノミならず、地球規模でカバー!?。観れないチャンネルは無いのではなかろうかと想った。

恐らく、PHSの電波も難なく拾っている事だろう。と、想い、公衆電話を探すものの、全撤去された後だった。

隣に建つ宿舎からも、恐らく、会話は傍受されている事だろう。と、詮索したのも、那覇基地撤退後の事だった。


1月○日 護国寺隣の小桜の塔へ参拝。「貴方方の望んだ未来になっていますか。今、その国の姿は、貴方達には、どう映っているのでしょうか。私は、唯、自分が出来る事をするだけです。」と、祈りの言霊を捧げた。

其の想いは、恐らく、届いたのだと思いたい。
 

警視庁 機動隊

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2015年12月22日(火)20時51分44秒
編集済
  警視庁機動隊のあゆみ

警視庁機動隊の沿革
戦後の混乱期における集団犯罪、労使紛争等の続発に伴い、これに対処するため機動性をもった集団警備部隊として、昭和23年5月25日、警視庁予備隊が創設されました。
その後、組織機構の改革に伴い幾多の変遷を経たのち、昭和32年4月1日、警視庁機動隊と改称され、第一から第五機動隊が設置されました。
昭和44年、極左暴力集団の武装闘争がェスカレートし、警備に明け暮れる激動の年を迎え、機動隊の充実強化のため、第六から第九機動隊及び特科車両隊の5個隊が新たに設置され、現在の1O個隊体制が確立され平成14年で54周年を迎えました。

任務等
警視庁機動隊は、従来、治安警備、災害警備等を主任務として活動してきましたが、警察を取り巻く社会・治安情勢が著しく変化していることなどから、その任務に国際組織犯罪対策などの都民に身近な治安問題を加え、新た准任務を遂行していくのため多角的運用部隊を編成し、各種犯罪の防圧・検挙活動や交通指導取締り等に積極的に従事しているほか、専門的技能を有す山岳レンジヤー部隊、機動救助部隊、水難救助部隊による救出救助活動や爆発物処理・化学防護部隊による爆発物の処理等、広範囲にわたる首都の治安維持活動にあたっています。
また、国内で大規模な災害が発生した場合に備えて広域緊急援助隊が、国外における地震災害等に対しては、国際緊急援助隊がいつでも出動できる態勢を整えています。

p2300026.
警視庁機動隊の編成

現在、警視庁には、第一機動隊から第九機動隊、特科車両隊の10隊の機動隊(1個機動隊は大隊編成)が置かれている。

分隊
隊員7~8名で1個分隊を編成。
分隊長は巡査部長。
暴動に対する時は1個分隊に1丁ガス銃が配備される。ガス銃担当は、撤退のときも最後まで残ることになるので、かなり危険が伴うといわれている。

小隊
警備実施時の小隊単位は小隊長+伝令+通信+3個分隊が基本。
小隊長は警部補。
1個小隊は23~25名。通常は1個小隊でバス1台配備。
行動の基本的な単位となっている。

中隊
中隊は3個小隊+中隊長から編成
中隊長は警部。
1個中隊は約70名編成。

大隊
1個機動隊(大隊)は6個中隊+隊本部 (第一機動隊には、他に特科車両中隊)
機動隊長は警視。
1個機動隊の定員は約320名(第一、第六機動隊と特科車両隊は除く)。
隊本部には、庶務・会計・教務・警備・特務・技術の各係がある。
会計係は1機と6機のみに存在する。1機は警視庁機動隊の中枢として、6機は六科中の存在(重要事案対策部隊)の性質がある為。
操車係は、警視庁機動隊については独立した係はなくなった。
特務係は警備実施の時、事前に私服で現場を踏査(偵察)する隊員で構成されている。

機動隊長
警視。
第一機動隊長だけは警視正があたる。
第一機動隊長は、大規模な警備実施があるときは、他の機動隊長を指揮下に入れて、複数の部隊指揮を行うこともある。第一機動隊は、通常は主席管理官(警視)が指揮を行う。

機動隊の運用
大規模な警備のときは、警視庁(本庁)の警備一課長(警視正)がとる。
1個機動隊程度が出動するようなときは、各方面本部の指揮下に入る。
1個中隊程度が出動するときは、各警察署の現地警備本部(本部長は署長か副署長)の指揮下に入る。

常備中隊
常設隊は1~4中隊・武道小隊になっていて、特機(方機)は5・6中隊になっている。
各機動隊では4個中隊で毎日当番中隊を決めて、4交代制の勤務についている。
また、1個機動隊が警備出動する事案に備えて、毎日、第一機動隊から特科車両隊まで交代で当番隊を定め、当番隊の機動隊長は夜間でも即応待機になる。

特別機動隊
第五中隊から第六中隊までは通称、「特別機動隊」と呼ばれる。
各警察署から指名された警部補、巡査部長、巡査が、毎月1回の訓練や大規模な警備実施のときに召集されて編成される部隊である。
ただし、中隊長は専任中隊長で、訓練や実際の警備実施のときの指揮を担当し、通常は、隊員が所属している警察署との連絡事務などを行っている。


警視庁機動隊の各隊の概要
1機:近衛、旗本
2機:かっぱ
3機:ほこり
4機:鬼
5機:学、精強
6機:潮
7機:若獅子
8機:忍、蜂
9機:若鷹
特車:技術
かつて警視庁のマル機はナンバー順に弱いと言われていた。

1機:近衛、旗本
警視庁儀杖隊は警視庁第一機動隊の隊員で編成されている。儀仗隊はもと近衛兵。

第1機動隊歌

千代田の森の一角に 熱血たぎる若人が
破邪顕正の意気高く 都民の守り担うなり
おお我ら第1機動隊

胸に輝く桜花 昇る旭に照り映えて
健児のひとみ 清らかに 精鋭ここに集いたり
おお我ら第1機動隊

千代田の濠に影映す 歩武堂々の足並みは
都民の期待双肩に 治安の使命果たさなん
おお我ら第1機動隊

2機:かっぱ
墨田区荒川の近くに隊本部があるせいか2機にはボ-ト部がある。
日本の警察で最初にアクアラング小隊(水難救助隊)ができた。
浅間山荘事件のときは隊長の内田警視が殉職している(殉職後、警視長に昇任)。当時、機動隊の指揮官はヘルメットに目立つ指揮官章を付けていたので犯人に狙われてしまったらしく、以後、機動隊ではヘルメットの目立つ指揮官章は外している。

3機:ほこり
隊本部が渋谷の近くの駒場にあり、都内の大きな事件ではよく目にする。
ほこりのニックネ-ムは、隊本部が砂埃がよくたつので、誇りの字にひっかけたもの。
3機にはラグビーチームがあるが、関東社会人1部まであともう少しらしい。

4機:鬼
10年くらい前に市ヶ谷から立川の広域防災基地に移設。
学生運動が盛んな頃は精強を誇っていたので、このニックネ-ムがついた。
日本ダービーのとき東京競馬場を警備している。
現在は警視庁航空隊多摩飛行センターに隣接しているので、ヘリによる緊急展開が素早く行なえる。
自衛隊の立川駐屯地に隣接しているため、土地が広く、充実した施設がある。このため、4機にもSATができるという噂がある。テレビニュースで、テロリストが建造物に籠城したときのためのSATの施設がここにできるといっていた。
フェンシングの日本オリンピック代表チームの監督は4機所属。4機のフェンシングチームはかなり強い(全国レベルの選手が多い)。

5機:学、精強
昇任試験の合格率が高いらしい。
4機と同様に学生運動の鎮圧に出動したことが多かった。
特車隊と一緒に市ヶ谷に駐屯。
サッカ-部があるようだが、強いという話はきかない。

6機:潮
東京城南地区・羽田空港の護り手。
SATも配備されている。
羽田空港によくいる(空港警備の機動隊としては、千葉県警新東京国際空港警備隊、大阪府警第3機動隊などがある)。
空港の大規模警備実施のときは、他に3機と特車隊が交代で応援にくる。
オウム事件のとき、小銃が密造容疑の「清流精舎」捜索には必ず6機が警備についていた。教祖を逮捕するとき、最初にサティアンの中に入っていった機動隊も6機。おそらくそのときはSATも同行していたと思われる。
レスリング部がある。

7機:若獅子  多摩の護り手。レンジャー小隊が置かれていた。よく青梅警察署の山岳救助隊と一緒に山岳救助合同訓練を行なっていた。レンジャー小隊は浅間山荘事件のときも出動したという。
昭和44年1月10日に第1機動隊1個中隊を基幹とする、計2個中隊から構成される第7機動隊が新設された(第6機動隊も同日)。
初代隊長は池田勉警視、時に僅か27歳。この年齢で警視という事は、勿論上級職採用者である。と言う事で、初代隊長の若さをイメージさせる「若獅子」をシンボルマークとしたという。
バスケ部がある。

8機:忍、蜂
副都心の護り手。
※昭和62年三宅島NLP騒動
三宅島に米軍の夜間発着場を建設するため、防衛施設庁の職員らが調査や測量に行ったが、この護衛として8機が同行した。しかし反対派の住民に押し戻されてしまう。
 怒った8機は、今度は出動服姿に大楯装備の完全装備で住民を鎮圧しようとしたが、その日は気温が30度近く、完全装備の8機の隊員は次々と熱射病で倒れていった。それを見て、反対派の住民はかわいそうになり、水をやったりして助けたという。
結局、この騒動は、その後応援派遣された4機によって鎮圧された。
相撲部がある。

9機:若鷹
隊本部は江東区。
浅間山荘事件では、隊長を失った2機に変わって最後に犯人グループを取り押さえた。
海の近くに隊本部があるため、2機のように水難救助部隊がある。9機の水難救助部隊の水陸両用車は、4輪駆動車にスクリューが装備されている。水上を走るときは小型船舶の運転免許が必要。
アメリカンフットボール部がある。愛称の「イーグルス」から考えると、ニックネームは「若鷲」かも。9機のアメフト部のタックルはすごく強い。相手チームのクオーターバックから恐れられているという。

特車:技術
徒歩機動の機動隊を装甲車や放水車などで援護するために、特科車輌中隊として発足。機動隊の機甲部隊と呼ばれた時代もあった。
浅間山荘事件のときは、放水車などで2機や9機を援護したが、中隊長を犯人による狙撃で失っている。その後、1個大隊に拡張されました。
特科車輌の装備数は他の機動隊より多い。ただ、最近は他の機動隊と同じように重防警備などについたり、徒歩による雑踏警備もやっている。他の機動隊とどこが違うのか? 特科車輌は他の機動隊も装備しているので、現在ではほとんど名前だけのようだ。1個小隊あたりの定員は他の機動隊より若干少ない。
バレーボール部がある。
主な車輌

p2141032.  p2140018.  p2140022.  . p2154031.
指揮官車、投光車、輸送車、待機車、放水車、など、機動隊の主力をなす車輌です。(写真は、一部、警視庁以外の同型車輌を含む)
しかし、現在の機動隊の任務は多岐に渡り、これ以外にも、数多くの種類を装備しています。

⇒ 警察車両(特殊車両/警備)
⇒ 警察車両(特殊車両/災害対策)

出動の歌

[1]
熱血に 誓いも固き
四千の 希望は踊る
雪白の 輸送車こそは
警視庁 鎮めの先駆
おお
都路の 治安の華ぞ
ああ
正義 われら機動隊

[3]
ふしぎなる えにしの糸に
結ばれて 友と相呼び
共に練り 友に学びて
永遠の 真理求むる
おお
くろがねの 契りも固き
ああ
光り われら機動隊



琉專卑語

嘗て、米海軍? 米軍特殊部隊所属は、その多くが、工学博士号を習得してると、訊いた事がある。NASAのMission Specialistやクルーの中には、宇宙航空学修士、工学物理学修士、海洋工学修士、航空工学修士、戦略研究学修士。のライセンスを持つ者達で構成されている。

その宇宙飛行士(Mission Specialist)に比べれば、格段と低いと見られる警視庁機動隊。
とは云うものの、確実に訓練された生え抜きの精鋭部隊。


1960年代後半、学生による第二次反安保闘争。

警視庁は8個機動隊4600、他方面機動隊、予備機動隊3900名を動員、1月18日より封鎖解除に取り掛かった。18日中に医学部・工学部・法学部・経済学部等の各学部施設の封鎖を解除し、安田講堂を包囲

1950年代、在日米軍立川飛行場の工事に反対する住民を鬼神のごとく封じ込めた事から、「鬼の4機」

然し、1960年代後半の学生等の安保闘争から、既に半世紀を過ぎようとしている。

その間、情報伝達の手段は画期的な進歩を遂げた。携帯電話、インターネット。それ等は、多様化する現代社会の価値観で、葛藤する現代人に、欠かせないアイテムと化した。

2015/12/23現在 辺野古の座り込みは536日目。

50年前に展開された学生等の安保闘争。それを、警視庁機動隊は警察権力を持って、武力制圧した。

・・・・・とは云うものの、飽く迄本土決戦。事実上の第3次安保闘争ともいえる沖縄決戦は始まったばかり。

前回の安保闘争が東京ローカルであったのに対し、名護市辺野古、キャンプ・シュワブでの、反米基地闘争は帝都を含む本州まで拡大している。

第二次安保闘争を経て、第三次安保闘争に至るまでに、神戸淡路大震災、東日本大震災。巨悪、凶悪な事件、事故が、腐敗する社会構造に呼応するかのように、頻発した。


社会問題化してるオレオレ詐欺。未だに被害者が後を絶たない。東京都練馬区に住む75歳の女性が現金1億円をだまし取られた。

少年A(酒鬼薔薇聖斗)は健在。

1960年代後半、安田講堂を占拠した学生を制圧した警視庁機動隊が、未だその体質を保持し、旧態依然のモノで在るなら、何れ、勝機は訪れる。

在民主権は我にあり!。此処に勝利しなければ、中央集権の暴走を止める事は、難しくなる。

反政府運動とは「安全装置」が機能している状態。其れを破壊されると、敗戦から70年積み上げてきた総てを、無に帰する事を意味する。

一度破壊されたモノは、再び、時間を掛けて創り上げるしかない。然し、もう そんな時間さえも残されていない事を自覚すべきである。









 

憂国のコペるニクス 覚書

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2015年11月30日(月)15時54分49秒
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  他国に誇れない歴史は、大なり小なりある。

米国人の誇れない歴史 ★ ベトナム戦争、インディアン虐殺、黒人差別。だが、其れを今、アメリカ人は学校で教えている。

日本、沖縄は、この点でも、遅れている。『自分が誇れない過去を認める事に、「プライド」を持つ』

負の歴史(大量虐殺/ジェノサイド(英: genocide)を直視し、記憶を次世代に継承する。継承しようとする強い問題意識。継承しなければとする強い民族意識。

其れを確立してこそ、アイデンティティとか、琉球であって、ソレをクリアもせず、戦争を「悪」と決め付け、蓋をするのはナンセンス。

その辺に、今も、この島に生息する「生きた化石」「絶滅危惧種」、沖縄戦を生き抜いて、口を閉ざし、戦を風化させ様とする老害達に、敬意を示す事も、畏敬の念も抱けない理由(ワケ)がある。

米国が軍事力を持って、肥大(メタボ)した背景に、『聖林』が、米国人の国威発揚を刺激した事は、想像に容易い。

この☆で、「映像」の技術力で持って、他民族を迫害、殺害、略奪、制圧、脅迫の成果を成し遂げた大国は、米国の他はない。

その武力行使は徹底していた。他国との戦争。天変地異に由って起こるであろうカタストロフィ。更に、星空間に於いても、繰り広げられる星戦争。

ナイフの使い方。最も効率的な敵の倒し方。大量殺戮兵器の取り扱い方。‥…等々を全くの素人でも迅速に、一個の兵士に仕上げる。DVDという文明の利器。場所も取らず、携帯し、移動する事も可能。

最も、それは、広大な国土を有し、軍事大国として、他の追随を許さないUSAだから許された、一大独占市場。今後、第二、第三のアメリカ主義が台頭しようものなら、この★の生命は、更に、危機的状況に陥るだろう。

軍事大国Americaに対し、狭小な島国でしかない沖縄が、亜米利加の猿真似をすれば、あっという間に、破綻するのは、火を見るよりも明らか!。

ならばと、先の大戦を以てしても焼失しなかった、琉球から引き継がれた文化を、消費するしかなさそうだ。

現代社会は、「琉球」の時代より、尚、世智辛く、生き難くなっている。一民族として生存する為には、他民族との競争を強いられる。

更に、「琉球」を復古しようと云う、無謀な船出を試みるには、最低でも、trilingualの条件を満たしていないと、自爆する可能性が高いと想われる。

・・・・・・・とする秋の夜長。はてサテ、・・・如何な最中!?。
 

琉專球布 2015 晩秋 弥縫録

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2015年11月17日(火)15時22分12秒
編集済
  Fucking Naha city は 限りなく Real Fucking JAP City


11月〇日。シンポジウム「民主主義における自己決定と地方自治」がタイムスホールで開催された。

僅かな休憩タイムに、1階のコンビニで水分補給。その一角で、社畜が打ち合わせ。何ともなしに会話が耳に入って来る。

「…その件に付きまして・・・ははは」 「「・・・と、云う事で・・・イヒヒヒ・・・」 何が可笑しいのか?。会話の中に矢鱈、妙な擬音を入れたがる僕ちゃん。

T紙、嫌いじゃないその紙は、そんな無能な輩すら雇わざるを得ない社内事情でもあるのだろうか?。

何が可笑しいのか。その街の③流市民は、矢鱈笑う。

ふと、その島には2種の種族が渾然一体と成っているのでは、との想いが過ぎる。

彼女母 「名護さん、貴男はうちなんちゅですか?。それとも、琉球民族なの?」

名護 「勿論、私は、生粋の先祖代々、由緒ある琉球民族です」

彼女母 「嘘仰い!この期に及んで、そんな嘘付いても、興信所で調べて貰ってるから、総てお見通しよ。私共が欲しいのは、由緒正しい琉球民族の遺伝子なんです。貴男が、徒のうちなんちゅ~(沖縄人)と判った以上、大事な一人娘を、アンタみたいな輩にやる訳にはいきません。この件は、破談とさせて頂きます」

・・・・・な~んて、日が来れば面白いにゃ~。


新説☆沖縄戦に非戦闘員は居なかった

1945 其処には、日米の兵隊と武器を持たない島んちゅしかいなかった。武力に屈した者は死に、武力に屈しなかった者だけが生き残った。

沖縄戦に於けるうちなんちゅの戦没者は12万ともいわれている。下はゼロ歳から、上は70、80のおじぃ、婆まで、日米の無差別大量殺戮戦で、多くのうちなんちゅが、命を落とした。

然し、そんな激戦を戦い、生き抜いたうちなんちゅも少なくない。戦で絶命した者もいれば、武力に屈せず、生を全うした者もいる。生き残った者。彼等は間違いなく戦闘者。生まれながらの闘士。

その当時、母の胎内に命を宿した嬰児も、又、生まれながらの戦士。其れは、老い耄れても、衰える事は無い。

激動の昭和を生き抜き、極限の原風景を体験した彼等に、おいそれと、太刀打ち出来ない事は、老いて尚、子に従わない老婆を前にすれば、一見に如かず。

うやふぁふじの、生前の軌跡は、子孫に語り継がれ、其の意志はやがて、子孫に引き継がれる。



10月18日 午前2時を過ぎた。病院の朝食に間に合わせ、頃合を見計らって、公衆電話から救急車を要請。断食中、腎臓が痛む。結石が再発したかと思いきや、後からそれ程病状は重くないと知らされる。

救急車で運ばれた先は、瀬長大兄が息を引き取った沖縄協同病院。その横には、市橋達也が根城にしていた漫湖公園。なんという因縁か!。

一通り、診察を終えて病院を追い出され、病院のふかふかなベットも、病院食もお預けを食らった俺は、マダ、夜も明けきらない公園の固い階段に腰を下ろし、暫し、沈思黙考す。御本尊様には2、3日留守にしますと報告し、部屋を後にしたにも関わらず日帰りの思わぬ結果と為った。


10月28日 午前午前3時30分頃、急激な腹痛で目が覚める。寝てから、僅か3時間しか経過していない。取り敢えず、トイレに立つ。1回目、マダ痛みが治まらない。再び、横になって様子を見る事にした。今の処、、その姿勢が一番楽なようだ。2回目、此れで腸内の全てを排泄したようだ。

それでも、マダ腹痛は治まらない。3度目、もう何も出ないと、思いつつ、す~っと痛みが引いて行くのを感じた。時間にして僅か30分。当初、1時間、2時間と治まらないものと、覚悟してたものが治まり、安堵する。

昼間食べたあれがあたったのか、否、アレかもしれないと、色々と詮索し、治まらない腹痛に、腹部の上から手を当て、痛みを散らせようと手を当ててみたり・・・・・。

原因は、急な腹式呼吸に原因が在りそうだ。マダ回復をみない身体で腹式呼吸行った事で、身体が驚き、腸内活動が活性化。其れに因って宿便効果。腹式呼吸が想わぬ結果を齎した。




手を伸ばせば、手が届きそうな青い空。風になびく白い雲。

その見慣れた光景は、その島が未だ、琉球と呼ばれていた頃の風景を、未だ知らぬうやふぁ~ふじも観ていたであろうと、想うと、一挙に、過去と未来の時間軸を短縮させてしまう。

大気を汚染する程の、地場産業も存在しない。其の狭小の島の空は、あの日も、きっと同じ顔を見せていたのだろう。

然し、見渡す限り、敵だらけの土の上では、その日の風、日差し、辺りを見渡す余裕もなく、多くの島人が望まぬ死から、逃げるのに必死に生きていた。

敗戦から既に、70年が経とうとしている。然し、其処は未だ、島んちゅの望んだモノとは程遠い姿を曝している。

70年の月日は、うちなんちゅの許容範囲なのか。それとも、やまとんちゅの許容範囲なのか。原発震災を契機に、帰郷し、その日々を重ねる毎に、見えて来るのは、米国にとって、日本は弾除けに過ぎず、日本にとっての沖縄とは、政争の砦。

廃流置県(1879)から続く、差別構造は、その民族性を反映しているのかの様でもある。

齢50では、行く先も限られてしまう。其れが凌ぎとはいえ、流石に疑問を抱かずには要られなくなる。

土を削り、土を埋める。足りなければ、余所から持って来て埋める。其れを含めて、地主の財産と為る。其れを幾つも見ていく内に、何故か罪悪感が過ぎる

新たに、家を建てる。其処を掘り返す。基礎が完成すれば、余所の土地から、発生した残土を埋める。

元から在った土と、余所に在った土が融合する。果たして、其れは、理に適った事なんだろうか。
 

郷闘者 2015 晩秋 散文

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2015年11月10日(火)15時27分11秒
編集済
  早いもので、小生がこの様な弥縫録のつもりで書き認めた稚拙な駄文も、早、5年が経過する。後、どれだけの時間、この様な事が出来るのかは、解らない。然し、ソノ時々の想い(心)の変遷を書き止めておく事は、過去を振り返り、此れからの、道標になるかもしれない。・・・なればと、想いつつ。

時折、神爆笑.comを覗き込むと、矢張り、そうなのかなとの想いに帰結する。罵詈雑言の頻発、蔓延するネット社会の中で、話半分として見ても、(文才の有る暇人)肉親血縁の愛憎劇は、日本人社会の荒廃ぶりは伝えるには十分な内容


。先般、放送された『歸國』 (倉本聰が脚本・TBSの終戦ドラマスペシャルとして2010年8月14日に放送)でも、触れられている内容だが、「我々は、こんな国の為に命を捧げたのか!」と、する英霊の慟哭。同じ事は、5月28日に逝去された、今井雅之氏が創作・総指揮した『THE WINDS OF GOD』でも、触れられていた気がするが、生憎、今回は観る機会を失い、確かめようが無い。・・・が。失念し、自分の記憶が確かであって欲しいと、一縷の想いに馳せるしかない。


自ら命を絶とうとする者を引き止めるのも、如何なものかとも想うが、短い人生、望みもせず、他者に由って、命を奪われる事は、在っては為らず。其処に霊虫類としての真価が問われる処である。

敗戦から既に70年が経過しようとしている。然し、依然として米軍基地は其処に在る。戦の傷が癒えぬこの島で、200年耐久の米軍基地を造ろうとする動きがある。原発震災を機に故郷への帰郷の機会を得、帰ってきたものの、長すぎた本土での暮らし、其れとは又、異なる異文化に軽~いショックは否めない。生まれ育った街はあの頃の面影は既に無く、観光客、寄留民等ありきの街へと変貌を遂げようとしている。学力も全国平均を大きく下回り、飲酒運転絡みの交通事故は25年ワーストを更新。更に、民族固有の言語すら、失われようとしている。これ等が、先の戦とどの様な因果関係にあるかは、定かではないが、其処に米軍が居る事が、住民に甚大なストレスを与え続けている事は間違い なさ そうだ。 本土での暮らしの中では、同じものを観てない、同じ事を感じても、考える事もなかった。然し、今は、同じ事を考え、感じざるを得ない状況にある。更に、平和とは、民族とは、等々を追求するには十分過ぎる機会、書物に溢れている。ソノ中に在って、後30年の月日を如何に過ごすべきなのか。所謂「終活」。何故、戦争が悪なのか。沖縄が「琉球」を手繰り寄せられるのか、引き離されるのか。現場に居るからこそ、体現出来る臨場感。当事者で在り続けるなら、呆ける事も儘為らないこの島は、本土以上にシビアだが、それ以上に、飽きさせないのも、発展途上にあるソノ島ならではのダイナミズム!。其れは、武力から解放されて時から始まるのかもしれない。


琉專卑語

11月初旬とはいえ、沖縄は未だ暑い。

無性に、焼き鳥が喰いたくなった。とは、云うものの、この島は飲食店は数こそあるものの、下手な商売してる店が多すぎて、どの店も嫌気がさしてしまう。

思考すること一時間。以前、行った那覇の外れの焼き鳥屋に落ち着いた。月曜日の夜、店は空いて、入り口付近で数名の社畜が大人しく卓を囲んでいた。暫し、注文した品が来るのを待つ。その間にも、件の社畜の席から、ケタタマシイ笑い声。どうやら、この店でも、ハズレを引いた様だ。

アジトの近く、58沿いの24時間営業の店も、その手の輩が、店内で騒いでる。最早、そんな輩のいない店を、此の街で探す事は困難と、諦めざるを得ないのだろう。

ならば、島の外、福岡あたりまで、遠征するしかなさそうだ。一人静かに、侘しく呑みたければ、そうするしか仕方ないだろう。

ふと、考えてみた。その街は、矢鱈とガキが騒ぎ立てるのかと。旅の恥はかき捨て。余所の土地、知らない街だからこそ、開放感に浸れるのだろう。

そんな輩を、許容するだけの、空間が用意されている。裏を返せば、民度の低さが、其れを許しているとも、云えるだろう。

様は、「躾」が為ってないだけの話ダ。国際通りを徘徊する支那人同様。原住民、寄留民、観光客。その土地は其れだけの地場を備えている。そんな輩を引き付ける何かが在る!?。

民度が低いにも係わらず、「美ら」を多様したがるのだから、笑止千万。


呑兵衛にとって、其処は、正にガキの天国。缶ジュースと同貨に提供されている。



10月4日(日)~17日(土) 14日間の断食に入る。5日目、6日目に大量の胃液を放出。

最後に胃液を吐いたのは10日経過したあたり。

トイレに立つのも、一苦労。何も喰わない14日間は身体の動きが緩慢に為りがち。空腹で身体は軽いハズなのに、身体が重い。(1週間が経過した頃の体重は-12kg減。断食終了直後に測ってれば、更に、体重は落ちていただろう)

そんな中にも、幾つかの発見があった。電気も止まった室内は、充電した数台の携帯だけが頼り。般若心経、真言を唱える為に、蝋燭に灯を点す。自ずと、御本尊と一体になる。蝋燭の灯りは、御本尊を照らし、その背後に天使の羽の様な影を作る。

その様な、試みは、今回が初めてで、此れを機に、「人生が変わる!?。 ターニング・ポイント!!。

最初こそ、辛いものの、回を重ねる毎に、少しずつ慣れて来た。数日が経ち、真言を数回に分け、1000回唱える事に挑戦。此れが、かなりキツイ。

数珠を一周すれば、108回。其れを10回繰り返す。空腹なのだから、キツイに決まっている。
その状況で、真言を唱えるのだから、喉が渇く。で、水を流し込む。

其れが、功を奏したのか、今回は失神する事無く、14日間を完遂した。





ジョン・タイター「2015年、ロシア連邦が反乱部隊の援助という名目でアメリカ、中国、ヨーロッパの主要都市に核爆弾を投下。
アメリカが反撃し核戦争となり、第三次世界大戦へと発展する。
その後、アメリカの外交権麻痺に乗じて、中華人民共和国が覇権主義を強化。
台湾、日本、韓国を強引に併合する。後にオーストラリアが中国を撃退するが、ロシアの攻撃により半壊滅状態になる。
ヨーロッパ諸国もロシアによりほぼ壊滅するもアメリカが撃退し、ロシア連邦が崩壊する。
2017年、30億人の死者を出した末、ロシアの勝利に終わる。」

2020年、アメリカ都市部の勝利により内戦が終わる。ロシアの援助によって、新たな連邦政府が成立する。

アメリカの地方区分は、現在の州ではなくなる。分裂したときの5勢力で構成され、社会主義国家に近くなる。 内戦後の生存者は図書館や大学の周りに集結してコミュニティを形成している。新たな連邦政府は首都を現在のネブラスカ州・オマハに置いている。アメリカ以外のほとんどの国も社会主義国家のような体制になっていく。

2040年頃、オリンピックが復活する予定。

2045年頃、タイターの個人的な予想ではタイムマシンが一般利用できるようになるであろうと思われる。
 

日本を操る影の政府

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2015年 8月16日(日)20時27分22秒
  日米合同委員会という「聖域」  

人事:第11管区海上保安本部  2015年4月1日

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2015年 5月 3日(日)09時11分23秒
編集済
  沖縄タイムス

警備救難部長(第11管区海上保安本部長)秋本茂雄

第11管区海上保安本部長(第9管区海上保安本部長)長谷川義明

第11管区海上保安本部次長(警備救難部救難課長)岩崎茂

那覇海上保安部長/那覇港長(境海上保安部長/境港長)鏡信春

第10管区海上保安本部長(石垣海上保安部長)赤津洋一

石垣海上保安部長(同保安部特定運用巡視船第1クルー業務管理官)宮﨑一巳

石垣海上保安部特定運用巡視船第1クルー業務管理官(同保安部特定運用巡視船第4クルー業務管理官)古場誠也

石垣海上保安部特定運用巡視船第4クルー業務管理官(横浜海上保安部巡視船いず業務管理官)倉田芳明

第3管区海上保安本部羽田航空基地長(第11管区海上保安本部那覇航空基地長)田辺哲朗

第11管区海上保安本部那覇航空基地長(関西空港海上保安航空基地長/泉州港長)久門洋一

松山海上保安部長/松山港長(第11管区海上保安本部石垣航空基地長)篠﨑雅由

第11管区海上保安本部石垣航空基地長(同航空基地次長)大河内克朗

第11管区海上保安本部付(中城海上保安部長/金武中城港長)玉越哲治

中城海上保安部長/金武中城港長(装備技術部船舶課船舶整備企画室長)工藤健太郎

第11管区海上保安本部付(国土交通省大臣官房総務課企画官/海事局)白石昌己

那覇海上保安部付(第11管区海上保安本部交通企画調整官)廣津健一

第11管区海上保安本部交通企画調整官(呉海上保安部巡視船こじま機関長/海上保安大学校准教授)田脇徹

石垣海上保安部次長(第11管区海上保安本部刑事課長)宮里政栄

第11管区海上保安本部刑事課長(同本部国際刑事課長)山川博司

第11管区海上保安本部国際刑事課長(石垣海上保安部警備救難課長)粟野一

石垣海上保安部警備救難課長(第11管区海上保安本部刑事課刑事企画指導官)玉寄徹

石垣海上保安部付(同保安部特定運用巡視船第3クルー機関長)遠山良和

石垣海上保安部特定運用巡視船第3クルー機関長(那覇海上保安部巡視船もとぶ機関長)宮國幸夫

那覇海上保安部巡視船もとぶ機関長(同保安部巡視船くだか機関長)堀正昭

那覇海上保安部巡視船くだか機関長(警備救難部救難課専門官)武田治

東京湾海上交通センター次長(中城海上保安部次長)渡邊広信

中城海上保安部次長(同保安部付)本田雄一

長崎海上保安部巡視船でじま運用司令長(中城海上保安部次長)山崎正幸

中城海上保安部次長(第5管区海上保安本部総務部総務課長)宇出津弘昭

八戸海上保安部巡視船まべち業務管理官(第11管区海上保安本部那覇航空基地次長)森徹也

第11管区海上保安本部那覇航空基地次長(鹿児島海上保安部巡視船おおすみ航空長)馬場竜也

第6管区海上保安本部経理補給部長(第11管区海上保安本部会計管理官)亀山誠二

第11管区海上保安本部会計管理官(装備技術部施設補給課支援業務企画官)浦野史朗

福島海上保安部長/小名浜港長(第11管区海上保安本部警備救難企画調整官)倉田雄二

第11管区海上保安本部警備救難企画調整官(釧路海上保安部巡視船そうや航海長/運用司令長/砲術長)室田英樹

那覇海上保安部名護海上保安署長(第11管区海上保安本部環境防災課長)吉田正義

第11管区海上保安本部環境防災課長(同本部交通安全課長)歌田安宏

第11管区海上保安本部交通安全課長(水島海上保安部航行安全課長)紀藤勇治

警備救難部管理課運用司令センター上席運用官(第11管区海上保安本部総務課長)宮平晃

第11管区海上保安本部総務課長(大分海上保安部警備救難課長)岸本広史

装備技術部管理課専門官(第11管区海上保安本部経理課長)上之薗浩志

第11管区海上保安本部経理課長(函館海上保安部管理課長)上野恭嗣

第7管区海上保安本部経理補給部補給課長(第11管区海上保安本部補給課長)木村緑

第11管区海上保安本部補給課長(石垣海上保安部管理課長)榊原博人

石垣海上保安部管理課長(第11管区海上保安本部総務課警務管理官)普久原朝秀

総務部国際・危機管理官付課長補佐(第11管区海上保安本部警備課長)山田隆司

第11管区海上保安本部警備課長(横浜海上保安部警備救難課長)小川一夫

中城海上保安部巡視船くにがみ運用司令長(第11管区海上保安本部救難課長)小林正朝

第11管区海上保安本部救難課長(同本部警備情報課長)松本実

第11管区海上保安本部警備情報課長(那覇海上保安部警備救難課長)前田好一郎

海洋情報部海洋調査課大陸棚調査室主任大陸棚調査官(第11管区海上保安本部海洋情報調査課長)松本正純

第11管区海上保安本部海洋情報調査課長(同本部海洋情報調査課主任海洋調査官)山﨑哲也

交通部計画運用課ディファレンシャルGPSセンター主任ディファレンシャルGPS運用官(第11管区海上保安本部交通計画運用課長)中山茂

第11管区海上保安本部交通計画運用課長(第8管区海上保安本部交通部計画運用課長)祐下朋也

敦賀海上保安部巡視船えちぜん業務管理官(第11管区海上保安本部那覇航空基地飛行長)今井靖晃

第11管区海上保安本部那覇航空基地飛行長(第8管区海上保安本部美保航空基地飛行長)兵頭保

門司海上保安部交通課長(石垣海上保安部交通課長)西村和彦

石垣海上保安部交通課長(第11管区海上保安本部交通安全課主任AIS運用官/交通企画課海上安全情報官)津波古靜男

第11管区海上保安本部那覇航空基地付(同本部補給課主任補給調達官)大城正勝

宮城海上保安部巡視船ざおう業務管理官(那覇海上保安部巡視船うるま業務管理官)馬場優

那覇海上保安部巡視船うるま業務管理官(宮城海上保安部巡視船ざおう業務管理官)平野隆

那覇海上保安部巡視船おきなわ船長(八戸海上保安部巡視船しもきた船長)佐藤清隆

鹿児島海上保安部巡視船さつま業務管理官(那覇海上保安部巡視船もとぶ業務管理官)上之段正博

那覇海上保安部巡視船もとぶ業務管理官(第7管区海上保安本部総務部情報管理官)才田則光

石垣海上保安部巡視船いしがき船長(松山海上保安部巡視船いさづ船長)高橋敏宏

第1管区海上保安本部総務部長(石垣海上保安部巡視船よなくに船長)佐名信治

石垣海上保安部巡視船よなくに船長(同保安部巡視船よなくに航海長/運用司令長/砲術長)土田英幸

石垣海上保安部巡視船よなくに航海長/砲術長(金沢海上保安部巡視船はくさん航海長/運用司令長/砲術長)高下浩志

石垣海上保安部特定運用巡視船第1クルー船長(同保安部特定運用巡視船第2クルー船長)山田孝雄

石垣海上保安部特定運用巡視船第2クルー船長(那覇海上保安部巡視船もとぶ船長)長道克巳

那覇海上保安部巡視船もとぶ船長(酒田海上保安部長/酒田港長)鈴木浩久

酒田海上保安部長/酒田港長(中城海上保安部巡視船くにがみ業務管理官)川口宏好

中城海上保安部巡視船くにがみ業務管理官(石垣海上保安部巡視船よなくに業務管理官)吉竹孝仁

石垣海上保安部巡視船よなくに業務管理官(第9管区海上保安本部総務部情報管理官)橘省二

石垣海上保安部宮古島海上保安署巡視船みやこ船長(奄美海上保安部巡視船あまぎ航海長/運用司令長/砲術長)中村信久

第2管区海上保安本部船舶技術課付(那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう航海長/砲術長)内田昌宏

那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう航海長/砲術長(海上保安大学校准教授)川島雄一

室蘭海上保安部巡視船えとも通信長/主計長(那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう運用司令長)田中誠

八戸海上保安部巡視船まべち船長(那覇海上保安部巡視船うるま航海長/砲術長)佐々木清壽

那覇海上保安部巡視船うるま航海長/砲術長(同保安部巡視船うるま首席航海士)揚野豊文

那覇海上保安部巡視船おきなわ機関長(装備技術部船舶課船舶整備企画室故障対処支援官)酒見崇文

那覇海上保安部巡視船おきなわ運用司令長(同保安部巡視船りゅうきゅう機関長)乳井雅貴

那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう機関長(海洋情報部航海情報課水路通報室課長補佐)三窪浩貴

那覇海上保安部巡視船くだか通信長/主計長(海洋情報部測量船拓洋首席通信士)深田哲男

那覇海上保安部巡視船くだか運用司令長(東京湾海上交通センター次長)大岩靖明

紋別海上保安部巡視船そらち船長(那覇海上保安部巡視船もとぶ航海長/運用司令長/砲術長)加藤清志

那覇海上保安部巡視船もとぶ航海長/砲術長(同保安部巡視船くだか首席航海士/首席運用司令士)森山憲次

那覇海上保安部巡視船もとぶ運用司令長(和歌山海上保安部次長)中西弘一

石垣海上保安部巡視船はてるま運用司令長(警備救難部管理課航空業務管理室安全運航対策官)金川和司

海洋情報部測量船天洋船長(石垣海上保安部巡視船いしがき航海長/砲術長)伊藤孝

石垣海上保安部巡視船いしがき航海長/砲術長(同保安部巡視船みずき船長)田中敏朗

福岡海上保安部巡視船やしま運用司令長(石垣海上保安部巡視船いしがき機関長/運用司令長)松田一行

石垣海上保安部巡視船いしがき機関長(第10管区海上保安本部警備救難部技術管理官)池田和明

石垣海上保安部巡視船いしがき運用司令長(唐津海上保安部巡視船まつうら業務管理官)川上芳朗

福岡海上保安部巡視船いとしま通信長/主計長(石垣海上保安部巡視船よなくに通信長/主計長)松田啓吾

石垣海上保安部巡視船よなくに通信長/主計長(第6管区海上保安本部交通部企画課長)濱田貴士

石垣海上保安部巡視船よなくに運用司令長(警備救難部環境防災課防災対策官)白石浩一

中城海上保安部巡視船くにがみ通信長/主計長(総務部情報通信課システム管理室課長補佐)梶原主税


琉球新報

▽海上保安庁警備救難部長(第11管区海上保安本部長)中島敏

▽第11管区海上保安本部長(第11管区海上保安本部次長)秋本茂雄

▽第11管区海上保安本部次長(海上保安庁装備技術部管理課長)坪上浩治

▽第11管区海上保安本部次長(海上保安庁総務部秘書課長)高橋博美

▽海上保安庁海洋情報部長(第11管区海上保安本部次長)春日茂

▽第11管区海上保安本部次長(海上保安庁総務部試験センター所長)今井忠義

▽第9管区海上保安本部海洋情報部長(第11管区海上保安本部海洋情報企画調整官)若松昭平

▽第11管区海上保安本部海洋情報企画調整官(海上保安庁海洋情報部環境調査課長補佐)小嶋哲哉

▽大阪湾海上交通センター次長(第11管区海上保安本部技術管理官)草野廣之

▽第11管区海上保安本部技術管理官(宮城海上保安部巡視船まつしま航海長/砲術長)高橋邦彰

▽隠岐海上保安署長(第11管区海上保安本部総務課長)外賀新一

▽第11管区海上保安本部総務課長(第11管区海上保安本部警備情報課長)宮平晃

▽第2管区海上保安本部総務部総務課長(第11管区海上保安本部人事課長)木原洋

▽第11管区海上保安本部人事課長(第11管区海上保安本部総務課情報セキュリティ対策室長)鎌田祥敬

▽第11管区海上保安本部職員相談室長(第11管区海上保安本部厚生課長)宮城吉一

▽第11管区海上保安本部厚生課長(那覇海上保安部管理課長)中村峯夫

▽海上保安庁警備救難部管理課運用司令センター主任ナブテックス調整官(第11管区海上保安本部総務課情報通信企画室長)薮伸児

▽第11管区海上保安本部情報通信課長(那覇海上保安部巡視船おきなわ首席通信士)吉田文男

▽第11管区海上保安本部船舶技術課長(第3管区海上保安本部船舶技術部船舶技術課主任工務官)杉浦宏

▽石垣海上保安部次長(第11管区海上保安本部刑事課長)赤嶺洋一

▽第11管区海上保安本部刑事課長(石垣海上保安部警備救難課長)宮里政栄

▽第11管区海上保安本部国際刑事課長(第11管区海上保安本部刑事課刑事指導官)山川博司

▽第11管区海上保安本部警備情報課長(那覇海上保安部警備救難課長)松本実

▽海上保安庁警備救難部救難課海浜対策官(第11管区海上保安本部環境防災課長)松浦あずさ

▽第11管区海上保安本部環境防災課長(第11管区海上保安本部環境防災課専門官)吉田正義

▽海上保安庁交通部計画運用課主任計画官(第11管区海上保安本部交通企画課長)久保剛

▽第11管区海上保安本部交通企画課長(那覇海上保安部交通課長)村上寛

▽中城海上保安部次長(第11管区海上保安本部交通計画運用課長)渡邊広信

▽第11管区海上保安本部交通計画運用課長(第11管区海上保安本部交通安全課長)中山茂

▽第11管区海上保安本部交通安全課長(千歳航空基地業務統括管理官)歌田安宏

▽海上保安庁海洋情報部技術・国際課海洋情報渉外官(第11管区海上保安本部海洋情報監理課長)馬場典夫

▽第11管区海上保安本部海洋情報監理課長(第11管区海上保安本部海洋情報調査課主任海洋官)木村琢磨

▽堺海上保安署長(那覇海上保安部次長)宮本勝通

▽那覇海上保安部次長(熊本海上保安部次長)重松正直

▽那覇海上保安部管理課長(中城海上保安部管理課長)大屋毅

▽那覇海上保安部警備救難課長(第1管区海上保安本部交通部企画課長補佐)前田好一郎

▽那覇海上保安部交通課長(第11管区海上保安本部交通企画課長補佐)山崎陽三

▽苫小牧海上保安署長/苫小牧港長(石垣海上保安部次長)村松一昭

▽石垣海上保安部次長(大阪湾海上交通センター次長)中村直人

▽第8管区海上保安本部警備救難部警備課長(中城海上保安部警備救難課長)尾崎賢一

▽中城海上保安部警備救難課長(第4管区海上保安本部警備救難部警備課長補佐)前田雅人

▽中城海上保安部管理課長(第11管区海上保安本部総務課警務管理官)石川達巳

▽那覇海上保安部予備員(名護海上保安署長)仲宗根敏

▽名護海上保安署長(那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう首席運用司令士)古波蔵喜則

▽釧路海上保安部次長(宮古島海上保安署長)山中洋

▽宮古島海上保安署長(那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう運用司令長)山本雅司

▽羽田航空基地整備長(那覇航空基地整備長)永渕健二

▽那覇航空基地整備長(釧路航空基地整備長)棚原実

▽新潟航空基地整備長(石垣航空基地整備長)瀧川昌則

▽石垣航空基地整備長(那覇航空基地上席整備士)久保智樹

▽横須賀海上保安部長/横須賀港長(那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう船長)永山哲弘

▽那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう船長(石垣海上保安部巡視船はてるま船長)松村信之

▽鹿児島海上保安部巡視船おおすみ業務管理官(那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう業務管理官)〓松昭夫

▽那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう業務管理官(舞鶴海上保安部巡視船だいせん業務管理官)山本末晴

▽仙崎海上保安部巡視船おおみ業務管理官(那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう機関長)下薗哲哉

▽那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう機関長(海上保安庁警備救難部環境防災課長補佐)乳井雅貴

▽那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう運用司令長(那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう通信長)田中誠

▽那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう通信長(呉海上保安部巡視船こじま通信長/海上保安大学校准教授)岡本顕

▽那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう主計長(第11管区海上保安本部職員相談室長)渡口昌則

▽第8管区海上保安本部警備救難部次長(那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう航空長)吉本直哉

▽那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう航空長(関西空港海上保安航空基地飛行長)岡本雅彦

▽那覇海上保安部巡視船おきなわ業務管理官(和歌山海上保安部長/和歌山下津港長)谷延京一

▽函館海上保安部巡視船おくしり業務管理官(那覇海上保安部巡視船おきなわ運用司令長/航空長)高橋真宏

▽那覇海上保安部巡視船おきなわ運用司令長(那覇海上保安部巡視船おきなわ航海長/砲術長)川崎千信

▽那覇海上保安部巡視船おきなわ航海長/砲術長(宿毛海上保安署長)木村栄宏

▽那覇海上保安部巡視船おきなわ航空長(海上保安庁装備技術部航空機課長補佐)久保田昌行

▽福山海上保安署長/福山港長(那覇海上保安部巡視船おきなわ通信長)西本和博

▽那覇海上保安部巡視船おきなわ通信長(鹿児島海上保安部巡視船こしき通信長/主計長)山中吉信

▽宮城海上保安部巡視船ざおう船長(那覇海上保安部巡視船もとぶ船長)山田高義

▽那覇海上保安部巡視船もとぶ船長(海上保安学校小型船舶操縦教官室長/教官)長道克巳

▽名古屋海上保安部予備員(那覇海上保安部巡視船もとぶ機関長)峰博史

▽那覇海上保安部巡視船もとぶ機関長(那覇海上保安部巡視船おきなわ首席機関士)宮國幸夫

▽第6管区海上保安本部総務部長(那覇海上保安部巡視船くだか業務管理官)新保好則

▽那覇海上保安部巡視船くだか業務管理官(第1管区海上保安本部船舶技術部長)長谷賢也

▽那覇海上保安部巡視船くだか運用司令長(中城海上保安部巡視船くにがみ航海長/砲術長)新立拓哉

▽石垣海上保安部巡視船はてるま船長(新潟海上保安部予備員)廣嶋彰

▽室蘭海上保安部巡視船えとも業務管理官(石垣海上保安部巡視船はてるま業務管理官)中村天

▽石垣海上保安部巡視船はてるま業務管理官(海上保安庁海洋情報部航海情報課水路通報室長)宮崎一巳

▽宮古島海上保安署巡視船みやこ船長(石垣海上保安部巡視船はてるま航海長/運用司令長/砲術長)江藤隆志

▽石垣海上保安部巡視船はてるま航海長/砲術長(装備技術部施設補給課長補佐)川崎健

▽舞鶴海上保安部巡視船みうら機関長/学校教官(石垣海上保安部巡視船はてるま機関長)河野一郎

▽石垣海上保安部巡視船はてるま機関長(海上保安大学校教授)遠山良和

▽宮城海上保安部巡視船ざおう通信長/主計長(石垣海上保安部巡視船はてるま通信長/主計長)鈴木幸詞

▽石垣海上保安部巡視船はてるま通信長/主計長(海上保安庁海洋情報部航海情報課水路通報室課長補佐)阿部正志

▽水島海上保安部長/水島港長(石垣海上保安部巡視船いしがき業務管理官)末田和也

▽石垣海上保安部巡視船いしがき業務管理官(海上保安庁装備技術部航空機課長)古場誠也

▽尾鷲海上保安部巡視船すずか機関長/運用司令長(石垣海上保安部巡視船いしがき機関長)間部典応

▽石垣海上保安部巡視船いしがき機関長(第2管区海上保安本部交通部企画調整官)望月成慶

▽名古屋海上保安部巡視船みずほ運用司令長(石垣海上保安部巡視船よなくに航海長/運用司令長/砲術長)西村勇二

▽石垣海上保安部巡視船よなくに航海長/砲術長(海上保安庁交通部安全課付)土田英幸

▽鹿児島海上保安部巡視船さつま機関長(石垣海上保安部巡視船よなくに機関長)加治満秀

▽石垣海上保安部巡視船よなくに機関長(海上保安学校門司分校教官/教務課長)三宅睦

▽石垣海上保安部巡視船よなくに運用司令長(海上保安庁総務部国際・危機管理官付課長補佐)馬渕巌

▽中城海上保安部巡視船くにがみ航海長/砲術長(海上保安庁海洋情報部測量船明洋航海長)倉林宏

▽横浜海上保安部巡視船しきね機関長(中城海上保安部巡視船くにがみ機関長/運用司令長)徳永洋太郎

▽中城海上保安部巡視船くにがみ機関長/運用司令長(海上保安庁警備救難部管理課運用司令センター上席運用官)宮井義裕

▽第6管区海上保安本部警備救難部次長(宮古島海上保安署巡視船みやこ船長)山田宏一

 【退職】(3月31日)
 第11管区海上保安本部次長丹後正己、第11管区海上保安本部船舶技術課長尾辻賢一、石垣海上保安部次長谷内田博、中城海上保安部次長米須浩、那覇海上保安部巡視船りゅうきゅう主計長松本博幸、那覇海上保安部巡視船おきなわ業務管理官八木隆一郎



※注:山崎陽三氏、宮崎一巳氏、川崎健の「崎」は、「大」が「立」の下の横棒なし
※注:〓は木ヘンに「青」
※注:吉本直哉氏の「吉」は、「土」の下に「口」
※注:高橋真宏氏の「高」は旧字体
※注:廣嶋彰氏の「廣」は、マダレに「黄」
※注:徳永洋太郎氏の「徳」は「心」の上に「一」

 

沖縄県達農第61号 沖縄防衛局

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2015年 2月17日(火)02時46分3秒
編集済
  平成26年8月28日付け 沖縄県指令農第1381号にて許可した「普天間飛行場代替施設建設事業に係るキャンプ・シュワブ海域の工事」に係る岩礁破砕等の許可(以下、「許可」という。)に関し、許可区域外にて、アンカーと称しコンクリート製及び鋼製構造物(以下、「コンクリート製構造物等」という。)の設置を行い、岩礁破砕行為が成されている蓋然性が高いと思量されるところから、必要な手続きを行うこと。

併せて、本書受領後直ちに許可区域外のコンクリート製構造物等の新たな設置及び概設物の移動の停止すると共に、その履行確認のための報告を本書受領後3日以内に行い、以後、許可区域外において海底面の現状に変更を加えない事。

また、当該行為に係る下記資料を、平成27年2月23日までに、文書で提出すること。なお、この指示に従わない場合は、許可を取り消すことがある。

以上

許可の附款に基づき指示します。

                                                                  平成27年2月16日 沖縄県知事 翁長雄志



1 許可区域外に設置されているコンクリート製構造物等の位置に関する図面及びにその此処の座標・水深及び重量

2 1において報告されたコンクリート製構造物等の、それぞれの設置前後の海域の現況写真





琉專卑語:この人のやる事は、ど~も胡散臭い。商都☆那覇の発展の貢献者イワズモガナ 許可区域内ならOKなのか!? 此処は一先ず、知事さんに下駄を預けた既成事実を造って置こう~♪とする・・・・・行政と沖縄防衛局の茶番を見せ付けられて・・・・・・いなければ良いが!。
 

新月新聞 息をのむ 美しい森からの便り 7号

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2015年 1月28日(水)01時52分52秒
編集済
   2014・11・22  okinawa  takae

はじめに

私たちは沖縄本島の北部、東村のやんばるの森の中にある高江に住んでいます。人口160人ほどの小さな集落で、日々子育てをし、働き、家族と共に暮らしています。

高江の森の中には米軍のジャングル戦闘訓練センターがあり、ヘリコプターの操縦訓連用のヘリパッド(ヘリコプター離着陸帯)がありますが、今 高江の集落を取り囲むように新たに6つのヘリパッドが建設中です。

まもなく説明もなく進むヘリパッド建設工事を、いやだ、やめてほしい、ちゃんと説明してほしい、と座り込みを始めて7年が経ちました。

高江にはいろいろな人がやって来ます。ヘリパッドの工事をする業者さん。工事の施工主の沖縄防衛局の職員。ヘリパッド建設阻止のために来る人。とにかく高江の現場を見に来る人。

私たちは高江を訪れるすべての人と話し合いたい。争ったり戦ったりして、いらだちと憎しみを募らせ合うのではなく わかりあいたい。

でも私たちは高江で暮らしているから、日常生活があります。いつも座り込み現場にいるわけにはいけません。

せっかく高江まで足を運んで下さったのに会えなかった方に。会えたけどゆっくり話す時間をとれなかった方に。高江ってなんだろう、と思っている方に。

一方的ではありますが、高江の女性たちでお手紙のようなおしゃべりのようなものを作ることにしました。高江は闘争現場なのではなく、あなたが住んでいるところと同じ、そこに住む人たちの生活の場で大切なことだったり、どうでもいいことだったり、おかしかったり、かなしかったり、いろいろなことがまざりあって高江で生きているのだ、と伝えられたらいいな、と思っています。
                                                                                   Toddie

ヤンバルンバ ★ 荘司優子

すっかり秋ですね! 道端のススキや赤く色づいた月桃の実がカワイイです。日差しがだいぶやわらいできたので外でも過ごしやすくなってきました。

前回の台風で、調子良く育っていた夏の野菜たちも、ほとんど姿を消してしまいました。・・・・・・(TдT)

あんなにものスゴイ台風の後スグに野菜を出荷出来る農家さんたち。スゴイなぁ! ありがとうございます!

台風の後の無惨な畑の姿は、とてもショックが大きすぎて、悲しすぎる!のでした。けれど畑の桑の木、丸裸にされたのに、3日後には、たくさんの新しい芽を出して、再生しようとしている姿に元気をもらうのでした。

あのスゴイ台風の時、森の虫や鳥や動物たちはどこで、どんな風に過ごすんだろうなぁー. 自然界はスゴイ。さてさて、私たちも畑にまた新しい種をまいたり、じゃがいもを植えたり、冬に向けて準備中

沖縄の土はかたい!!。ジョナサンが一生懸命耕します。森岡農園さんで半年間研修させてもらったおかげで、畑仕事も上達しました。手間ひまをかけた畑は美しいなぁ~。少しづつ、新しくまいた種も芽を出しはじめています。
冬には美味しい野菜がたくさん収穫できます様に。畑で、たき火して、あったまって、焼きイモして、子供たちも、イモ―――! イモ―――!と楽しみが増えました。
火っていいなぁ――。たき火はキモチィ~ね。



政治家さんに ちょっと近づいてみた.

高江でヘリパッド建設を反対し続けて8年間。何人もの政治家と会いました。その時の政治的な流れで、高江を応援してくれていると思ったら、いきなり切り捨てられたり。また復活して何事もなかったように高江を応援したり。高江を打ち捨てていた人がいきなり応援し始めたり。

そんな目にあっているので、政治家にちょっと偏見がある私が今回の知事選では、高江のことをどうしても公約にいれて欲しかったので自分から積極的にアプローチして、数人の政治家と話ししました。

私が、たとえるならば、ご飯茶碗一杯分の「高江の話」を必死でして、食べてもらえたのは、ちょっと一口。普通2,3粒。手もつけない人もいました。私は生活から立脚したところからしか話せないから、同じ生活者の立場からは共感を得られるかもしれないけれど、政治家さん(特に男性)にはわかりにくいかもしれない。政治家さんが食べやすいように

政治家さんにパッケージングされた「高江」を構築しないといけないのかなと思ったり。私にできるかはともかく。

政治家って、親身に考えれば 人が良ければ良いほど深刻な問題がどんどん目の前に山積されていって。でも神様じゃないんだから許容範囲というか抱えきれる量ってもんがあるし。

映画『ソフィの選択』みたいに2人の我が子ののどちらかを選べって親ではないにしろ、どれもこれも大切な物事の中から選択しなくてはならない場合もあるでしょう。

まぁ、選択されなかったほうは、たまったもんじゃないんですが。

県知事選の結果がどうであれ(11月上旬現在)

高江の問題は政治問題だから政治家が動かないと解決に向かわないし、政治家に動いてもらうには、民意が必須。『「辺野古」っていったらその後に「高江」ってついてないとおさまりが悪いんじゃないの』ぐらいの事を、普通に口に出していう人がどんどこ増えないと、始まる話も始まらない。

この号が発行される新月の頃には、知事選も終って工事の再開が予想されます。辺野古も高江も座り込み現場は、かなりの緊張状態にあると思います。どうか誰も何も傷つくことなく平穏であってほしい。
たくさんの注目が森を守ります。冬の高江にもぜひ、いらしてください。
                                                                                   Toddie.



OKINAWA 高江の近況 voice of takae now!

2007年7月~ やんばるの森の中高江の集落を囲むように 米軍のヘリパッド(オスプレイパッド)が建設されてます。2014年3月 6このうち2こは完成してしまいました。オスプレイが重低音と共にやんばるの森を飛んでます! STOP!

北部訓練場の過半の返還を条件にこの計画はすすめられていますが、面積が半分になれば、負担軽減といえるのでしょうか?そのことにだまされたフリを続けて大切なものを永遠に失ってよいのでしょうか?

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使ってないさと憤りと南側 一部を返還し高江にヘリパッドを集約させ辺野古とも連携したオスプレイ訓練ができるようになります 負担軽減のため? 基地機能強化 そして固定化では?


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高江の住民の暮らしとやんばるの森の生きものたちの命が犠牲になればそれで済むのでしょうか? 犠牲になるのは 私たちだけではないはずです。

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国の天然記念物のノグチゲラが今年4羽 窓ガラスにぶつかり死亡 3羽は高江小中学校にて     異常事態 オスプレイの訓練が原因では. (2014.10.29 琉球新報 沖縄タイムス)

やんばるの森は数多くの固有種や絶滅危惧種が暮らし.新種の動植物も発見される奇跡の森. 地球規模でみてもとても貴重な豊かな生態系. 地球の宝もの  豊かな森は沖縄本島の生活用水の60%を支える水がめでもあります

2014年3月 6つのヘリパッドのうち2つは完成してしまいました。(N4地区) そして 10月14日 N4のゲートが撤去されました.米軍への提供の動きが進んでます

県道まで140m.一番近い民家まで400m.学校まで1500m.年間1260回 オスプレイの訓練が予定されています...ヘリパッド建設は北部訓練場返還が条件です.返還前に米軍に提供することはありえないはずです 私たちはこの7年間 やんばるの森から元気をもらい できる限りのことをして世論に訴えてきました.しかしついに『強制排除』のときが!

現在監視活動をしているN1ゲート前の路側帯を日米共同使用から米軍占有に変更し 座り込みを強制排除する準備が始まってしまいました.その日は明日.やってくるかもしれません この流れを止められるのはみなさんが声をあげて下さることです!

辺野古の美しい海につらなるやんばるの森も守られますように!
                                                    text  by  morioKa naoko


                                               山瓶カフェ     スタッフの やんばる 宇宙人 観測日記

カフェのお仕事が今年でおしまいになりました。丸2年間働かせて頂いて高江で暮らして、オーナー家族から自然と密接した暮らし方や考え方、身体に優しい食事や手をかけて何かを作る楽しさ等々 沢山の事を学ばせて貰いました。

お客さんもスタッフも面白い人達ばかりで充実した2年間でした。

スパイスを調合してカレーを作る事、パンやケーキを焼ける様になる事は今まで一歩踏み出せなかった夢だったので、気が付けばこの高江でじゃんじゃん夢が叶っています。来年からは田んぼを借りて米作りも出来る事になりました。

夢って知らないうちに叶うんですねとおとぼけSさんに言ったら【夢をみーたらー そこへ歩いて行ってしまーう~♪んですよ、あさちゃん】と下がり眉毛をおどけた風にして自分の歌にのせて歌ってきました。反省してるふりも出来るし下がった眉毛を器用に使いこなすSさんと来年は米作りや畑仕事等 新しい事に挑戦していこうと今から楽しみです。

定休日が一緒で お客として行った事がない カフェ水母で スモークサンドを食べるのも!
                                                                              金山亜生


                                   新米教師の高江Life A to Z

Untamed

〈形〉(動物が)飼いならされていない (人が)抑制されない、自由な、他人に影響されない (土地が)自然のままの、耕されていない

内地の公立小学校で教師をしていた頃は、「あぁ...こうやって子どものうちから型にはめられて、嘘っぱちの民主主義な世の中が作られていくんだ・・・」と、うんざりしていました。

でも沖縄に来て高江に暮らすと、「イヤなものはイヤ!」「ダメなものはダメ!」と、皆さんすっごく真っ当。やっぱり69年の沖縄の歴史も、7年の座り込みの歴史も、untamedだからこそなんです。tame(従順な、飼いならされた)ではやられっぱなしです。ちなみにtameの反対はwild。そう!わたしたちは、ワイルドに、そして ファンキーに行こうぜ!ということなんです& amp; amp; lt; br>
Vision

〈名〉先見性、想像力、心に描く図、未来図

県知事選挙 真只中の沖縄では、"21世紀ビジョン"なる言葉を度々目にします。2030年のあるべき沖縄の姿とは・・・



"時代を切り拓き、世界と交流し、ともに支え合う平和で豊かな「美ら島」"はあ~っ,なんてすばらしい! とにかく米軍基地さえなくなれば、沖縄は世界に名だたる平和の美ら島になれるはず。だって基地があるのは一等地ばかりなのですから。

21世紀ビジョン

願えば叶うと言われるように、本気でみんながvisionをしっかりと持てばいいと思っています。「るり色が灰色に染まる景色には夢の数がまだ足りないよ~♪」みんなのvisionがこの世界をるり色にする日よ来い!と、本気でそんなこと考えながらUAちゃんの歌を歌っている今日この頃。

Widow maker

(名)未亡人製造 (開発時のオスプレイのあだ名)

オスプレイの開発期間が、月にロケットを打ち上げたアポロ計画より長いって、知ってましたか? まさかやー!ですよね。にも関わらずオートローテーション(故障が意図的に電源喪失しても安全に着陸する機能)が効かない作りなので、最終的に地面に叩きつけられる構造です。

危ないっちゅーの! あのイスラエルでさえ購入を中止したというのに、世界で唯一、日本だけが買いたがっています。   でーじやっさあ~

                          Danger!!  Tremendous!!  辺野古に100機配備!? とんでもない!!


X Band Radar

(名)Xバンドレーダー

(京都の京丹後市・経ヶ崎に配備が決定)

昨年、住民の会メンバーが「座り込み」を伝えに京都まで行きました。高江と同じように、ある日突然大型レーダーの配備先に選ばれてしまったのです。「弾道ミサイル攻撃に対する防御能力の強化」が目的だそうですが、この文章の頭には「米国に飛来する」がつきます。ひどい話ですよ。

・強力な電磁波による漁船の無線やGPSへの影響
・駐留米軍による事件・事故(すでに10/27に交通事故あり)
・レーダー冷却のための1日5万リットルもの水の確保
・気象改変・操作に利用する疑い(レーダーでハリケーンが作れたりする)
・ハヤブサを含む周辺環境や生態系の破壊

  等々・・・問題多し! 10/21に本体搬入、12月には運用開始と言われています。皆様 ぜひご注目を!! (座り込みテントではXバンドレーダー反対署名を集めています)

       Toshiko Fukami (とっこ)5年ぶりにスワロッカーズが再結成されました☆ やっぱり音楽って楽しいし気持ちいい! そしてボーカルのMくんが最高なのです




                                                           あのひと このひとのHEIWAの道 Vo.6

きのくにこどものむら学園の高校生のみなさん

Qインタビュアー 「高江の座り込みテントに来た感想は?」

感想いろいろ

「標的の村」を見て来たのですが、実際見て基地との距離がすごく近いと感じました。」

「もっとオスプレイが飛んでると思ったけど、そうでもなかったです。」

「学校でも平和についての授業があるのですが、意見はいろいろ分かれます。自分はこうだ、と思っても、その意見の裏には犠牲になる人もいる。じっくりと継続して考えて行くことが大事だと思います。」

「沖縄はいったい誰のものなんだろう、って思いました。」

「もっと現場がぴりぴりしているかと思ったけれど、実際はたのしそう。意外でした。」

「本土との温度差を感じました。もっと本土の人が身近に基地問題を考えていくことが大切だと思いました。」

「海もきれいだし、とても自然がゆたか。どうしてここに基地があるんだろう、って思います。」

「沖縄の負担をもっと多くの人に伝えないと。」

「基地問題をなかなか身近に感じにくい。高江の人たちはほんとうにたいへんだと思う。」

11月のある晴れた日、座り込みテントを訪れたのは、和歌山「きのくにこどもの村学園」の高校生のみなさん。「標的の村」を見て、高江行きを決定したようです。

「きのくに」といえば、自由な教育を実践していることで有名です。自由と放縦は混同されやすいですが、まったく違います。「自分の考えを持つ」という思考の自立は、これからの未来を生きるうえでとても大切なこと。

「きのくに」は、その重要性に重きを置き、週に一回の全校ミーティングをなによりも大事にしています。「話し合うこと」=コミュニケーション力。

この日はあまり時間がとれず、ほとんど聞き逃げ状態になってしまったので申し訳なかったです。ほんとはじっくりとゆっくりともっと話しを聞いてみたかったです。「ちょっと、すぐには答えられません。」という意見もあり、それもひとつの大きな感想だと思いました。

なかなか高校生とふれあう機会が普段ないので、貴重な時間でした。どうもありがとう! また高江にいらしてくださいね。今度は高江の森で過ごして欲しいなぁ。

oインタヴュアー根本きこ このページは、いろいろな人の平和へのアプローチの仕方や方法を聞いてみよう、という趣旨で始めたインタヴューコーナーです。 きっとたくさんのヒントがあるはず!と毎回ワクワクしています。



    大海の一滴



   「決着」

2つ目のヘリパッド完成後、座り込みテントは、次の工事現場のゲート前へ移動、そこは自宅から県道70号線を北へ7分、6.3kmのN1テント。ここはやんばるの森が一層深まり自然を肌で感じ、まるで森の中にお邪魔する座りこみテント。お邪魔しているのだから鳥たちも「なにかぁー」と警戒しテントに来る。毎日いるから鳥も仕方ないテントで共存、一緒にいる。

ここにいる生き物は先住民、申し訳ない。きっと「あんた達人間は、どうして共存できないのか」と叱られている。もうこれ以上殺しあうために、この森の侵略者にならないように、もう少し居させてとホントウアカヒゲを見守る。
真夏は灼熱の太陽の下テントに居られず木陰を求めて移動、でも辺野古の熱さを思えば愚痴も引っ込む。今はすっかり冷たい風が吹き、朝、晩は冷え込む。昼間は日差しを求めてテントから移動。一日一日違う風景の中、そこは着実に工事を止めている。

沖縄で生きる尊厳をかけた誇り高い顔は、みんな真っ黒。今は、目前に迫る知事選挙に大忙し、この選挙は沖縄の未来を決める沖縄の民意、歴史を背負ったとても大切な選挙。「オール沖縄」は初めてのことではなく、1956年にも「銃剣とブルドーザー」にとられた土地を恒久的に米軍基地にしようと軍用地一括払いが提示された「プライス勧告」に対し、のどから手が出るくらいお金はほしい苦しい厳しい時代の中でも、永久に土地を奪われては,琉球の未来はないと反対した。

しかし米国は聞き入れなかったので一斉に市町村大会が開かれ、や がて保守も革新もない島ぐるみ闘争へと発展、米軍に方針を撤回させました。今、再び沖縄の子孫に手渡すのは何かを決める時が来ました。基地のない自立した沖縄を目指すための最終決着をつけるため、圧倒的多数で全国に沖縄の民意を示し、全国にある基地をどうするのかを問う選挙にしたい。武器を持たない平和のバトンを沖縄からアジア、アメリカ、世界へと手渡したい。必ず。

2014年   11月  新月  伊佐 育子


みんなのプロフィール


安次富雪音(今回は休みです)

高江のカフェ「山瓶」楚洲のカフェ「水母(くらげ)」オーナー夫人。5男1女の母。自他共に認めるパワフルマザー。http://www.mco.ne.jp/yamagame


石原トディ絵理

ハイレセシアイとアイコンタクトをとった幼少期を経て、現在は妙なパワーを持つ4児の母。連れ合いはギタリスト石原岳。高江てぬぐい製作中!


盛岡尚子

冷蔵庫を使わない暮らしを実践する3児の母。自然農法、福岡正信氏に師事。森岡農園を家族と切り盛りする。名著「沖縄島ごはん」は一家に1冊!3刷決め!



荘司優子

故郷の大阪から出発した自転車旅行中に沖縄で妊娠発覚。那覇で元気な双子を出産し、3人目を懐妊? 連れ合いは切り絵作家ジョナサン。

根本きこ

震災後、神奈川から高江に住み始め、まもなく3年。「こどもと食べるごはん」など著書多数。ただいま琉球新報の火曜日に連載中。HEIWA食堂として、たまに出店。


とっこ

元福岡シュタイナー学園アシスタント。彼女のエーテル体に引き寄せられる子どもが後を絶たない人気者。「住民の会」事務局、奮闘中!


ジョナサン

「新月新聞」の表紙を担当。独自の線で独特の世界を表現。ときにベーグル屋「かもめパン」も開催。http://wwww.kirie.


伊佐育子

高江のマザーテレサ。懐の深さはまさにアトランティス。ヘリパッド工事が凍結したあかつきには、育子さんの仕事、漆の螺鈿細工の作品作りに取り組めるね。早く新作、見たいです!


あきちゃん

大阪からやってきた、癒しの女あきちゃん。現在、カフェ山瓶スタッフ。高江での運命の出会いは、もはや必然?

UA

唯一無二の歌手。そして3児の母。歌い手として、その圧倒的な存在感にたくさんの人が魅了されている。・・・且つめちゃくちゃ大阪モードのおもろUAの側面もありつつ。


・「新月新聞」は三ヶ月に1回発行、高江座り込みテントにて配布しています

 

2014 晩秋 乱筆 乱文にて候ふ

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2014年11月20日(木)20時41分25秒
編集済
  ヒトだけが無益な争いを繰り返す。自らの欲望を満たす為だけに。殺し、奪い、破壊し、あらゆる物を絶滅へと導く。奪われた者達は 其れを望んでも、頼んだ訳でもない。気が付いたら、或る日 其れは消えていた。そして 失ったものを 再び、欲しがり、再生する。其れを何世紀にも渡り、繰り返す人類の愚かさ。
人類は、果てしなく、其の作業を繰り返す。そして、何時の日か それが 出来なくなる日が訪れる。其の☆は無尽蔵にエネルギーを蓄えてるのではない。限られた資源は、何れ、枯渇する。
「再生」は模倣にしか過ぎない。破壊しなければ「再生」する必要もなかった。「劣化」が破壊を手繰り寄せ、「再生」を招いた。然し、期待は脆くも崩れ去る。創造主が優れてたら、其れも期待出来る。然し、其れは「再生」を前提とした「破壊」では無かった。
満たされた者は「愚か」である。愚は罪。罪人には罰が与えられる。無知も又、然り。智慧を獲得する事でしか、「ヒト」は救済されない。

力道山、王貞治、大山倍達 前田日明。伊集院静…等々。彼等は在日の2世や3世である。戦後、日本復興を牽引し貢献した第一級のオピニオンリーダーと謂える。然し、近年。低俗で、野蛮で、下品で帝脳な帝國愛国主義者どもが、狂信。偏狭的反韓・反中思想を掲げ、在韓、在中の無辜の市民を攻撃し始めた。所謂、在日特権を認めないとする「民族差別」。然し、若干、法の不備があるにせよ。些か、行き過ぎの感は否めない。敗戦の日本を経済大国に押し上げた在日の彼等の存在は大きい。彼等に勇気付けられ、鼓舞され、敗戦の時代を駆け抜けて来た人々は決して少なくない筈である。其れを、差し引いてマイノリティーを攻撃するのは、如何なものかとも想えて来る。

其の異様な出で立ちは、敗残兵の亡霊に取り付かれた暴徒にしか、御見受けしない。其の異様さは、怨念の塊と化し、生きとし生けるもの。全てを呪うかの様に、思いの丈を大音響と共に、大地に叩き付けて来る。

ソモソモ、民主主義というモノは、頂戴するモノでは無かった筈!?。ウンコすれば手前で拭くしかなく、外で出される飯に不満があれば、其れ以上の物を手前で作り、召し上がれば済む話。其れを外注委託した結果、様々な利権、利害、汚職、贈賄等々が発生する羽目に為ったと謂える。幾ら、老舗の高級店であろうと、不況の中、生き抜こうとするなら、多少、汚い手段に出る事も否めないだろう。余った飯を後の客に出してみたり、喰い残しの食材を次の客に食わせたりして、あらゆる手段を講じて、生き抜こうとするのが種の本能。勝者が生き残り、敗者はのたれ死ぬ。賞味期限が過ぎようが、其処は長年培った経験を駆使し、調理する。謂わば、其れが今日の日本政府の姿とも謂えそうダ。

ブランド志向の強いニ流3流の貧民は、高級感に弄ばれ、経済至上主義が王道を走り、思想、倫理、哲学等も、店頭に並び、金で買えないものは、この世に何一つ無いと謂う価値観に洗脳され、生きて来た。否、純粋培養されたといった方が正しいのだろうか。

敗戦の焼け野原で自生した精神論は時代と共に消滅し、欧米の価値観が主流と為った。(此れが、或る民族の家族、社会、個人が崩壊する大きな原因とも為っている。)アナログからデジタルへ移行し、衆愚政治が主役となった。無駄な肉を纏い、考える事を止め、汚い、危険、苦しいを敬遠する我等は先人を超える事は困難と為った。然し、贅肉を削ぎ落とし、日々、沈思黙考し、歯を食いしばり、危険を顧みず、感性をを研ぎ澄ます事で、危機管理のスキルは磨かれないと理解しなければ、後は無い。其れ程に、日々、状況は厳しさを増して来ている。そんな時代の中に遭遇していると感じている人が果たして、どれくらい居るのだろう。

其れを当然の事と受け入れ、生きていかなければ、敗戦のトラウマを払拭する事は適わない。時代と共に価値観も多様化し、善悪の区別もあやふやで、どれが絶対とも、謂えなくなった。或る人は子孫に負の代償を背負わせては為らないと謂い、或る人は、馬鹿な大人達の様に為らない様にと、貧しい人や子供達をサポートする。米を主食とする。其れを自産する事は大変な労力を有する。店頭にある物を買えば、済む事である。衣類、食料、電気、水、交通 科学、医学...etc。様々な分野で従事する者が要るからこそ生活が成り立つ。そ~考えれば、生かされているともいえる。だからこそ、一人では生きていけないとも言う。どれだけの人が、今の自分の人生。「勝ち取った」と自負出来るだろうか?。過去・現在・未来は連結し、共鳴しあってる。

顔も知らない、先人が創り上げた社会を出来るだけ壊さず、次の世代に引き継ぐ。其処に、人間としての尊厳、矜持が問われる処なのかとも、想ったりする。

人って死ぬんだよなぁ~。高倉健が死んだ。Twitterやyoutubeで検索かけると、湯水の如く溢れ出る。其の声、姿を眺めてると、何故か泣けて来る。ふと、何故なんだろうと考える。其れは、高倉健は高倉健を極めた人なんだと謂う結論に、直ぐ落ち着く。だから、多くの人の関心を集め、尊敬され、愛されるのだろう。だから、どんなに歳を重ねても格好良いし、ダンディーで在り続けた。

もう、25年も前の事になるのだろうか?。恐らくその辺だろうと想う。腹に強烈な激痛を覚える。其れは二度続いた。切腹の疑似体験!?。戦死した祖父は敵の爆弾の破片が腹部に刺さり、其れが原因で戦死したと訊く。結局、アレが何だったのか。今でも解らないが、強烈な体験として、記憶だけが残った。昭和の偉人ってカテゴリの中に括ってしまえば、三島由紀夫、高倉健は其の中の一人と謂えよう。然し、三島由紀夫は国難に巻き込まれたとしても、若くして自刃して、其の短い生涯を閉じた。然し、高倉健は83年の人生を全うした。そして多くの人生に影響を与え、多くのメッセージを残して、星となった。どちらが正しく、どちらが間違ってるとは一概に判断は付かない。両者共に昭和の巨人である事に疑いの余地は無い。又、国家という同質のカテゴリの中で生きる者同士として、偉大なる先達の死が、自分の身体の血と為り、肉体に解けた事も又、疑う事もないだろう。

テクノロジーの進化は、時として、生きてく事の残酷さを見せ付ける。PCを開けば、半世紀も前の映像を好きな時に好きなだけ、観る事が可能だ。TVでは死去すれば、当然、其の姿は突然消える。然し、ネットの世界では青年から老年。生前の姿を何度でもReplay出来る。其の人への想いが強ければ、受けるダメージも大きい。一度でも其の姿を、間近で拝見してれば、其の死も受け入れる余地も有るだろう。然し、TV、スクリーン等を通してでしか逢えないとなると、悲しみも深い。其の一方で、少子化が進む現代で、手本とする先達らしき人も不在がちな時代の中で育つ現代っ子は、大海原に放り出された難破船の様にも見え、彼等が、どんな大人に為り、どんな社会を構築して行くのだろうとの不安も付き纏う。

残された時間は後30年として、浅学無才の頭で捻り出した応えは、「平和」其れは、「奪わない事」如いては其れが、幸せを齎すのかもしれない。

戦争に由って、其れは生まれないのだろうと。社会的に成功を収め、地位、名誉を戴こうと、其れが平和とも、幸せに直結しないのが複雑怪奇な「人間」という生き物。

在れば、有るだけ欲しがり(有財餓鬼)無ければ、無いで欲しがる(無財餓鬼)立派なお家に住めば、日に日にボケ、隔世の感は否めない。

死は今生の別れ。永遠の袂を分かつものではない。単に肉体が消滅しただけで、魂は永遠に普遍。生前より更に、其の息吹を感じ、意識して生きて行く事が、後を追う者に課せられた責務であり、矜持。

2013年11月3日 文化勲章を授与。其れが、冥府への印籠と為ったのだろうか!?。

劇中、其の殆どを「前科者」を演じた高倉健。過去世、現世、来世で犯すであろう罪過を「前科者」を演じる事でその根を摘んだのだろうか!?。天照大御神を始祖に戴く天皇から文化勲章を頂いた高倉健は「神」に為った。

伊集院静著「羊の目」侠客・神崎武美の晩年を、高倉健がどう演じるのか。是非観たかった。

残念 そして 有難う 健さん


田中裕子 此れだけは、書き落とせない。昭和30年 1955年4月29日生まれ 昭和天皇・裕仁も、其の日に生まれる。生きてれば114歳。

劇中、高倉健の妻を演じ、改めて、其の御尊顔を拝見すると、「慈母」 慈悲深き仏の様な御顔をしてる。

其れは、他のどれにも属せず、比較する人もいない。観てるだけで、暫し、不思議な安堵を与えてくれる。そして昭和天皇と誕生日が同日なのも、後で知る。

比叡山の大阿闍梨(酒井雄哉)と親交を深めた事からも、矢張り、この男。只者ではないと推測する。

然し、このタイミングでの敬愛する偉大な役者の死は、今までの自らの歩み、来し方行く末を弥が上にも考えさせる大きな出来事(事件)然し、様々な人生模様がある中で、「高倉健」に魂を

揺さぶられるのは、矢張り、俺は修羅なのかと自問。
 

亡国の盾

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2014年 8月29日(金)04時39分38秒
編集済
  『自分は、国費で勉学を賄われている防大生のひとりである。一年後には任官され、国防に携わることでその費用をお返ししなければならない者であるが、三年学んでなお、『国を守る』ということの本質がわからない愚か者である。(中略) 在日米軍基地の補完を念頭に装備の拡充を続けてきた自衛隊は、西側第二を誇る対潜掃海能力・上陸阻止能力を備えるまでになった。その一方、洋上防空や陣地構築能力、打撃力は希薄で、有事法制さえ整わない自衛隊は、依然、一国家の軍事力としては歪な存在として残る。・・・・・・未曾有の発展を遂げた日本は、理想も責任能力も無いまま世界進出を果たした様を指して「エコノミック・アニマル」と誹謗されるようになった。
冷戦後も安保の枠組み維持に汲々とし、未だに有事法制も整わないまま、歪な装備の更新を続ける自衛隊も、同様の危機を孕んでいるとは言えまいか。上意下達の徹底は強固なチームワークと経営体質を企業に与えたが、上に対して口を閉ざすのを当たり前にしすぎた結果は、参政意欲の無い、主権意識の希薄な国民たちを生み出すことにもなった。

そうして・・・・・・個人としては考えることも責任を取ることも出来なくなった国民が、経済という制御の難しい化け物と場当たり主義でつきあい続けた結果が、バブルの災厄を招来した。バブル崩壊が経済システムを袋小路に追い込み、辺野古ディストラクションが安全保障の存立を揺るがせた今こそ、日本は独自の姿勢を表明すべきだった。だが結局元の鞘に収まってしまうのも、誰一人として「日本とは何か」「何を優先して、何を誇るのか」について、世界に通用する明確なロジックを持っていなかったからだ。
冷戦終結によって、「反共の不沈空母」という方向性が失われた現在、国防問題もまた岐路に立たされている。絶えず仮想脅威を創出してゆかなければならない日米安保の維持に固執することは、梶本政権が提唱する日本型システムの復活と同じ、これまでの無責任体質を継続する結果になりかねない。辺野古ディストラクション以来始まった一連の沖縄問題への対応、アメリカの対応を見越した恣意的な海上戦力整備は、明らかにこれまでの過ちを継続、強化させるだけの愚行であると断言できる』

『自衛隊は従来の在日米軍とのリンクがあって初めて能力を発揮するというあり方をやめ、削るべきは削り、増やすべきは増やして、日本の地勢と国力に合わせて完結した戦力を整備してゆくのが正しいやり方ではないか。日米安保はあくまで国際貢献の一環であることを明示して、片務ではない、両国の相互利益に基づいて運営されていることを互いに自覚しあうこと。
それには、何よりもまず日本が自らの所信を表明し、ひとつの国家として一貫した主張とカラーを打ち出してゆかなければならない。今までそれを怠ってきた結果が、未だに大日本帝国の復活を恐れるアジアの愚にもつかない誤解と誹謗を招き、誰からも、自分自身からも信用されないし、尊敬もされない体質を作り続けてきたのではないだろうか。
重要なのは、国民一人一人が自分で考え、行動し、その結果については責任を持つこと。それを「潔い」とする価値観を、社会全体に敷衍させ、集団のカラーとして打ち出していった時、日本人は初めて己のありようを世界に示し得るのではないだろうか。保身にばかり長けた政治家ではなく、一人の人間として自らを誇れる人物にこの国の舵を取ってもらいたいと願うのは、過分な望みなのだろうか。そうした人たちがその存在をもって範を垂れ、すべての人に美徳を示すことは夢なのだろうか。誰も責任を取らない平和論や、理想論に基づいた合理的経済理論では現在の閉塞を打ち破ることはできない。

ギリシャ神話に登場する、どんな攻撃もはね返す楯。それがイージスの語源だ。しかし現状では、イージス艦を始めとする自衛隊装備は防御する国家を失ってしまっている。亡国の楯だ。それは国民も、我々自身も望むものではない。必要なのは国防の楯であり、守るべき国の形そのものであるはずだ』

『これから自衛官の職を拝命した時、いつかはこの思いが消えてなくなるかもしれないと想像するのは辛い。訓練、術科習得、クルーの勤務評定に追われ、日々が仕事で塗り込められていった時、何も考えずにいきてゆけそうな自分がいることが悲しい。誰もがしていることであるし、そうした方が自分自身、楽なのだろうと思いはしても、やはり信念は捨てたくない。自分の国籍と職業に胸を張れる人間でありたい。「国を守る」ことの本当の意味を考え続けたい。改善のための努力を怠らず、どんな結果が待ち受けていても正面から受け止めて、姿勢よく生きていける人間でありたい。ちっぽけではあるが、それがこの拙文を実名で著した者の矜持である。自衛官としてはるか先を歩く父も、この思いを理解してくれるものと・・・・・・』
                                        宮津隆史


琉專卑語

HERO 最終話 「最後の事件」観了 HERO ep 02 2001 「DEFENSE ATTORNEY」から添付

「政治的野心の為に、人間を撒き餌の様に扱う検事。・・・そして、法とは人間が良識ある行動をしようとする、ささやかな努力なのです。・・・正義、それは貴方方の心の一部なのです。」

警察の権限より圧倒的に強いとされる「検察」 国家権力の不正を正す行政機関の筈だが、果たして、現実はTVドラマの様な60分~120分の勧善懲悪劇ではない。当然、途中、CMの入る余地も無い。

現実は、様々な既得権益、権謀術数、利害や利権。政治家の野心&企業の私利私欲。等々が絡み合い、必ずしも「正義」が勝つとは限らない事を、2011/311後の、其の国の歴史のうねりを、見聞きして、多くの人が学習した。

HERO最終話を観ての感想は、「法」が必ずしも正常に機能しない其の国の構造。

警察よりも圧倒的な権力を有する検察、更に、其の上を行くであろう「政治」最早、其の国を救済する最終手段は、政治家の職に携わる者が、「政治家」を告発するしか手段は残されていない様にも想える。

最も、そんなマンガの様な展開が、其の国で起こるとは、到底考えられない事では在る。

激動する時代の中で、サバイバーで在り続けるなら、「武装」するしかない。潜在主権(残存主権)は我に在りとするなら、勝利するしかない。

「敵」が圧倒的多数を占める現代社会の中で、生き残ろうとするなら、「盾&矛」を所有してなければ、戦い続けるのも厳しいのかもしれない。

国家権力等、巨大な組織が行使する組織的暴力も恐いが、アマチュアの何をするのか、何を考えてるのか予測の付かない、得体の知れない恐怖も、其の島に上陸して、初めて体感した感覚。

HERO 特別国家公務員である検察官が主役の人気ドラマが再開された。辺野古の基地建設が起きた此の時期に何故?。フジサンケイ&自民党に由る国家戦略?。電波を使った国家的マインドコントロールなのだろうか?。
 

◆被爆者代表「平和への誓い」全文

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2014年 8月13日(水)23時05分49秒
編集済
   長崎は九日、被爆から六十九年の原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園で市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。出席した安倍晋三首相の目の前で、被爆者代表の城台(じょうだい)美弥子さん(75)が「憲法を踏みにじる暴挙」と集団的自衛権の行使容認を痛烈に批判した。田上富久(たうえとみひさ)市長も平和宣言で「平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が急ぐ議論の中で生まれている」と指摘。政府の姿勢に対する被爆地の懸念があらわになった。



◆被爆者代表「平和への誓い」全文
 一九四五年六月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。

 八月九日朝、ようやく目が覚めたころ、魔のサイレンが鳴りました。
 「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕(ごう)へ行きました。爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。

 そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです。

 私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣のトミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間空がキラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのときけがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

 たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から一刻も早くなくすことです。

 そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。

 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです。

 被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生も私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。

 長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう。

私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。

                                              平成二十六年八月九日 被爆者代表 城台美弥子(東京新聞)
 

辺野古新基地建設絶対反対

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2014年 8月 9日(土)14時05分56秒
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                                                                         意見広告

① 「私は辺野古新基地建設に絶対反対」する

もし戦争が起こればミサイル戦争になる可能性がある。米軍基地の集中する沖縄県は真っ先に敵国に狙い撃ちされミサイルの標的になり危険に曝される恐れがある。
何故沖縄だけが日本国民の犠牲となり国の盾とならなければいけないのか!

辺野古に米軍飛行場や軍港を造る事を県民は断固阻止しなけれなならない。私たちは未来へ責任と義務を果たさなければならない。私は85歳に鞭打って、県民に「意見広告の檄を飛ばす」「辺野古新基地建設に絶対反対しこれを阻止しよう」

②日本政府は基地強化に奔走している。41市町村長・議会議長等は辺野古基地建設反対で昨年1月28日「建白書」を総理大臣に提出した。県知事は県民総意を無視して「特別交付金」と引き換えに新基地建設を「承認」した。県民不在の知事独断を断じて許しては為らない。

③かつて琉球は中国と冊封・進貢関係を結び、後に第一尚氏、第二尚氏、約450年の夢の栄華と大交易時代の繁栄を極めた。一方、薩摩の琉球侵攻によって廃藩置県もでの270年間、苦難に満ちた過酷な歴史を背負い時代に翻弄された。沖縄は「中国・韓国・東南アジア諸国」と長い交易の歴史の財産がある。県民は「先人達の輝く誇りと時代を生き抜く知恵」を失ってはならない。

④明治から昭和も戦前まで「裸足に芋・野草」を食し空腹を凌いだ。劣悪な差別と貧困で生活は困窮した。しかし、自由民権思想や海外移民事業が時代を動かした。ハワイ 南米 南洋群島等に移民が渡った。今、世界に県系人のネットワークは大きく広がり私達は其の恩恵を受けている。「先人達の苦難にして崇高な開拓精神」を忘れてはならない。

⑤若い世代は戦争を知らない。
日本は第二次世界大戦に至るまで、大東亜共栄圏を掲げアジアに植民地を計画し戦争を拡大していった。米国が警告し経済制裁を行っても、国際連盟から脱退し三国同盟を結んだ。1941年12月8日に真珠湾を攻撃し太平洋戦争に突入した。ソ連とは不可侵条約を締結、後に破壊され満州の日本軍は捕虜となり酷使され多数が死亡。生存者は約5年後に帰された。国民は「日本は神の国」「皇民化教育」で其れを信じ、多くの国民が悲惨な戦争を体験した。昭和19年サイパン陥落・昭和20年悲惨な沖縄戦・広島・長崎に原爆が投下され8月15日無条件降伏により敗戦となった。

私は滋賀県の近江航空に軍属として働いていた。沖縄は十・十空襲に由って甚大な被害を被った。満州の奉天に渡ったが15日目に敗戦となった。北満にいた満州開拓団は極寒の中を歩き奉天まで辿り着いた。家族連れ・子供連れは全くいなかった。歩ける人だけが生き残ったこの戦争の事実は「人間の条件」と言う映画で国民に広く公開されている。(再上映を希望する)如何なる事があっても戦争をやってはいけない。軍拡による辺野古新基地の建設を許してはならない。大田元知事が建立した平和の礎にただ頭を下げるだけでなく歴史を教えるべきです。

⑥自立経済を目指して頑張ろう。
沖縄の「復帰前は関税5%で一般的に関税が低く経済的に潤っていた。今では比較にならないほど近隣諸国と経済大差が付いた。其れは軍用地問題で揺れ動き自主経済が行えなかったからです。関税を復帰前に戻し全て輸入自由化にする事で自立経済が確立できる。但し、県内で生活自給出来るものは自由化しない。沖縄県内の経済活性化は関税問題だけで解決できる。沖縄県民は主義主張が出来る県民にならなければいけない。

戦前戦後カツオ漁船は十数隻もあったが現在は激滅した。魚業権は国が買い上げ、細々と栽培・養殖漁業をしているのが現状です。日本政府は宮古・八重山の魚場を県民に説明も無く日台漁業協定で無償譲渡。金で解決できると考えているのでしょうか。漁業組合はあるが、殆ど国の補償により成り立っているのが現実だ。私は昭和4年生まれの85歳、600名の従業員と共に第一線で毎日、仕事しております。如何なる事があっても先祖が残した沖縄を捨ててはいけない。一方、カジノ賭博を誘致する話もあるが、如何なる事があっても「カジノ賭博」だけは導入してはいけない。

我々、戦前の人間が社会から消えて行く。誇り高い沖縄を語る人も少なくなっている。昔、プライス勧告で軍用地の10年前払いで100年の賃貸契約を強要してきたが、立法院議会と県民は嘉手納飛行場の正面で自動小銃と拳銃に立ち向かい阻止した。当時の「軍用地契約を強行」されたら今の沖縄は無かったでしょう。

⑦辺野古新基地建設は一寸先は闇

飛行場だけでなく軍港も同時に建設する。陸上・海上・空の訓練空域も拡大され演習被害は危険と脅威にさらされる。県民の水瓶・ダムは水質汚染され、原子力潜水艦・空母の入港で放射能汚染が広がり「やんばるの豊かな海や大自然が破壊」される。今また沖縄は「世替わりの岐路」に立っている先人達が命を覚悟で島を守ったように、沖縄を基地の島で滅ぼしてはいけない。私は心から県民が安心安全に暮らせる「基地の無い島沖縄・美ら島沖縄の平和」を強く望む。その事を肝に銘じて今度の知事選挙で大きな声で反対できる候補者を推薦する。

※再び戦争で沖縄を玉砕される事なく日本本土だけが安全であってはいけない。今後の取り組みとして「全島フリーゾーン・観光と沖縄の農業」をテレビ座談会で実施予定。


ご意見・ご感想等は、右記まで儀連絡下さい。

           TEL 098-958-0141 〒904-0301 沖縄県中頭郡読谷村字座喜味2822番地3      オキハム会長 長濱徳松        
 

【渡辺謙さん、ダボス会議スピーチ全文】

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2014年 8月 3日(日)21時23分3秒
編集済
   スイスで25日に開会した世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で、俳優の渡辺謙さんがスピーチに立ち、各国から寄せられた東日本大震災の被災地支援への深い感謝と立ち上がる決意を語るとともに、原子力から再生エネルギーへの転換を訴えた。
 渡辺さんは、震災発生直後から、インターネットにメッセージなどで被災者を応援するサイト「kizuna311」を立ち上げ、現地を幾度も訪れるなど、支援活動を積極的に続けている。
 スピーチは現地時間25日午前(日本時間同日午後)に行われた。渡辺さんは「私たちの決意として、世界に届いてほしいと思います」と話している。
 スピーチ全文は次の通り。

 初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。
 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。
 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。
 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。
                                                                    2012年1月25日



琉專卑語

寝んとうしぇー 起くさりーしが、寝んたふーなぁや 起くさらん 寝ている者は起こせるが、寝た振りは起こせない。

寝んたふ~なぁ~? 狸寝入り 意外と言うか、成る程と謂うべきか。其の島は、狐、狸(の類)が多い事に気が付かされる。

狸の寝た振りが狸寝入りなら、狐は狐寝入りという事だろうか?

東日本大震災から壱月後の4月、沖縄島上陸から早いもので、3年5ヶ月が経過しようとしている。

未だ、3年、もう3年。緩く、生暖かい気候の島で、鈍よりと凝縮した時間は、連日、悪夢を見てる錯角に襲われる。

本州での暮らしが、如何に、幻想でしかない事に、気が付くかは、やまとんちゅ~(&USA)の欲望の最終処理場と化した沖縄島で、暮らさない事には何も始まらない。

亜熱帯の島で、灼熱の太陽に肌を焦げるまで焼けば、感性も研ぎ澄まされるのだろうか!?。

其の島で、何気に、人間観察してれば、原住民、大和人、支那人 USA&軍属 其の何れかに属する事は予想が付く。アメリカ人で在っても、兵士では無いだろうと謂う事は、歩き方や顔付き、佇まいで解る。

やまとんちゅは、沖縄人の様に無意味に殺気立ってはいない。人斬り包丁を脇差しにしているものの、ちゃんと鞘の中に納めている。

其れに比較すると、うちなんちゅは抜き身で、街中をぶらぶら散策する。鞘なしでは、危険にも関わらず、鞘が無い方が便利。鞘があると、落とす心配がある。

等々、意味不明の言い訳にならない、言い訳に終始する。

ソクラテスは、『徳は知識』であると考えた。

其れを基に思考すれば、無知なのか?。果たして博識なのか?。徳の在る無しで、結果も異なる。

無知ならば、仕様が無いで諦めも付く。然し、小賢しければ、放って置いても何かする。

One life is all we have to live, 人生楽しまなくちゃ

Life is short and time is swift 人生は短く時は過ぎ去る。

Life will be long if you're bored. If you're excited, I'll be short

人生は退屈すれば長く 充実すれば短い (The life is long of boredom and is short of enriched)

富める者も、貧しき者も与えられた時は限られる。

BESTを尽くす者 BESTを尽くさない者しか、この世には存在せず。其の何れかに属する。

死して 尚 現世に 恋慕の思いを募らせる。(戦死したのならイザ知らず)

此れ程 無様な生き方も無いと想われるが はてサテ 如何なものか。



沖縄移住生活始めました

 渋滞するレジ

スーパーで買い物を済ませ、レジで会計する。このあと沖縄では、持参したマイバッグに買った商品を詰めてくれる。最初に行ったとき「マイバッグをお持ちですか?」とレジの若い娘さんに聞かれたので「ハイ」と答えたら手を差し出された。まさか握手をするわけではないので「なあに?」と言うとマイバッグを出せと言う。そして手際よく重い物から順に詰めてくれたのだ。違うスーパーに行っても同様だった。レジをする人の個人的なサービスではなく、お店の方針なのだ。

イオンでは、店の人に詰めてもらうレジと自分で詰めるレジが別れている。近くのマックスバリューでは、詰めてくれない。「袋詰めはご自分でお願いします」と一人ひとりに言っている。私の住んでいた本土の街では、食品スーパーでレジ係が詰めるサービスは見たことがない。レジ袋が有料になってからのサービス?。あるいは買い物カゴの盗難予防?。おかげで土日祝日にスーパーに行くとレジは大渋滞している。私はありがた迷惑だと思っている。


http://okinawa.syarasoujyu.com/okinawa/reji.html

アポが取れない様なので 勝手に添付した。

追記

唯でさえ、手の遅いスキルの低いレジ係

遅い所に、更に袋詰め!!!。唯でさえ、イライラしてるのに、買った物を店員にさせてしまう、其の厚かましさには閉口する。

其の位、自分でやれ!。少しでも動け!!。機敏に動かないからブクブク肥るんだ。恥を知れ!!!。

其れが嫌なら、1円でも2円でも良い。否、¥5のチップを店員にやれ。

うちなんちゅはサービスを勘違いしてる。

   TIME IS MONEY  Life is SHORT 時は命なり TIME IS LIFE

其の概念が無い。其れこそ うちなんちゅの最大の欠点!。

勘違いするな!!。 沖縄はお前の所有物じゃないって事を。

名前の数ほど 其の島には時間がある。比嘉TIME 城間TIME 金城TIME 新垣TIME 大城TIME 赤嶺TIME 知念TIME 嘉数TIME 知花TIME 具志堅TIME・・・・・・。

在家の島・・・在俗・・・俗人・・・風流を解さない教養の低い人
 

The text Malala Yousafzai's speech at the United Nations

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2013年 9月16日(月)19時07分4秒
編集済
  Message body In the name of God, The Most Beneficent,The most Merciful.

Honourable UN Secretary General Mr Ban Ki-moon,

Respected President General Assembly Vuk Jeremic

Honourable UN envoy for Global education Mr Gordon Brown,

Respected elders and my dear brothers and sisters;

“As-salamu  alaykum”

Today, it is an honour for me to be speaking again after a long time. Being here with such honourable people is a great moment in my life.

I don't know where to begin my speech. I don't know what people would be expecting me to say. But first of all, thank you to God for whom we all are equal and thank you to every person who has prayed for my fast recovery and a new life. I cannot believe how much love people have shown me. I have received thousands of good wish cards and gifts from all over the world. Thank you to all of them. Thank you to the children whose innocent words encouraged me. Thank you to my elders whose prayers strengthened me.

I would like to thank my nurses, doctors and all of the staff of the hospitals in Pakistan and the UK and the UAE government who have helped me get better and recover my strength. I fully support Mr Ban Ki-moon the Secretary-General in his Global Education First Initiative and the work of the UN Special Envoy Mr Gordon Brown. And I thank them both for the leadership they continue to give. They continue to inspire all of us to action.

Dear brothers and sisters, do remember one thing. Malala day is not my day. Today is the day of every woman, every boy and every girl who have raised their voice for their rights. There are hundreds of Human rights activists and social workers who are not only speaking for human rights, but who are struggling to achieve their goals of education, peace and equality. Thousands of people have been killed by the terrorists and millions have been injured. I am just one of them.


So here I stand...  one girl among many.

I speak-not for myself , but for all girls and boys.

I raise up my voice-not so that I can shout, but so that those without a voice can be heard.


Those who have fought for their rights:

Their right to live in peace.

Their right to be treated with dignity.

Their right to equality of opportunity.

Their right to be educated.

Dear Friends, on the 9th of October 2012, the Taliban shot me on the left side of my forehead. They shot my friends too. They thought that the bullets would silence us. But they failed. And then, out of that silence came, thousands of voices.The terrorists thought that they would change our aims and stop our ambitions but nothing changed in my life except this: Weakness, fear and hopelessness died. Strength, power and courage was born. I am the same Malala. My ambitions are the same. My hopes are the same. My dreams are same.

Dear sisters and brothers, I am not against anyone. Neither am I here to speak in terms of personal revenge against the Taliban or any other terrorists group. I am here to speak up for the right of education of every child. I want education for the sons and the daughters of all the extremists especially the Taliban.

I do not even hate the Talib who shot me. Even if there is a gun in my hand and he stands in front of me. I would not shoot him. This is the compassion that I have learnt from Muhammad-the prophet of mercy, Jesus christ and Lord Buddha. This is the legacy of change that I have inherited from Martin Luther King,
Nelson Mandela and Muhammad Ali Jinnah. This is the philosophy of non-violence that I have learnt from Gandhi Jee, Bacha Khan and Mother Teresa. And this is the forgiveness that I have learnt from my mother and father. This is what my soul is telling me, be peaceful and love everyone.

Dear sisters and brothers, we realise the importance  of light when we see darkness. We realise the importance of our voice when we are silenced. In the same way, when we were in Swat, the north of Pakistan, we realised the importance of pens and books when we saw the guns.

The wise saying, “ The pen is mightier than sword” was true. The extremists are afraid of books and pens. The power of education frightens them. They are afraid of women. The power of the voice of women frightens them. And that is why they killed 14 innocent medical students in the recent attack in Quetta. And that is why they killed many female teachers and polio workers in Khyber Pukhtoon Khwa and FATA. That is why they are blasting schools every day. Because they were and they are afraid of change,  afraid of the equality that we will bring into our society.

I remember that there was a boy in our school who was asked by a journalist, “Why are the Taliban against education?” He answered very simply. By pointing to his book he said, “A Talib doesn't know what is written inside this book” They think that God is a tiny, little conservative being who would send girls to the hell just because of going to school. The terrorists are misusing the name of lslam and Pashtun society for their own personal benefits. Pakistan is peace-loving democratic country. Pashtuns want education for their daughters and sons. And lslam is a religion of peace, humanity and brotherhood. lslam says that it is not only each child's right to get education, rather it is their duty and responsibility.

Honourable Secretary General, peace is necessary for education.  In many parts of the world especially Pakistan and Afghanistan; terrorism, wars and conflicts stop children to go to their schools. We are really tired of these wars.Women and children are suffering in many parts of the world In many ways. In India, innocent and poor children are victims of child labour. Many schools have been destroyed in Nigeria. People in Afghanistan have been affected by the hurdles of extremism for decades. Young girls have to do domestic child labour and are forced to get married at early age, Poverty, ignorance,  injustice, racism and the deprivation of basic rights are the main problems faced by both men and women.

Dear fellows, today I am focusing on women's rights and girls' education because they are suffering the most. There was a time when women social activists asked men to stand up for their rights. But, this time, we will do it by ourselves. I am not telling men to step away from speaking for women's rights rather I am focusing on women to be independent to fight for themselves.

Dear sisters and brothers, now it's time to speak up.

So today, we call upon the world leaders to change their strategic policies in favour of peace and prosperity.

We call upon the world leaders that all the peace deals must protect women and children's rights. A deal that goes against the dignity of women and their rights is unacceptable.

We call upon all governments to ensure free compulsory education for every child all over the world.

We call upon all governments to fight against terrorism and violence, to protect children from brutality and harm.

We call upon the developed nations to support the expansion of educational opportunities for girls in the developing world.

We call upon all communities to be tolerant- to reject prejudice based on cast, creed, sect, religion or gender. To ensure freedom and equality for women so that they can flourish. We cannot all succeed when half of us are held back.

We call upon our sisters around the world to be brave-to embrace the strength within themselves and realise their full potential.

Dear brothers and sisters, we want schools and education for every child's bright future. We will continue our journey to our destination of peace and education for everyone. No one can stop us. We will speak for our rights and we will bring change through our voice. We must believe in the power and the strength of our words. Our words can change the world.

Because we are all together, united for the cause of education. And if we want to achieve our goal, then let us empower ourselves with the weapon of knowledge and let us shield ourselves with unity and togetherness.

Dear brothers and sisters, we must not forget that millions of people are suffering from poverty, injustice and ignorance. We must not forget that millions of children are out of schools. We must not forget that our sisters and brothers are waiting for a bright peaceful future.

So let us wage a global struggle against illiteracy,  poverty and terrorism and let us pick up our books and pens. They are our most powerful weapons.

One dhild, one teacher, one pen and one book can change the world.

Education is the only solution. Education First.


慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において。パン・ギムン国連事務総長、ブク・ジェレミック国連総会議長、ゴードン・ブラウン国連世界教育特使、尊敬すべき大人の方々、そして私の大切な少年少女の皆さんへ、アッサラーム・アライカム(貴方に平和あれ)。

今日、久し振りにこうして又、スピーチを行えてとても光栄です。このような尊敬すべき人達と共にこの様な場にいるなんて、私の人生においても、とても素晴らしい瞬間です。そして、今日、私が故ベナジル・ブット首相のショールを身に纏っている事を名誉に思っています。

何処からスピーチを始めたらいいでしょうか。皆さんが、私にどんな事を言ってほしいのかは解りません。然し先ず始めに、我々総てを平等に扱ってくれる神に感謝します。そして、私の早い回復と新たな人生を祈ってくれた総ての人達に感謝します。


私は、皆さんが私に示してくれた愛の大きさに驚くばかりです。世界中から、温かい言葉に満ちた手紙と贈り物を貰いました。それら総てに感謝します。純真な言葉で私を励ましてくれた子供達に感謝します。祈りで私を力づけてくれた大人達に感謝します。私の傷を癒し、私に力を取り戻す手助けをしてくれたパキスタン、イギリス、アラブ首長国連邦の病院の看護師、医師、そして職員の方々に感謝します。


国連事務総長パン・ギムン氏のGlobal Education First Initiative(世界教育推進活動)と国連世界教育特使ゴードン・ブラウン氏と国連総会議長ブク・ジェレミック氏の活動を、私は全面的に支持します。皆さんの弛まないリーダーシップに感謝します。皆さんは何時も、私達全員が行動を起こすきっかけを与えてくれます。

親愛なる少年少女の皆さんへ、次の事を決して忘れないで下さい。マララ・デーは私一人の為にある日ではありません。今日は、自分の権利の為に声を上げる、総ての女性達、総ての少年少女達の為にある日なのです。

何百人もの人権活動家、そしてソーシャルワーカー達がいます。彼等は人権について訴えるだけではなく、教育、平和、そして平等という目標を達成する為に闘っています。何千もの人々がテロリストに命を奪われ、何百人もの人達が傷付けられています。私もその一人です。



そして、私は此処に立っています。傷付いた数多くの人達の中の、一人の少女です。


私は訴えます。自分自身の為ではありません。総ての少年少女の為にです。

私は声を上げます。といっても、声高に叫ぶ私の声を届ける為ではありません。声が聞こえてこない「声なき人々」の為にです。それは、自分達の権利の為に闘っている人達の事です。平和に生活する権利、尊厳を持って扱われる権利、均等な機会の権利、そして教育を受ける権利です。


親愛なる皆さん、2012年10月9日、タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。私の友人も撃たれました。彼等は銃弾で私達を黙らせようと考えたのです。でも失敗しました。私達が沈黙したその時、数え切れないほどの声が上がったのです。テロリスト達は私達の目的を変更させ、志を阻止しようと考えたのでしょう。然し、私に人生で変わったものは何一つありません。次のものを除いて、です。私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。強さ、力、そして勇気が生まれたのです。


私は此れまでと変わらず「マララ」のままです。そして、私の志も全く変わりません。私の希望も、夢も全く変わっていないのです。

親愛なる少年少女の皆さん、私は誰にも抗議していません。タリバンや他のテロリストグループへの個人的な復讐心から、此処でスピーチしている訳でもありません。此処で話している目的は、総ての子供達に教育が与えられる権利をはっきりと主張する事にあります。総べての過激派、とりわけタリバンの息子や娘達の為に教育が必要だと思うのです。


私は、自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。私が銃を手にして、彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。これは、私が預言者モハメッド、キリスト、仏陀から学んだ慈悲の心です。此れは、マーティン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラ、そしてムハンマド・アリー・ジンナーから受け継がれた変革という財産なのです。此れは、私がガンディー、バシャ・カーン、そしてマザー・テレサから学んだ非暴力という哲学なのです。
そして、此れは私の父と母から学んだ「許しの心」です。
まさに私の魂が私に訴えてきます。「穏やかでいなさい、総ての人を愛しなさい」と。


親愛なる少年少女の皆さん、私達は暗闇の中にいると、光の大切さに気づきます。私達は沈黙させられると、声を上げる事の大切さに気付きます。同じ様に、私達がパキスタン北部のスワートにいて、銃を目にした時、ペンと本の大切さに気付きました。


「ペンは剣よりも強し」という諺があります。此れは真実です。過激派は本とペンを恐れます。教育の力が彼等を恐れさせます。彼等は女性を恐れています。女性の声の力が彼等を恐れさせるのです。 だから彼等は、先日クエッタを攻撃した時、14人の罪の無い医学生を殺したのです。
だから彼等は、多くの女性教師や、カイバル・パクトゥンクワやFATA(連邦直轄部族地域/パキスタン北西部国境地帯)にいるポリオの研究者達を殺害したのです。 だから、彼等は、毎日学校を破壊するのです。

何故なら、彼等は、私達が自分達の社会に齎そうとした自由を、そして平等を恐れていたからです。そして彼等は、今も其れを恐れているからです。

私達の学校にいた少年に、或るジャーナリストがこんな事を尋ねていたのを覚えています。「何故タリバンは教育に反対しているの?」彼は自分の本を指さしながら、とてもシンプルに答えました。「タリバンはこの本の中に書かれている事が解らないからだよ」

彼等は、神はちっぽけで取るに足りない、保守的な存在で、ただ学校に行っているというだけで女の子達を地獄に送っているのだと考えています。テロリスト達は、イスラムの名を悪用し、パシュトゥン人社会を自分達の個人的な利益の為に悪用しています。

パキスタンは平和を愛する民主的な国です。パシュトゥン人は自分達の娘や息子に教育を与えたいと思っています。イスラムは平和、慈悲、兄弟愛の宗教です。総ての子供に教育を与える事は義務であり責任である、と言っています。

親愛なる国連事務総長、教育には平和が欠かせません。世界の多くの場所では、特にパキスタンとアフガニスタンでは、テロリズム、戦争、紛争のせいで子供達は学校に行けません。私達は本当にこういった戦争にうんざりしています。女性と子供は、世界の多くの場所で、様々な形で、被害を受けています。
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インドでは、純真で恵まれない子供達が児童労働の犠牲者となっています。ナイジェリアでは多くの学校が破壊されています。アフガニスタンでは人々が過激派の妨害に長年苦しめられています。幼い少女は家で労働をさせられ、低年齢での結婚を強要されます。

貧困、無学、不正、人種差別、そして基本的権利の剥奪―――これ等が、男女共に直面している主な問題なのです。

親愛なる皆さん、本日、私は女性の権利と女の子の教育という点に絞ってお話しします。何故なら、彼等が一番苦しめられているからです。嘗ては、女性の社会活動家達が、女性の権利の為に立ち上がってほしいと男の人達に求めていました。然し今、私達はそれを自分達で行うのです。男の人達に、女性の権利の為に活動するのを止めてくれ、と言っている訳ではありません。女性が自立し、自分達の力で闘う事に絞ってお話ししたいのです。

親愛なる少女、少年の皆さん、今こそ声に出して言う時です。

そこで今日、私達は世界のリーダー達に、平和と繁栄の為に重点政策を変更してほしいと呼びかけます。世界のリーダー達に、総ての和平協定が女性と子供の権利を守るものでなければならないと呼びかけます。女性の尊厳と権利に反する政策は受け入れられるものではありません。

私達は総ての政府に、全世界の総ての子供達へ無料の義務教育を確実に与える事を求めます。
私達は総ての政府に、テロリズムと暴力に立ち向かう事を求めます。残虐行為や危害から子供達を守る事を求めます。
私達は先進諸国に、発展途上国の女の子達が教育を受ける機会を拡大する為の支援を求めます。
私達は総ての地域社会に、寛容である事を求めます。カースト、教義、宗派、皮膚の色、宗教、信条に基づいた偏見をなくす為です。女性の自由と平等を守れば、その地域は繁栄する筈です。私達女性の半数が抑えつけられていたら、成し遂げる事は出来ないでしょう。

私達は世界中の女性達に、勇敢に為る事を求めます。自分の中に込められた力をしっかりと手に入れ、そして自分達の最大限の可能性を発揮してほしいのです。

親愛なる少年少女の皆さん、私達は総ての子供達の明るい未来の為に、学校と教育を求めます。私達は、「平和」と「総ての人に教育を」という目的地に到着する為の旅を続けます。誰にも私達を止める事は出来ません。私達は、自分達の権利の為に声を上げ、私達の声を通じて変化を齎します。自分達の言葉の力を、強さを信じましょう。私達の言葉は世界を変えられるのです。

何故なら、私達は、教育という目標の為に一つになり、連帯できるからです。そしてこの目標を達成する為に、知識という武器を持って力を持ちましょう。そして連帯し、一つになって自分達を守りましょう。

親愛なる少年少女の皆さん、私達は今も尚何百万人もの人達が貧困、不当な扱い、そして無学に苦しめられいる事を忘れてはいけません。何百万人もの子供達が学校に行っていない事を忘れてはいけません。少女達、少年達が明るい、平和な未来を待ち望んでいる事を忘れてはいけません。

無学、貧困、そしてテロリズムと闘いましょう。本を手に取り、ペンを握りましょう。それが私達にとって最も強力な武器なのです。

1人の子供、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。教育こそが唯一つの解決策です。エデュケーション・ファースト(教育を第一に)。
有り難う御座いました。

マララ・ユスフザイさんは1997年7月12日、北部山岳地帯のスワート地区(マラカンド県)に生まれた。父親のジアウディンさんは私立学校を経営する教育者で、マララさんもこの学校に通い、医者を目指していた。

同地はイスラム保守勢力が強く、07年には反政府勢力パキスタン・タリバーン運動(TPP)が政府から統治権を奪い、09年まで実効支配している。イスラム過激派のTPPは女性の教育・就労権を認めず、この間、200以上の女子学校を爆破したという。

09年1月、当時11歳だったマララさんは、英BBC放送のウルドゥー語ブログに、こうしたタリバーンの強権支配と女性の人権抑圧を告発する「パキスタン女子学生の日記」を投稿。恐怖に脅えながらも、屈しない姿勢が多くの人々の共感を呼び、とりわけ教育の機会を奪われた女性達の希望の象徴となった。

同年、米ニューヨーク・タイムズも、タリバーン支配下でのマララさんの日常や訴えを映像に収めた短編ドキュメンタリーを制作している。11年には、パキスタン政府から第1回「国家平和賞」(18歳未満が対象)が与えられ、「国家子供平和賞」(キッズライツ財団選定)にもノミネートされた。


2012年10月9日、スクールバスで下校途中、武装集団に銃撃され重傷を負った。現地で弾丸摘出手術を受けた後、イギリスの病院に移送され、一命を取り留めたが、15歳の女子学生を狙い撃ちにしたテロ事件は、世界中に大きな衝撃を与えた。犯行声明を出した反政府勢力パキスタン・タリバーン運動(TPP)は、教育権を求める女性の「反道徳的」活動への報復であり、シャーリア(イスラム法)に基づくものとテロ行為を正当化している。


マララさんはノーベル平和賞候補に名前が挙がり、世界的に称賛の声が広がっているが、TPPはマララさんがスワート地区に戻れば、再び命を狙うと宣言していると産経新聞は伝えている。


親愛なる日本のお母さん達へ
TO MY JAPANESE MOTHERS WITH LOVE...        Ines Ligron  BLOG 2013/09/15  11:36:41
{Translation by Moe Naruse]
放射線には多くの有害な影響があり、それらの多くは体内で発見されずにいます。しかし長時間経つと、たとえ放射線被ばく料が低レベルでも、細胞レベルでの主要な消化器系の不均衡、血液の変化と組織や臓器のシステムの破壊につながるのです。症状は、疲労、頭痛、吐き気、頭皮の問題、および乾燥/皮膚のかゆみなどのものを含むこと - もっと極端な場合には(別名は福島に住んでいた場合、または被災地の数マイルの半径内で)、症状は気分の変化、記憶障害、脳損傷、注意障害など、情報処理および精神運動能力を遅らせたりします。
特に、わたしたちの循環器と生殖システムは、放射線の任意のレベルに非常に敏感で - しばしばインフルエンザのような症状になり - 将来的にその影響は、体の感染症の発生率を高めること(また、 "軽度の放射線病"として知られている)につながる血リンパ球を減少させている血液(白血病とリンパ腫)の癌を発症する可能性を高めることになります。長期放射線被ばくは、私たちの生殖器系に影響をし、先天性欠損症と死産(ならびに不妊症など)につながります。
放射線の有害な影響からあなたの体を保護するための10食品のリストです。



コリアンダー(必須)
血流から重金属を除去するのに役立ちます。腎臓や血液から鉛、ウラン、水銀を排出することを助けてくれます。
赤ビート(私のお気に入り)
研究では、ビートが損傷ヘモグロビンの再構築で体を支援するを助けることができることが示されています。放射線被ばくと、ヘモグロビンが分解されてしまうので、私たちの血液のシステムを保護することが重要です。実際に動物試験において放射性同位元素を吸収し、解毒を助けることが証明されています。
タンポポ
タンポポは素晴らしい植物です!多くの人が"雑草"としてしか見ていませんが、"美しい"デトックス植物としてまさに奇跡の植物です。健全な機能の肝臓(毒素が正しく体内から除去されることを保証している)が保証されます。
りんご&ヒマワリの種(我が家ではいつも食べているもの)
リンゴとヒマワリの種は、体から放射性残基を結合して、除去するのに役立つペクチンが沢山含まれています。特に、内分泌腺、膵臓、胸腺、心臓に溜まるセシウム137から保護してくれます。セシウム137はガンマ線だけでなく、私たちの体の細胞に非常に有毒であるベータ線を放出するものです。リンゴを沢山食べて、ヒマワリの種をあなたの日常のスナックに加えておけば、放射線から身を守るのに役立ちます。
ゴボウ
体内から放射性同位体を除去するのに役立ちます!新鮮なごぼうを1~4オンス(120~300グラム)を取るには、お茶としてかジューサー(酵素は破壊されない生のが常に最善ですので、これは、最良の方法である)を使用して、取ることがいいでしょう。
葉物野菜(我が家は皆大好き!)
葉物野菜は、非常にアルカリ性で、放射線損傷から身を守るための分子クロロフィルが含まれています。 1950年代初頭以来、クロロフィルと放射線の奇跡的な効果が実証されています。これらの効果は、マスタードグリーン、およびアルファルファの葉と同様にケールやコラードのような濃い緑の野菜から得る事が出来ます。接種する時は二種類以上のグリーン野菜一緒に採る事で、最大の耐放射線性を与えます。
ソバ
ソバに含まれるグルコシドは、放射線被ばくから身を保護してくれます。穀物草は、葉物野菜(クロロフィルが豊富)と藍藻と同様に放射線の私たちの体を浄化するのに役立ちます。
人参は(私達は毎日食べてます)
放射線から身を守り、治療するための素晴らしい食物、それは人参です!放射線損傷を癒すための人参の効力はまだ研究段階ですが、しかし予備研究では、放射線被曝の任意のタイプに対して素晴らしい治癒剤であるという結論を示している。一日二回100~200mgの人参を採ると放射(骨髄、皮膚、内臓、血液細胞の治癒)からの回復をスピードアップする手助けをしてくれます。
ローズマリー
放射線による突然変異誘発性と戦う力があります。研究では、ローズマリーに含まれるカルノシン酸とカルノソールが、この抗変異原性に作用するのです。同様に、他の種々の化合物よりも放射線の影響から保護する力が少なくとも3.34倍優れているという別の研究結果も発見されています

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ミルク世、沖縄世、琉球ぬたみ独立! わったーや、くさりやまとぅとー、なーめーめー別ぬ道行かな。どぅーたーくぅとー、どぅーたーし決みらな。

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2013年 6月10日(月)19時08分49秒
編集済
  *この文書は2006年3月5日、宜野湾市海浜公園で開かれた日米が合意した米普天間飛行場の名護市キャンプ・シュワブ沿岸部への移設案に反対する県民総決起大会の会場で配布された。5000枚印刷し、当日ほぼ全部を配布しました。当日配布したビラは「日本語」「中国語」「英語」。『うるまネシア』8月号に「韓国語」「スペイン語」「アイヌ語」を加え、「琉球語」を入れました。

【琉球語】

しまんちゅぬぬ、ぐすーよー。

なーくさり日本やみー捨ててぃ、独立ぬたみはまやびら。

わったーしまんちゅぬ、すくぢから、自立性とぅ主体性取い戻ち、

ミルク世、明ら世、うちなーゆぬたみ、なまからぬ時代、まじょーんし創やびらな。

沖縄ぬわったーが、なまあわりしみらさっとーる、だんだんぬなんじ・数々ぬ難問や、むるアメリカーとぅ、 うぬちびなみやー日本政府ぬゆどぅやいびーる。

米軍再編問題ん、アメリカーたーあくゆく・犯罪、日米地位協定、辺野古ぬ基地問題、国民保護法、あんしから沖縄しけぬ、ひんすーとぅあわり、経済ぬどぅーなりたちが、 いちまでぃんままならん、うりんくりんむる日本政府ぬ政策ぬゆいどぅやいびーる。

また、やまとぅや、世界にとぅゆまりる憲法ん変えーやーに「戦世ぬ国」ならんちそーいびーん。うりから、わったーやうせーてぃー、ゆくしむにーし、アメリカー、くさりやまとぅびけーし、沖縄ーんかい、難事くんじあわりぬだんだん、うしちきーんちそーいびーん。

わったーや、くんぐとーるくさりやまとぅとー、くり以上まじょーんやないびらん。腐れ大和とぅまじょーん、いくさ国、侵略国ぬ国民とぅし行ちゃびーみ。うりやかー、

腐れ大和とーえんちっち、ミルク世ぬ琉球國創てぃ行ちゃびーみ。なまどぅ、ちむ決みてぃ、心決みーるちわやいびーん。

わったーや、くり以上アメリカ政府や日本政府かいちぶる下ぎてぃ、御願えーし、あびやーてぃーやーしん、ぬーぬ解決んならんでぃ思とーいびーん。

とーぐすよー。ちゅいなー 一人なー、肝決めてぃ心決めてぃ、起ち上がる時や、今やいびーさ。

ちゅひさん、たひさん、前んかい、あっちゃびらな。

どぅーぬ事や、どぅーし決みーる、「自決権」 でぃいーし手にちかまびら。

私達ーや、琉球ぬ島々が、腐れ日本とー別りて縁切っち、ミルク世ぬ琉球・沖縄世創らなんでぃ思とーいびーん。

平和守てぃ、芸術やじーのー、文化、スポーツぬ底力生かするうちなーゆー創てぃ、ちけーとぅないぬアジアぬ国々とぅ手取てぃ、兄弟ぬ縁結でぃ、連帯し行ちゃびらな。

私達んかいや、琉球世創てぃ行ちゅる、ちろーじんぶんぬん、すなわとーびーん。やくとぅ、わったーやくぬ琉球弧ぬ島々ぬ独立ぬたみ、起ち上がやびーん。

くさり軍隊、ちゅぬちびなみやー、ひんすー、難事あわりとー、縁切っち、人間とぅし島人とぅし、、誇てぃ行ちゃびらな。

ミルク世ぬ沖縄、琉球世願てぃ、独立ぬ為に、ちばてぃ行かな。

ヒヤミカチウキリ。



『日本語』
私達は日本とは別の道を進もう
自己決定権を我らの手に!

シマンチュ(琉球民族)の皆さんに呼びかけます・
もうそろそろ日本に見切りを付けて、独立を目指しましょう。
私達沖縄住民の自主性と主体性を取り戻し、新しい輝く「沖縄世」の政治社会を目指して、未来の時代を共に創って行きましょう。
沖縄の私達が現在負担させられているあらゆる問題は、アメリカと其れに従属する日本政府の政策に起因しています。
米軍再編の問題も、米兵犯罪、日米地位協定、辺野古の問題も、国民保護法、そして沖縄社会の貧困と経済的自立が何時まで経っても実現しない問題等も、その源は日本政府の政策に行き着きます。

更に、日本国はその良心の宣言でもあった憲法を変え「戦争の出来る国家」になろうとしています。そして、私達の頭ごなしに日米間で「密約」し、「合意」し、あらゆる沖縄の負担を「誠意ある説明」として、私達に押し付けようとしているのです。

私達は、最早こんな日本に縛られている必要はありません。侵略国家の国民として歴史に汚名を刻むのか、それとも侵略国家から決別し、平和と文化を愛する麗しき琉球國として世界の歴史に参加していくのか。

今が選択の時です。

私達は、もう此れ以上、相手の土俵にのって日米政府に対し要請や抗議ばかりを繰り返していても何の根本的な解決にもならないと考えます。

今や沖縄住民の一人ひとりが決断し、選択する時が来ているのです。一歩も二歩も前へ進むべきです。自らの事は自ら決める権利を手にすべきです。

私達は、琉球弧の島々が日本国と決別し、平和で豊かな琉球社会を運営して行くべきだと考えます。

平和を友とし、芸術や芸能、文化、スポーツを力とする沖縄社会として、アジアに生きる近隣の仲間達と連帯し生きていく道を選びたいと思います。

私達には、その様な琉球社会を創造して行く知恵も、能力も、気概も、十分あります。ですから、私達はこの島々の政治的な独立を目指します。

軍隊が跋扈する社会、従属と隷従、貧困と不平等から解放され、人間としての尊厳を取り戻しましょう!

そして、新しい琉球社会を夢見ながら、琉球弧の政治的独立の為に、共に動き出しましょう。!

ヒヤミカチウキリ!

WE DEMAND THE INDEPENDENCE OF RYUKYU! WE URGE ALL THE RYUKYUANS IN THE WORLD TO STAND  UP  FOR  THE  RIGHT  OF  SELF-DETERMINATION  OF  THE  RYUKYUS.

Now the time has come to open the door for the independence of Ryukyu. It was 1879 when Japan came to Ryukyu with armed forces and ruined the kingdom and made us Japanese. Since then it has been a huge blood-soaked experiment for us Okinawas/Ryukyuans to be Japanese. What has happened to us? What should we learn from the historical lesson in which we paid too much?

Japan took away from us not only our country but also our languages, cultures, history.


Japan brought their war onto the Ryukyus and killed between a third or a quarter of our population in their battle in WW2.After that Japan let the US occupy and use our land as their military base.

Ever since our Lives and security have been threatened and our dignity has been insulted by the US base. We are also very angry that our dearest homeland has been and is being, used as a base to attack other people. It is said that in 1972 the US returned the administrative right of control over us to Japan after 27 years of direct occupation, but Okinawa/Ryukyu hasn't been freed from the bases in the 34 years since the then. No matter how much we have struggled to get the bases out, the Japanese on “mainland Japan” have continued to support the policy of the Japanese government, so we couldn't get it changed.

In this sense the huge majority of the Japanese and in favor of our burden. Seventy-five percent of US military base in Japan are located in the Ryukyus which is only 0.6% of Japanese national land.

Now Japan plans to fix the US and Japanese bases for good under their treaty with US. And no Japanese will share the burden with us equally.

Japan is planning to change their constitution to prepare for making war, following the US. It means they will be bringing their war to us Ryukyus  again.  This  is  the  result  of  the  experiment  of  making  Okinawans/Ryukyuans into Japanese : for us it has only meant sacrifice. Now that we have completely understood that, what should we do?  We Okinawans/Ryukyuans should get back our independence and start to make new bright future with our own Ryukyuan self-governing society.

We have to start the struggle for the right to decide our destiny for our selves.

We should begin to fight against Japanese colonialism consciously.

This is at the same time a fight to emancipate ourselves from mental slavery.

We need to fight the Japanese within ourselves as well as those outside.
This will be very hard but it is the only road to our freedom.
There cannot be true independence of Ryukyu without this struggle.
We need to stand up,otherwise we will hand our pain to our children.
There is no one except us who can protect them. No one.
We appeal to all the people in the world enjoying or struggling for the right of self-determination to support us and move on together.
We appeal especially to Japanese and Americans to recognize themselves as the colonialists of Okinawa/Ryukyu and to determine to put on end their colonialisation, which will mean changing their own societies. We need their support in this sense. This is what we need as “solidarity.”
Only then will we be able to establish our true friendship. we believe it is possible and we look forward to it.

We Okinawans/Ryukyuans demand the political independence of the Islands of the Ryukyus.

We  mean  to  take  back  our  dignity  as  human  beings  freed  from military-dominated society, subordination, poverty, and inequality.

We need to take new steps now to create “the Ryukyu of our dreams” by getting political independence.

“Okinawa Prefecture” is a lie.
These are our islands, the Ryukyus
We must take back

Our right of self-domination


琉專卑語

(=^ェ^=) ①♂ (仮)カク(先覚) 4匹の中で一番の貪欲!?  ガチッマヤ~♪  ②♂ (仮)スケ  意味・・・・・・・・不明 カク♂に因んで!? ③♂ (仮)ビク 4匹中一の臆病猫 ロクとの相性は抜群か!? サバイバルテストは意外にも一番をキープ。④♀(仮)ロク ♀なのに甚六 眼が開いたのも一番後。親猫とも♂達とも違う毛色 円らな瞳が印象的

猫、その生き様はヒトより遥かに人間的で潔く無駄が無く、倫理的で、哲学的で、常識があり、秩序を守り、分を弁えている。

(=^ェ^=)と同居した事で、俺の、ヒトの♀への人心掌握術は、更に深化を遂げたのだろうか!?。



1日 たった1食で健康を保つ方法

1回の食事にタンパク質を多く含む食品を取り入れる。

野菜や果物でビタミンをしっかり摂る。難しければ、ジュースで補助。

よく噛んで食べる。

どんなに栄養系の高い食材でも、1回の食事を単品にしない。

空腹感はジュースや流動食で対応。

固形物を間食しない。

メリット

消化に掛けるエネルギーが減るので、疲れも減る。

空腹感から集中力が増し、仕事の効率が上がる。

時間とお金の節約が出来、ダイエットにも効果が高い。










 

さわやかTasty I feel Coke~♪

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2013年 4月 3日(水)16時54分2秒
  度重なる米兵のトラブルを考慮した在沖米海兵隊は、戦意高揚の為に、極秘裏に基地内のみにコカ入りのコークを流通させた。然し、些細なミスから、それが、基地外へと流れ、闇のルートを通して、基地周辺、嘉手納、普天間、宜野湾、那覇へと流れていった。

昨今、那覇市が中核都市へと移行した事もあって、益々、支那からの観光客が増えていき、其れに伴い、やまとんちゅ、 支那人、うちなんちゅ間でのトラブルが、頻発する様になった。其れは主に、コカ入りのコークの取り合いが原因だった。

何処で訊き付けたのか、コカ入りのコークを分けろ、分けない。売れ、売らないと、店側と支那人の間で、紛糾するのも又、まちぐぁ~ならではの日常となってしまった。

依然として、那覇の夜の街で出回るコカ入りのコーク。其れに伴い、常習者に由る事件、事故が多発する様になった。治安の悪化を憂慮した当局は取締りを強化した。


表向きは、街からコカ入りのコークが消えたかに想われたが、依然、一部の無許可の店では、其れを出す店も、マダ僅かに残っていた。或る程度の収益を上げると、予告無しに、突然閉店する店が相次いだ。

当局の取締りが、功を奏したのか。街は以前の静けさを取り戻したかに見えたが・・・・・・。

基地に依存する島では、様々な魑魅や魍魎が夜な夜な跋扈バコ。
 

Q33沖縄返還後、環境はどう変わりましたか

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年12月25日(火)20時39分4秒
編集済
  各種の開発行為によって、大きく破壊される方向にあります。元来沖縄の環境は、亜熱帯の小さな島という、壊れ易く脆い性質を持っているのですが、ヤマト(本土)でつくられる開発計画の多くは、そういう条件を考えに入れていません。従って沖縄ではヤマトの計画は破壊的です。沖縄の広大な米軍基地も、立地条件の一番よい所を占領し、騒音や振動を撒き散らしています。基地による環境悪化がどの程度なのか、総合的な調査は未だなされていません。返還が予定される基地の中にも、どんな有害物質があるのわかりません。最近ようやく嘉手納基地の一角に捨てられたPCBが見つかり、問題になったところです。然し、米軍基地が不要になって返還される時でも、日米地位協定に因ってアメリカには原状回復の義務はない、とされています。

こういう直接基地からの環境汚染も著しいのですが、面積的に大きいのは、基地の重圧に苦しむ県民に対して、口止め料として降って来る公共事業によるものです。米軍占領下で整備が後回しにされてきた生活基盤は、あらゆる面で本土との格差が大きく、この格差を是正する為に、道路、港湾、河川、護岸、農地と、あらゆる面に公共投資が高率の補助金付きで投下され、其のほとんどが最初に述べた様に沖縄に破壊的に作用しています。雨が降れば全ての工事現場や畑から赤土が流出し、ほとんどの川が真っ赤な泥水で満たされます。其の様は島が血を噴出しているかの様です。(口絵22参照)

これに加えて、産業保護政策の誤りの故に水資源を汚してしまっているのが、畜産廃水を無処理で流している中南部の河川です。汚れが酷く何の用途にも使えず、水と土と肥料を混ぜた状態で海に流してしまい、オニヒトデの発生が珊瑚礁も殺してしまっています。中南部の飲み水は北部に大きなダムをつくり、水を引いてきますが、毎年の様に断水騒ぎが起こります。観光客が増えるのはありがたいのですが、普通に住民の4~5倍も水を使うので、水不足は益々激化します。こういう具合に復帰以降沖縄の環境はドンドン壊されて、島を取り巻く珊瑚礁の9割以上は死んだと云われる程です。特に国民の税金を使って不要不急の工事で壊している側面が大きいだけに、納税者も沖縄県民も、税金の使われ方を強く監視しなければなりません。政治家や行政任せではこの島は融けてなくなり、この先生きていけないでしょう。

何時、島の人々が気が付くかが、成否を分ける鍵になると思います。

Q33 How has the environment changed since Okinawa's reversion to Japan ?

The environment is being extensively destroyed by various development projects. Okinawa's environment, restricted by its subtropical climate and small-island topology, is fragile in nature. Unfortunately. most development plans born on the mainland have not taken such conditions into consideration. Therefore, Tokyo's plans are destructive to OKINAWA's cnvironment. The AMERICAN military bases, occupying large areas in Okinawa, enjoy highly favorable locations and are sources of noise and vibrations. No comprehensive survey has been done of the extent of environmental pollution caused by the military bases. Nobody knows what harmful substances there are in the military land planned to be returned. PCBs (polychlorinated biphenyls) dumped in a corner of KADENA Air Base were only detected recently and became a subject of discussion. But it is a fact agreed upon by the U.S. -JAPAN Status Agreement that even when a military base that is on longer needed is returned, the U.S. government is not bound to restore the land to its original state.

While environmental pollution caused directly by the military bases is significant, what is more serious for the area affected is the destruction caused by the public works projects provided as a means of silencing those citizens who have to endure the damage caused by the bases. Because infrastructure was insufficiently developed during the period of the AMERICAN military rule, OKINAWA lags behind mainland JAPAN in many areas, In order to reduce the disparities, massive public works investments with extra subsidies have been poured in through various channels for the construction of roads and harbors, the development of rivers and farms, and bank protection works, among others. Almost all of these projects, as mentioned previously, have some destructive effects on OKINAWA's environment. The peculiar soil type locally known as “red soil” is washed out from construction sites and fields when there is heavy rain, causing pollution in most rivers. It looks as if the island is spouting blood. (see 22)

In addition to this, water resources are polluted because of the lack of systematic industrial protection policies. For example, stock farm wastes flushed away without any treatment pollute the rivers of the central and southern parts of the island. Because of the extremely polluted water, they cannot be used for any purpose and just run out to the sea as an odd mixture of water, soil, and manure, and then breed crown-of-thorns starfish, causing damage to colal reefs. Though huge dams have been built in the northern region to supply drinking water for the central and southern parts of the island, suspension of the water supply has become a serious annual problem. While the increase in tourist arrivals is welcome, tourists use four or five times more water than local residents, and this aggravates the water shortage. OKINAWA's natural environment has been destroyed to such an extent that 90% of the corals surrounding the island are said to be dead.

Since the destruction of the nevironment is caused by unnecessary construction and is paid for by taxpayers' money, Okinawans must keep close tabs on how this money is used. If we leave it to the politicians and administrators, the island will soon melt away and we will not survive.

Whether we can survive or not on this island will depend on how soon people wake up to the seriousness of the problems we are facing.

島二題



異形な姿に形を整え続けるその街は、嘗ての俺の知る古き良き時代の頃とは、比べ様の無い程に、すっかり違った、無味乾燥したものになってしまった。「齢50を重ねたオジさんには、気は重く。アノ日あの時に回帰するには、最早、自力でトリップするしか術は残されていない様な気がする。」

沖縄少年会館が、その姿を消す前後、まちぐわぁで出合った、一冊の本。数多くの歴史的建造物を残す、未だ見ぬ其の都は遥か遠く。其れでも、何時か、訪れる其の日を夢見、一日千秋の想いで、旅に支度を整えておこうか!。

出来れば、異邦人としてではなく、森の中の一葉のように、気負う事も、気後れする訳でもなく、其処に佇む一人として、恰も、其処の住人かの如く振る舞い、遜色のない自分で在りたい。その街でも、俺らしく振舞えたなら、若しかしたら其処が俺の、其の地こそが、俺の終の棲家に為り得るのかもしれない。



備長炭が欲しくて検索していたら、思いも依らぬ処に、其の店はあった。炭で焼いた肉は、其の素材本来の味を引き立ててくれる筈なのだが、其の前に通っていた、地元のヒトしか入らなさそうな、こぢんまりとした店で出された、焼き鳥程の味ではなかった。どの場所に居合わせても、「ゆんたく」は遠浅。深みにはまる事はマズない。雑然とした店内では、鳥達も本領を発揮する事も儘ならないのだろうか!!。ヒトの営みなのだから、結局、活かすも殺すもヒトに由る処が大きいようだ!。

其の島は、未だ12歳。大和の民は、敗戦から67年、やっと15歳へと成長しました。67年かけてやっと15歳マデ成長し、自我に目覚め、紙面を賑わせるまでになった。この勢いでいけば、33年後には、リッパで一人前の20歳を迎えそうだ。

今にして想えば、帝都の懐の深さが懐かしい。帝のお膝元に居を構える其の店は、味も然る事ながら、パワースポットとしての役割も十分に果たしていた。腹も気も十二分に満たしてくれる。そんな店との出会いは、此れから先、もう無さそうな気がする





 

Q48 基地ともっとも関わりが深いのは、どういう人達ですか

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年12月17日(月)15時06分36秒
  まず第一は、米軍用地の所有者、所謂軍用地主です。沖縄の軍用地の約3分の1は国有地、3分の1は公有地、3分の1は私有地ですが、これらの土地の殆どは、戦争中から1950年代にかけて、強制接収されたものです。1950年代後半の島ぐるみ闘争以後、住民側要求の7割程度の軍用地使用料が支払われるようになりますが、それでも殆どの軍用地主は、米軍支配時代を通して軍用地(基地)早期返還を要求し続けていました。沖縄が日本に返還されると日本政府は、軍用地料を一挙に6倍に引き上げ、賃貸借契約に応じた軍用地主には協力謝礼金を支給するなどの軍用地主優遇策をとりました。この為1970年代になると、軍用地主の団体である土地連(沖縄軍用地主会連合会)は、軍用地(基地)返還を口にしなくなり、今では、政府の基地維持政策を沖縄内部から支える役割を担っています。また毎年確実に値上がりする軍用地料を利殖の対象と考え、買い集める人達もいます。しかし逆に、軍用地主でありながら基地の整理・縮小・撤退の闘いに積極的に参加する人々もおり、個々の軍用地主の実態は複雑です。軍用地主は約3万人います。

強制接収された土地の賃貸借契約を飽くまで拒否している軍用地主が、所謂反戦地主です。日本政府は、様々な特別法を制定したり改定したりしながら、反戦地主の土地の強制使用を続けています。

基地は戦後初期には、最大の職場でした。土地を奪われた農民をはじめ、多くの人々が働いていました。然し当初は、待遇も悪く、労働者としての権利も全く認められていなかった為、1960年代になると、労働組合(全沖縄軍労働組合・略称全軍労、1978年全日本駐留軍労働組合沖縄地区本部・略称全駐労)を結成、待遇改善等を要求するようになりました。全軍労の要求に応じきれなくなったアメリカは、沖縄返還の日米合意成立と同時に基地労働者の大量解雇を通告し、首を切るなら土地を返せ、と要求する全軍労との間に激しい闘いが展開されましたが、ピーク時に3万人近くいた基地労働者は、1970年代中期には、約7,000人に減少していました。その後、日本政府が人件費の段階的肩代わりを進めるにつれて基地労働者の待遇も、不安定雇用とはいうものの、“準公務員並み”に改善され、人数も8,000人強に増え、世代交代も進み、1997年には、基地撤去の方針を降ろすに至りました。基地の整理・縮小・撤退を求めるに当たって、基地労働者対策は、重要な政策的課題になっています。

Q48 Who have the U.S. military hases influenced in OKINAWA?

Those who own land used by the AMERICAN military, namely gunyo-jinushi(owners of military-held land),have been involved in the issue of U.S.bases in OKINAWA. A third of military-held land is government-owned, another third is public, and the remaining is private. Most of this land was appropriated during the war and in the 1950s. After an island-wide protest movement in the late 1950s, the owners were paid 70% of what they requested.But most of them continued to request the return of their own land. After the reversion of OKINAWA, the JAPANESE  government raised the price of renting land to six times what it had been before and they gave a special deal, gunyo-jinushi-yugu-saku(a policy favorable to military-held-landowners), to those who signed the contract for renting out their land. In the 1970s this deal took effect and prevented the Association of  OKINAWAN Military Landowners from requesting the return of their land. Currently there are approximately 30,000 MILITARY hend landowners and their attitudes toward the U.S.bases are very diverse.Some of then favor the Japanese governments policy of maintaining the bases in OKINAWA. Some people keep buying pieces of military held land because rents increase every year. On the other hand, other military-held landowners are active in the movement for reducing and eliminating  U.S.bases.

The military- land owners who are against the use of their land for military purposes are called hansen-jinushi(anti-war landowners). By enacting special legislation or revising existing legislation, the JAPANESE government tries to provide the legal basis upon which the land can be used by the military.

U.S.bases were the biggest employers after  WORLD WAR Ⅱ.Many people, including the farmers whose land was taken by force, worked there.However, since they worked under poor conditions and were not given adequate rights as workers, in the 1960s they formed a labor unino (the All OKINAWA Military Labor Union [AOMLU]) and in 1978 the All JAPAN Occupation Army Labor Union,OKINAWA chapter (AJOALUO).They asked the U.S.government to inprove labor conditions. Instead of trying to meet their demands,the U.S.government announced that it would dismiss a great number of workers when the Japan and U.S.reached agreement on the reversion of OKINAWA. This action created a fierce confrontation between the U.S.governmet and the labor unions. In their struggle with the U.S. government, the unions used the slogan, “If you fire us, you must return the bases!” The number of employees was reduced, however, from a peak of 30,000 to 7,000 in the mid 1970s. The Japanese government gradually took over the cost of personnel expenses, and as a result labor conditions improved to almost the same level as those of public employees. The number of workers then increased to 8,000. In 1997 the unions withdrew their demand for the elimination of the bases.

In demanding the realignment, reduction and removal of military bases, the treatment of workers on the bases is an important and sensitive issue.






 

Q47 基地と沖縄経済は、どのような関係にありますか

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年12月17日(月)14時35分11秒
  日米両政府は、基地を安定的に維持し、民衆の基地反対運度を抑える為に、一貫して、沖縄社会が基地に依存せざるを得なくなるような政策をとって来ました。戦争直後、米軍基地に土地を奪われた農民は、基地で働かざるを得ませんでした。基地建設関連や、米軍相手の企業なども生まれました。

戦後の日本が、国内産業を育成し、輸入を制限し、輸出を奨励していた特、沖縄では、まったく逆の政策が取られ、生活必需品の多くを輸入品に頼り、主食の米さえアメリカのカリフォルニア米などが安い値段で流れ込んでいました。こうして多くの人を基地に縛りつけ、県民所得の約3分の1が基地関連収入によって占められる状況が作り出され、沖縄を支配するアメリカの高等弁務官が、「基地は沖縄の主要産業である」と自慢した時代がつくられました。然し基地に依存せざるを得ない社会の仕組みを作り出す事によって、やがてアメリカは、基地依存の高いコストに苦しむ事になります。ベトナム内戦への介入に失敗したアメリカは、米軍支配に抵抗する民衆の闘いと、基地維持の経済的コスト高の挟み撃ちにあって、沖縄の支配権を放棄し、日本政府の協力の下に沖縄基地を維持する政策に転換するのです。

沖縄返還後日本政府は、軍用地の使用料を大幅に引き上げ、基地交付金や基地周辺整備事業費という名目の迷惑料を地方自治体にばら撒き、日米地位協定上はアメリカが負担すべき基地労働者の人件費を肩代わりしてその待遇改善を図るなどの基地維持政策をとりました。同時に、大量の財政資金を投入して、実施された沖縄振興開発政策(Q32参照)も、少なくとも結果的には、沖縄経済の公共事業依存、中央政府依存の体質を強める事になっています。

沖縄返還後の、経済規模の拡大や観光産業の発展によって、軍用地料、基地労働者の賃金、基地交付金、米軍人軍属の消費といった基地関連収入の割合は県民所得の5~6%、観光収入の2分の1以下になっていますが、軍用地の所有者、基地労働者、基地所在市町村などにとっては、尚大きな意味を持っているといえます。また政府は、1990年代後半の基地の整理・縮小・撤去を求める民衆運動の盛り上がりに対して、地域振興策が基地受入れの代償である事を露骨に強調し始めており、公共事業依存、中央政府依存の沖縄経済の体質が、基地反対運動の足枷になっている事も間違いありません。

Q47 How are the U.S. military bases related to Okinawa's economy ?

The long-standing policy of both the JAPANESE and U.S. governments has been to force Okinawans to depend on the military bases in order to both retain the bases and suppress Okinawa's anti-military movements. Immediately after World War Ⅱ, those farmers robbed of their lands by the construction of American bases had no choice but to work there. There also emerged companies and corporations concerned with constructing military bases and serving American military personnel.

While post-war JAPAN promoted exports and protected the development of domestic industries by restricting imports, the policy applied to OKINAWA was the complete reverse. As a result, people relied heavily on imported daily necessities,and even rice (the staple food in JAPAN) was imported from California ?heaply. This was how many people became dependent on the bases and how one-third of the total income of Okinawan people derived from companies and activities that were related to military bases. At that time the American High Commissioner boasted that military bases were the principal industry in OKINAWA.

By creating a society highly dependent on the bases,however, AMERICA had to bear the costs of maintaining them. After its unsuccessful intervention in the civil war in VIETNAM, AMERICA, confronted by the twin pressures of Okinawan people's struggle against U.S. military control and the enormous expenditure needed to maintain the bases, changed its policy into one of relinquishing control over the islands and maintaining the bases in cooperation with the JAPANESE government.

After the reversion of OKINAWA, in order to retain the military bases the JAPANESE government significantly raised the rents paid to landowners, and paid local municipal governments a huge amount of money under the name of the “military base grant” and the “budget for promoting the areas surrounding bases”, to compensate for the difficulties and sacrifices caused by the presence of U.S. bases. The government also paid the salary of laborers working on base, which should have been paid by the AMERICAN government according to the Status of Forces Agreement. Furthermore, the substantial subsidies and grants provided by the “OKINAWA Promotion and Development Plans” (see Q32) have resulted in Okinawa's economy becoming more dependent on the JAPANESE government.

Due to expansion of economic activities in OKINAWA and developments in the tourist industry, military-related income,  such as rent for military-held land, salaries for workers on bases, base-related grants, and expenditure by U.S. military personnel and their dependants, has decreased to the level of 6.5% of the gross prefectural income. Military-related income now amounts to less than half the income generated by tourism but it is still important for the
ers of land occupied by the military, workers on base, and municipal communities wish a military base within their borders. Confronted by Okinawan people's struggles for realigning, reducing and eliminating American bases, the JAPANESE government has not hesitated to emphasize that local promotion and development measures are intended to compensate for acceptance of the bases. It is also not incorrect to say that the nature of OKINAWA's economy, that is, dependent on the central government and its subsidies and grants for public works projects, has kept anti-base movements from becoming more widespread.










 

Q46 基地によって、住民はどのような被害を受けていますか

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年11月26日(月)16時31分34秒
編集済
  最も一般的な基地被害は、演習場や航空基地の周辺住民を広範囲に巻き込む騒音被害です。大型旅客機より小型戦闘機のほうが凄まじい爆音を撒き散らす事は、多くの人が知っている体験的事実です。軍用機は、スピードや航空距離、積載量といった軍事的機能がひたすら優先されるからです、沖縄県の委託を受けた医師団は、騒音の影響で未熟児の出生率や難聴者の発生率が高くなるという調査結果を発表しています。(1997年)。人の耳に聞こえない低周波音が、人体に悪影響を及ぼす事も指摘されています。1982年、嘉手納基地周辺の住民約1,000人は、日本政府を相手取り、爆音被害に対する賠償と夜間の米軍機飛行差止めを求めて訴訟を提起しました。裁判所は、爆音が受忍限度を超えている事を認めて政府に損害賠償を命じましたが、国の支配が及ばない米軍機の飛行禁止は出来ないとして飛行差止め請求は棄却されました。損害は賠償すべきだが、その原因は除去できない、というのです。爆音被害が日常的、継続的な被害だとすれば、思いがけない時に突然襲ってくるのが、事件・事故です。沖縄島周辺では、毎年のように軍用機や軍用ヘリコプターの墜落事故などが発生しています。事故を起こしたジェット機が小学校に墜落して多くの死傷者を出した事件、パラシュートをつけて投下したトレーラーが小学生を押しつぶした事件、海上を航行中の船員が投下された模擬爆弾で重傷を負った事件なども発生しています。演習中の砲弾の破片や流れ弾が民家に飛び込んだり、酒酔い運転の米兵によるひき逃げ事件なども後を絶ちません。

米兵による殺人、強姦、傷害、窃盗などの犯罪も頻発しています。1972年、沖縄が日本に返還されて以来23年間の警察による検挙件数だけから見ても、米兵犯罪は4790件に上っています。統計数字の上から凶悪事件だけを拾い上げても、殺人12件、強盗355件、婦女暴行111件となっています。沖縄が米軍の支配下にあった時代、沖縄側には米軍犯罪についての裁判権はモチロン、逮捕権もありませんでした。沖縄が日本に返還され以後は、公務中の事件についてはアメリカ側が、公務外の事件については日本側に裁判権があることになりましたが、犯罪や事故が起きた時、公務中であったか否かはその米兵の指揮官が決めます。指揮官が「公務証明書」を発行すれば、日本側は、一切口出しする事は出来ません。また、日本の捜査権は米軍基地内には及びませんので、容疑者が基地内にいる限り、日本の警察は逮捕する事は出来ないのです。

Q46 WHAT ARE THE PROBLEMS OF THE U.S.MILITARY BASES FOR OKINAWANS ?

The most widely recognized problem of the bases is noise pollution which affects a wide area around airfields. Many people know through experience that small fighter planes create more noise than large passenger planes. This is because military planes have to fly at high speeds, over long distances and carry heavy loads. In 1997 a medical team asked to carry out a survey for OKINAWA Prefecture disclosed that noise form military airplanes caused higher percentage occurrences of premature babies and hardness of hearing. The survey team also found evidence that low frequency noise undetectable to the ear had caused serious damage to local residents. In 1982, about 1,000 residents around the KADENA Air Base filed a lawsuit against the JAPANESE government asking for compensation for the effects of noise pollution and demanding the suspension of military flights at night. Though the court acknowledged that the noise was beyond acceptable levels and ordered the government to pay compensation, it turned down the application for suspension of military night flights for the reason that it could not suspend AMERICAN military flights over which the JAPANESE government has no jurisdiction. That is, the government should compensate but the source of the problem cannot be eradicated.

While noise is a perpetual problem, accidents or crimes are irregular occurrences.

Military planes and helicopters crash every year in OKINAWA. Once a military jet crashed onto an elementary school and many school children were killed and injured (see 27). At another time, a trailer being dropped by parachute fell onto elementary school children, and a crew member on a boat at sea was seriously injured when an imitation bomb dropped from a military plane. There have been many other instances of accidents, such as splinters of shells or stray bullets falling on local residents and hit-and-run car accidents caused by drunken soldiers.

Incidents involving murders, rapes, injuries and thefts are frequent. There have been as many as 4,970 ctiminal charges brought against U.S. military personnel during the 23 years since OKINAWA reverted to Japan in 1972. Among the worst cases have been 12 murders, 355 thefts, and 111 rapes. When OKINAWA was under U.S. military occupation, Okinawans did not have any right to sue or arrest suspects if they were AMERICAN soldiers.

After OKINAWA was returned to Japan, AMERICAN authorities possessed the right to hold trials if the cases occurred on duty and the Japanese side possessed the right if the incidents occurred off duty. However, when a crime or accident occurs, it is a military officer who decides whether the criminal is on or off duty. If the officer signs an official duty sheet, there is nothing the Japanese side can do. Furthermore. the JAPANESE authorities do not have the right to investigate within the area of the U.S. bases.

Therefore, if suspects stay inside the base, the Japanese police cannot arrest them.

 

Q45 基地は沖縄社会のどのような影響を与えていますか

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年11月18日(日)15時54分57秒
編集済
  基地の影響は多方面に及んでいますが、その最大のものは、環境破壊です。

基地の具体的態様は、演習場、飛行場、軍港、軍需物資貯蔵施設、通信施設等、様々ですが、自然破壊の様子が外からでも手に取る様に解るのは、演習場です。とりわけ飛行機から地上の標的に爆撃する演習や、遠くの標的を狙う砲撃演習などは、その最たるものです。1995年から1996年にかけて、鳥島射爆撃場(口絵②参照)に、千数百発もの劣化ウラン弾が撃ち込まれ、土壌や海水を汚染していた事が1年後に発覚しました。劣化ウラン弾は、湾岸戦争で使われていた高性能爆弾で、戦後イラクで多くの小児がんや白血病が発生したり、帰還米兵に湾岸戦争症候群と呼ばれる奇病が発生しているのは、劣化ウラン弾が撒き散らした放射性物質の為ではないかと疑われています。

現在、沖縄で最も激しい砲撃演習が行われている海兵隊基地キャンプ・ハンセンでは、長年砲撃の的にされ、演習に伴う山火事が頻発したり、強い雨雨が降れば地肌がむき出しになった山肌から濁流とともに押し流された赤土が海を真っ赤に染め、珊瑚をはじめとする海の生き物を殺し、痛め付けたりしています。

演習場と対照的に静かな基地が通信基地です。ところが此処でも、通信機器の保守、点検の為に使用される有害物質が地下水や土壌を汚染しているのです。1995年に、返還された米軍の恩納通信訓練所跡地が高濃度のPCBと水銀に汚染されている事が分かり大問題になりました。嘉手納基地近くの井戸水が突然燃え出した事もあります。航空燃料や飛行機洗浄剤に含まれる有害物質が地下水に伝わって基地の外まで流れ出したのでしょう。基地で使用する有害物質に汚染された土壌や地下水のクリーンアップは、アメリカ本国でも大きな問題になっています。

都市形成の歪みも大きな問題です。戦後の沖縄では、基地に合わせて町や村がつくられていきました。例えば、現在、基地撤去問題の焦点となっている普天間基地は、村役場、2つの国民学校、5つの部落と田畑があった戦前の宜野湾村の中心部の広大な地域を囲んでいます。この為、村民の多くは自分が住んでいた土地に戻る事が出来ないまま、基地のフャンスにへばり付く様にして戦後の生活を始めざるを得ませんでした。こうして普天間基地という空洞を抱え、道路も上下水道も全て広大な基地で切断され、公共機関の活動や市民生活に不便なドーナツ状の宜野湾市が形成されたのです。

Q45 HOW HAVE MILTARY BASES INFLUENCED OKINAWAN SOCIETY?

Military bases have affected OKINAWA in numerous ways. The most visible is the destruction of the natural environment. There are various types of military facilities in the prefecture: military exercise areas, firing ranges,airfields, military seaports, military storage sites, and communication facilities. Of these, firing ranges are where the destruction of the natural environment is most visible from beyond the perimeter fences. Typical examples of practices that negatively affect the natural environment include bombing practice using ground targets and firing practice using distant targets. In 1995-1996, over 1,500 bullets containing depleted uranium were fired in the training areas of TORI SHIMA(Bird Island)(see②).It was evident that the depleted uranium ammunition continued to contaminate the soil of the island and the surrounging seawater. This information was disclosed and reported only one year later. Bullets containing depleted uranium are high technology ammunition and were widely used during the Persian Gulf WAR. Many suspect that the sudden increase in child cancers and leukemia in IRAQ after the war was due to radioactivity from depleted uranium. Radioactivity from depleted uranium is also suspected of being responsible for the mysterious illness among GULF WAR veterans called Gulf War syndrome.

In CAMP HANSEN, one of the U.S. Marine Corps bases where live firing practice is routinely carried out at an intense level, exercises have caused forest fires. When it rains hard in the training area, a considerable amount of red soil (see Q33;22) is washed down mountain slopes  that have been bombarded over many years by live shells and explosives. The water saturated with red soil turns into muddy streams that eventually run into the sea, turuing it a deep red color, and damaging and destroying sea creatures such as corals.

In contrast to military training zones, communication facilities are quiet areas and it is hard to discern their effects on the environment. It is the case, however, that hazardous materials containing polychlorinated biphenyls (PCBs) and mercury are used for maintaining communication equipment and that they contaminate the  soil and underground water. In 1995 the land on which ONNNA Communication and Thaining Center had been located was found, on its return to JAPAN, to be polluted by highly concentrated PCBs and mercury. The news immediately spread and became a serious problem.

There was also one widely reported incidents involving water pollution on KADENA Air Base (see 16,Q42). Water in a well near the base started burning. It was assumed that hazardous materials contained in jet fuel and detergent for polishing jet planes and engines were responsible. Cleaning up the land, soil and water contaminated by hazardous materials used on military bases has also became a serious problem in the USA.

Distortions in the physical layout and development of cities and towns are another frave problem. After World WAR Ⅱ, towns and villages were built avoidng areas occupied for military use. FUTENMA Air Station, for instance, now attracting attention because of questions about its removal, occupied the center of GINOWAN Village where there used to be two national elementary  schools and five communal districts and farmland. That is why most GINOWAN villagers were unable to return to the places they used to live in and were forced to restart their lives just outside of the fences of the base. It is also how GINOWAN Gity came to be shaped like a donut with its empty senter occupied by the base. Roads, water supply pipes, and a huge land area are thus fragmented by FUTENMA Air Station, and this has clearly caused a great deal of inconvenience to citizens and public services.(see 25)
 

Q44 沖縄の米軍基地は、どのようにしてできたのですか

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年11月16日(金)00時44分37秒
  沖縄を占領した米軍は、戦火の中を命からがら生き延びた人達を、16箇所の収容所に送り込みました。収容所の外は、全て米軍使用だったといえます。1945年10月頃から、米軍は、軍用地として必要としない所から順次、収容していた人々が元の居住地に戻る事を許可しました。然し、沖縄島の10数%に相当する軍用地を確保し、其処には、住民の帰還を認めませんでした。米軍基地の一部には、日本軍が米軍を迎え撃つ為につくった飛行場なども含まれています。例えば、沖縄市、北谷町、嘉手納町に跨る嘉手納基地は、日本軍の中飛行場を約40倍に拡張したもので、15の部落が基地に囲まれています。嘉手納町は、町の面積の実に83%を基地に取られています。

戦闘終了後、住民の土地を取り上げる事は、「戦争の必要上、やむを得ない場合以外は、敵の財産を破壊したり取り上げたりしてはならない」と定めた『陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約』(ヘーグ陸戦法規)に明らかに違反します。米軍が日本軍と戦う必要から、敵国民である沖縄住民の土地などを勝手に使うのはやむを得ないとしても、日本軍が壊滅して米軍が沖縄全域を占領して以後、況してや、日本がポツダム宣言を受諾して降伏文書に署名して以後、米軍は、沖縄住民の財産を勝手に使う事は出来ない筈でした。然し米軍は、日本が独立するまでは戦争状態が継続しているとして、住民の土地を1円の使用料も払わないまま使い続け、其処に半永久的基地を建設し始めたのです。

1952年、日本が独立し、対日平和条約第3条でアメリカが沖縄の支配権を獲得すると、アメリカ政府は、米軍用地の所有者に使用料を支払う事を明らかにしますが、使用料があまりにも安すぎた為、賃貸借契約に応じる軍用地所有者は、殆んどいませんでした。オマケに米軍は、基地拡張の為新たに必要とする土地を、“銃剣とブルドーザー”によって暴力的に接収し、住民の大きな反発を招きました。アメリカ政府は、問題を一挙に解決しようとして、米軍用地を事実上買い上げる方針を発表しますが、これが“島ぐるみ闘争”と呼ばれる民衆の抵抗を生み、結局アメリカは、買い上げ政策を撤回し、軍用地料を大幅に引き上げる等、住民との妥協を図りました。住民の闘いの盛り上がりによって、1960年代になると、新たな米軍用地の強制接収は不可能になり、やがて基地維持も困難に為って来た為、アメリカは沖縄の支配権を放棄し、日本政府の協力を得て沖縄基地を維持する方針に転換するのです。

Q44 What caused U.S.bases to be built in OKINAWA?

The U.S. army of occupation detained the local people, who had barely survived the barrages of war, in sixteen camps. The land outside those camps was at that time all held by the U.S. military. From around 1945, the U.S. military began to release tracts that were not essential to them one by one, allowing the detainees to return to their home villages and towns. However,the military still retained more than 10% of Okinawa island and forbade the locals to resettle in these areas. Some of the existing U.S. bases were formerly airfields constructed by the japanese military to counter the U.S.attack. For example,KADENA Air Base,that now stretches over OKINAWA Ciry,CYATAN Town and kadena Town, was built by extending the Japanese forces’NAHA airfield by almost 40 times. As a result, 15 villages came to be enclosed by the air base. In the case of KADENA Town, 83% of its area was taken for the base.

To expropriate residents’lands after the cessation of battle obviously violates the stipulation in the “Convention Respecting the Laws and Customs of War on Land”(Hague Convention on Land Warfare),which sets forth: “...it is especially forbidden to destroy or seize the enemy’s property, unless such destruction or seizure be imperatively demanded by the necessities of war.“Even if it were unavoidable that U.S. forces, out of the necessity to fight the japanese, seized the land and property of Okinawans who were the enemy nation, the U.S.Military should not have been able to forcibly appropriate OKINAWANs’ property after the Japanese army was torally defeated and the U.S.took control of the whole island, let alone after Japan’s acceptance of the Potsdam Declaration and its signing of the Instrument of Surrender. However, the U.S. military, claiming that a state of war would continue until japan’s independence, held on to the residents’ lands without paying a single yen as rent,and began to construct semi-permanent military bases there.

In 1952,as japan regained its independence and the United States secured its right to control OKINAWA by Article 3 of the Peace Treaty, the U.S. government promised to pay land rents to owners of military-held lands. Nonetheless, the proposed rents were so low that few landowners responded to the lease contract. In addition to this, the U.S. military went on to acquire new lands forcibly by “bayonets and bulldozers” in order to expand its bases, and this provoked much resentment among Okinawan residents (see 26). Aiming for a swift resolution of the issue. the U.S. government announced a policy of de-facto buying of military lands, but it only served to trigger island-wide protest by Okinawans, or “all island struggle”, as it came to be  called. In the end, the U.S. revoked its previous policy, and instead substantially increased the rents in order to seek a compromise with local residents. In the 1960s, the rising anti-base movement made further expropriation of military lands. impossible and maintenance of bases increasingly difficult. Hence, the U.S. came to renounce its occupational right on Okinawa and to seek collaboration with the Japanese government for the maintenance of bases on the island.
 

Q 43 なぜ沖縄には、多くの米軍基地があるのですか

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年11月 8日(木)18時21分33秒
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  それは、アメリカ世界戦略と日本政府の基地しわ寄せ政策の結果です。1945年4月、18万の大軍を率いて沖縄島に上陸した米軍司令官バックナー中将は、沖縄を、保護領その他の適当な名目で、排他的に支配する事が望ましいと述べています。沖縄は、中国大陸への道筋であり、ロシアの拡張主義に対抗する為にも沖縄が必要だというのです。当時アメリカは、同盟国ソ連とドイツを挟み撃ちしたところでしたが、早くもアメリカ軍部の間には、ドイツや日本を倒した後の仮想敵国はソ連であるという考えが芽生えていたのです。

米英ソ中4カ国の最後通告であるポツダム宣言を受諾して日本が降伏した直後、アメリカは覇権を争った日本帝国主義の牙を抜く為に、日本を非武装国家にしようと考えました。この考えは、悲壮な戦争体験を踏まえて、2度と戦争はしたくないと願う日本国民の願望と結び付き、戦争放棄を高らかに謳い上げた日本国憲法が成立しました、然しアメリカは、非武装国家日本を自らの勢力圏に繋ぎとめて置く為に、沖縄を日本から分離し、軍事的要塞にしようとしました。結局米軍は、沖縄占領後27年もの長い間、ここを支配し続ける事になったのです。一方、米ソの対立が深まるにつれてアメリカは、日本を目下の同盟者として育成する方向にその政策を、180度転換させました。

1950年6月に朝鮮半島で勃発した内戦にアメリカは全面介入しますが、米軍は日本全土を軍事基地とし、日本の工業力を利用する事にによってはじめてこの戦争を遂行できました。そして日本は、アメリカの戦争政策に追随する事によって膨大な経済的利益を得ました。わずか5年前凌ぎを削って戦った日米両国の間の戦後の相互利用関係の具体的基礎は、朝鮮戦争によって確認されたのです。

1952年4月、対日平和条約によって日本が独立した時、同時に日米安保条約も成立し、アメリカは、日本全土に米軍基地を置く権利を獲得しました。然し、この事が日本国民の反米感情を刺激した為、日米両政府は、米地上戦闘部隊を日本から撤退させ、安保条約を改定する事にしました。こうして条約改定の頃までに在日米軍基地は約4分の1に減りましたが、日本から撤退した米海兵隊などが沖縄に移駐した為、沖縄の米軍基地は約2倍に増えました。

日本政府は、1972年の沖縄返還を利用して、在日米軍基地の整理統合を図り、日本本土の米軍基地は、更に約3分の1に減らしますが、沖縄の米軍基地は殆ど減らさなかった為、現在の様な、状況が作り出されたのです。

Q43 Why are there many U.S. bases in Okinawa?

The answer is that it is a result of American's global strategy and the japanese government's policy of confining bases to certain areas.In April 1945.as Lt.Gen.Simon Buckner Jr.landed on Okinawa,commanding a large army of 180,000 troops. he stated that it was desirable for the U.S. to have exclusive control over Okinawa as a protectorate or by other suitable means. In his view,
Okinawa was needed because it lay on the route towards China and could also be a buffer against Russian expansionism. Although America was fighting a war against Germany with the allied Soviets in those days. there were already some in the American military who foresaw that the next potential enemy. after the defeat of Germany and Japan.would be the Soviet Union.

Immediately after Japan's surrender with the acceptance of the Potsdam Declaration, the ultimatum from the United States, Great Britain, the Soviet Union and China, the United States aimed to turn Japan into a non-military nation so as to thoroughly crush the imperialism of the country which had vied for supremacy with America. Since the idea struck a chord with many Japanese who wished,after their tragic experiences of war, for no more wars, the Japanese Constitution, which denounced war as a means of resolving international conflicts, was drawn up, Yet the United States tried to separate Okinawa from the rest of japan and make it a military fortress, so as to retain demilitarized Japan within its own sphere of power. In the end, the U.S. military ruled the island for 27 years after its capitulation. However, as the confrontation with the U.S.S.R. deepened, the United States did a 180-degree turn in policy and aimed to make japan its ally.

When the United States committed itself to full intervention in the civil war that broke out in the Korean Peninsula in june 1950, it was able to wage war only by turning the whole of Japan into its military base and by utilizing Japan's industrial power. As for japan. it was able to generate immense economic profits by following America's war policy. The United States and Japan, which had fought fiercely against each other merely five years bufore, now came to conclude from their experience of the Korean War that there was a concrete basis for their reciprocal relationship in the postwar world.

In April 1952, when japan recovered its full sovereignty with the Peace Treaty, the U.S.-japan Security Treaty was also concluded, and this ensured America's right to place bases throughout japan. However, since it aroused anti-U.S. sentiment among the Japanese public, both the U.S. and japanese abministrations agreed to withdraw Americanland combat troops from mainland Japan and to revise the Security Treaty. Hence, though the number of U.S. bases located on the mainland was reduced to a quarter of what it was at the time of the revision of the treaty, those troops deployed on the mainland, such as marines, were relocated to Okinawa, doubly increasing the U.S. military presence there.

Seizing the opportunity of Okinawa's reversion to Japan in 1972, the Japanese government attempted to consolidate the U.S. bases in Japan and further reduced bases on the mainland to one-third. On Okinawa, however, few bases ware closed and this lod to the situation that now exists on the island.
 

哲人 蔡温

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年11月 3日(土)18時31分3秒
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  嘗て、其の島にも哲人政治家が実在した。中国と島津(薩摩)の両属(二百数十年)の中にありながらも、向象賢(羽地朝秀)や蔡温等が英智を傾けて、尚王朝を維持。奴隷の政治という面もあった様。明治政府による強引な琉球処分は、尚王朝を滅ぼしたが、伊波普猷は「一種の奴隷解放なり」と評価する。

尚王朝 始祖 尚思紹―― 尚徳 七代 64年 1406~1469 第一尚氏王統 金丸(尚円)――尚泰 1470~1879 19代 410年 第二尚氏王統

                                                        出典 オキナワなんでも事典 池澤夏樹編 新潮文庫

尚王朝初期は、大和では室町時代にあたり、琉球では未だ、伝説色を帯びた古代。20世紀の日本では、日本の古代は、遥か遠く、掴みどころがないが、琉球へ行けば、古代は手の届く所にあり、未だそのあたりで拾う事が出来そうに想える。大和文化のルーツを探索しようとした柳田国男や折口信夫たちが、晩年、熱い視線を向けた。その様な歴史的な経緯や時間、尚思紹の琉球統一から606年。王統に由って、栄華を極めた独自の文化伝統を、高が、3ヶ月の1945/3/26~6/20の戦で、敢え無く米軍に制圧。長い、日本本土への復帰闘争が実を結び、1972年、沖縄は日本への返還を果たす。・・・が、基地化の進行と軍政に因る束縛で、うちなんちゅの生活は、貧相で、貧困で、深刻で、日本政府の「オモイヤリ」で急場を凌ぎ、今日に至るも、潜在主権は、未だ回復を・・・見ず。

哲人政治

プラトンが「国家篇」で説いた最高の理想的政治形態

理想の国家が実現される為には、統治者は、知恵の徳を持った哲人(哲学者)でなくてはならない。哲人こそ真の学と人生との指導者であるから、とする。この主張に基づいて、プラトンは、支配者の徳を第一とする政治を説いた。

四元徳
ギリシャにおける4つの元徳 プラトンのものが代表的。彼は人間の魂は理性(不死的部分)及び、気概と情欲(可死的部分)の3つの機能があるという。魂の三分説に基づき、智慧・勇気・節制・正義の四元徳を唱える。智慧は理性の徳、勇気は理性に服従すべき気概の徳、節制は情欲に対する徳であり、正義は魂の三部分の支配と服従の関係が唱和している時に生じる徳である。ポリスにおいては、智慧は統治者の、勇気は防衛者の、節制は勤労者の徳であり、この三徳が、それぞれ協調的に発揮される時、正義の徳が生じ、理想国家が実現されるという。->「国家篇」
                                                            出典 ポータブル 現代社会辞典 数研出版

琉專卑語
一つの命題を活字に起こし、本にする。其れは点から線となり、メッセージとして後世へと引き継がれる。政治的判断とは、(汚れた)点でしかない。点を線にする気概など、更々無い。(奴等に)有る筈も無い。

既存の為政者に、倫理や哲学を求めれば、其れは宗教に為る。時代は、然し、其れを要求する。然し、奴等は、ソレに答え様とはしない。そんなに喰いたければ、自分で創れ!。米はある、水もある、炊飯器もある。後は、スイッチを入れるだけ!。そんな事もできないのか!?と、曰う奴等。其のくらい出来るダロ。大人なんだからと。         よ――――――――は、そう謂う事なんだろう。

蔡温
琉球の三司官 琉球名は具志頭(ぐしちゃん)文若 中国に留学後、尚敬王に信任され、造林や河川の改修など、殖産に功績があった。著「国家要伝」「実学真秘」「独物語」「教条」 1682~1761

伊波普憂那門
アドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツですら、軍事協定を結び非武装地帯のローマの遺跡を破壊する様な非道を働く事は無かった。然し、大日本帝國陸軍は、沖縄戦で首里城の地下に地下壕を掘り、陸軍第32軍総司令部を置いた。
 

碌な事をしてないのに 権利を主張するのは 卑怯者だ!

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年 9月21日(金)11時30分16秒
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  社会的な地位、名誉等、肩書きを持ち、経済力もある。将来への不安もなく、納税者としての義務も果たしている。然し、それが他を脅かす程、脅威に為りうる者かと考えた場合、それは又、別の問題。
「人間万事塞翁が馬」 何時、瓦解するのか予測できない事態に、襲われないとも限らない時代にシフトして来た。「銭どぅ宝」で隆盛を極めた。其れは戦に敗れた者のサダメ(運命)であり、国としての業(カルマ)だったのだろう。然し、人は肉(銭)のみで生きてるものではない。我こそは霊の頂点に君臨する「霊長類」と嘯く背景は、ヒトの間にしか確認できない事実。倫理、哲学を蔑ろにしては進化は望めない。其の事を、67年前の戦で、その民族は学んだのではなかったのか!。
経済復興が、今日の沖縄を創り上げたのは、紛れもない史実。然し、一方で、勝ち組と称される富裕層だけが、栄華を極め、国の不平等政策に由って、その多くは絶え難きを耐えざるを得ない日々を強いられて来た。働く事でしか生活は安定せず、社会保障も儘ならないと思考してきた事は、国家権力の陰謀であり、共同幻想でしかなかった事は、年間3万人を超す自殺者(1998~2012)、22年にも及ぶ飲酒運転撲滅運動で十分な戦果を挙げている。

「知は力なり」ヒトは考える葦であるとするなら、其処に学ぶ機会を与えなければならない。最早、戦後ではない。貧しさ故に身を売り、身を粉にして働く時代でもない。(糸満売り)
神は其のヒトに負えない難事は与える事はない、と説く教えもある。然し、其の苦難を如何に軽減できるかは、やはり、其の者が育んで来た人生の智慧と云えよう。此の世で銭で買えないモノは無いと嘯く輩が少なからずいる。では、精神力(絶食、禁酒、禁欲)、モラル(唾を吐かない、ゴミをポイ捨てしない、暴言を吐いて他者を威圧しない、無闇に暴力を行使しない、他人が嫌悪する事をしない)等を商品化し、成功を収めた企業が、戦後あっただろうか。パワーエリートと称する者達の其の多くが、心を何処かに置き忘れ、製造中止にされたパーツの一つに過ぎず、多様化する現代に、即応する程の性能を備えているとは想えない。如何に、生活が多様化されようと、成功を収めようとも、敬意を払われなくなったら、それは、ヒトとしての品位も地に堕ちたといえよう。無闇に多忙を極め、小銭を蓄え、細やかな家庭を築いた頃には、人生の半ばをとうに過ぎ、天敵の骨をも砕く牙は既に無く、老いては持病を抱え、晩年を迎える。
ソモソモ、抑止力とは其処に在る脅威でしかない。唯、其処にいるだけで恐れられる。今に生きるうちなんちゅに、それだけの人間力を内在(潜在)するだけのものがあるのだろうか。先の大戦から67年が経過した。一見、平和に見える其の島は、依然として、米軍基地が居座り続けている。

1966年に完成し、当時の琉球政府主席であり、沖縄教育の最高責任者であった屋良朝苗氏に由って創られた沖縄少年会館が46年の歴史の幕を閉じた。8月9日、地元紙は、全国学力テストに於いて、沖縄の児童生徒の平均正答率の順位は、小中の10科目全てで、全国最下位であった事を伝えている。旧沖縄少年会館の解体は、先祖代々受け継がれて来た伝統的な言語と文化を活性化する機会と、場を失ったといえるだろう。 1609年、(慶長14年)薩摩軍が琉球王国を征服して、既に403年。依然、沖縄は覇権主義の支配下にある。

教育施設であった久茂地公民館の解体は、※「学校と子供の生活を地域社会から引き離し、地域社会の活力基盤を益々脆弱にしていく。そして、其れは子供の生活に跳ね返っていく。やせ衰えた地域社会は家族の孤立化を促進し、子供の生活を家庭と学校の環の中に封じ込めていく」藤田英典

アメリカの解く《極東平和と安定》を担う米軍基地。米・中・台の安定を望む所に位置する(要石)沖縄。沖縄自身が(国際的利権)構造の域から、中央の打出の小槌から脱する反重力のエネルギーを生成するには、「教育」こそが、ターニングポイントに為り得る。学力格差の是正、教育レベルの向上無くして、絶滅危惧種のアイデンティティーは確立し得ないと、断言せざるを得ない処まで、瀕死の状況にある事の無自覚が、「10科目全国最下位」という結果を招いたのだと、うちなんちゅは自戒すべきだ。沖縄の低所得水準は、両親の共働きに伴う親子間の断絶、学力の低下、非行へと、其の民族の影を形成するに至った。学力向上を望むなら、民族の復興を可能にする学習環境の整備、構築を急ぐ必要がある。テクノロジーは、日々進化し続けている。然し、うちなんちゅは、南海の孤島で置き去りにされたままだ。うちなんちゅが未だ「沖縄奪還」を果たしていないのは、単にやる気の無さ、ヒトの持つ潜在性が、大量殺戮兵器に勝るとも劣らないもので在る事の証明を果たしていない結果が、軍隊の長期駐留を許しているに過ぎない。オスプレイはすぐ其処まで来ている。其れに「抵抗」し、「駆逐」する力を、島んちゅが身に付けない限り、米軍は何時までも、其の島を手放す事は無いだろう。

今回の久茂地公民館の破壊は行政に委ねる事の危険性の教訓を学習した。モシ、久茂地公民館が民間で管理していたなら、解体される事もなかったかもしれない。解体されたからといって、それで済んだ訳ではない。本能のままに生きてるのなら、読む事も、書く事も、考える事も、学び舎も要らないだろう。そうすれば、其の生物は何れ、絶滅するしかない。そして、代わりの者が其の島を支配する。ヒトは、過酷な時代を快適に於き抜く為には、進化するしかない。其れにはどうしても、道具が必要だ。壊されたのなら、改めて、又創ればいい。権力に屈する、諦める事、それは民主主義の敗北でしかない。

敗戦から、既に67年が経過する。当時の沖縄教育界のトップで、琉球政府主席であった屋良朝苗氏の尽力により、全国から寄付を募り、沖縄少年会館は完成する。建設趣意書には、「犯罪や非行が絶えない沖縄の青少年問題」は、未だ解決したとはいえない。久茂地公民館の解体は、政治の介入が必ずしも民意を反映し得る物と限らない事を、白日の下に曝した。「沖縄の子供達に夢を」の掛け声は46年後、怒号の叫びも虚しく、其の姿を消した。旧沖縄少年会館を設計した宮里栄一氏は、「自分の財産は自分達で守る」という意識をを持ってほしいと説く。武力を持ってしても、破壊しきれなかった島の景色は、「観光」からリゾートへと名を変え、護岸工事、埋め立て、人工ビーチ、->赤土の流出->環境破壊と沖縄をダメにしていった。

長引く不況、※更新され続ける飲酒運転ワースト1、学力の低下、何時までも此の儘で良いと誰も想ってはいない筈。超A級戦犯であったサダム・フセインですら、「教育」に着目していた。戦場に措いて、大量殺戮作戦を遂行するにしても、「バカ」では、それも不可能。果たして、武器を持つ兵士の前では、降参するしかないのか?。敗戦から67年、うちなんちゅは、豚と酒で、銃後のその傷痕の痛みを癒していただけだ。人生は短い。祖霊の血脈を引き受けた以上、其の端くれとして、決して譲れないものがある。
・・・・・という訳で、其の島で生きてく為に、翁長市政に因って破壊された旧沖縄少年会館。次世代が夢と希望を築ける島で在り続ける島、未来への礎の再興(自産自消の新たな教育施設の建立)を夢見て、其の資金調達の手段として、珈琲の販売を始めました。幻の高級珈琲、喫茶店で飲めば、一杯¥1500の処、一瓶¥1000で提供します。
        其の一杯の珈琲が沖縄を変える!!。                                 いっぺ―――――――――上等になるかもよ!。
                         070-54176474 玉城喜一

敗戦から67年が経った。戦前、戦中、戦後と共に過ぎし時を経て、久しぶりに其の地を踏めば、俺の知る島の面影はなく、其処は、正に愚者達の楽園(パラダイス)めんそ~れ~♪

※増補版 学校統廃合の社会学的研究 若林敬子著 御茶ノ水書房
※沖縄県 飲酒絡みの交通人身事故7月現在 64件構成率1.69%

飲酒運転による死亡事故の構成率(%)全国6.7% 沖縄11.6%(1.7倍)平成7~21まで連続1位(22年ワースト2)
沖縄       全国
H2-20.5%   H2-13.3%
H3-28.6%   H3-14.2%
H4-25.3%   H4-13.6%
H5-27.9%   H5-14.7%
H6-29.9%   H6-14.8%
H7-48.9%   H7-14.0%
H8-33.8%   H8-14.0%
H9-53.0%   H9-13.7%
H10-33.8%  H10-14.7%
H11-45.3%  H11-14.8%
H12-38.2%  H12-15.0%
H13-34.7%  H13-14.7%
H14-29.5%  H14-13.0%
H15-36.7%  H15-10.8%
H16-34.4%  H16-10.4%
H117-30.0%  H17-11.0%
H18-23.0%     H18-10.8%
H19-17.5%    H19-8.1%
H20-24.4%     H20-6.8%
H21-28.3%     H21-6.7%
H22-17.0%     H22-6.5%
H23-11.6%     H23-6.7%

人身事故に占める飲酒絡み事故の構成率 全国 0.77% 沖縄県 1.86% 2.4倍 22年ワースト1(H2~)
沖縄     全国

H2-7.12%  H2-3.40%
H3-8.54%  H3-3.42%
H4-8.06%  H4-3.39%
H5-8.62%  H5-3.33%
H6-8.40%  H6-3.19%
H7-9.72%  H7-3.09%
H8-9.20%  H8-2.94%
H9-10.00%  H9-2.85%
H10-9.21%  H10-2.73%
H11-9.03%  H11-2.65%
H12-9.18%  H12-2.96%
H13-8.27%  H13-2.76%
H14-7.52%  H14-2.24%
H15-5.40%  H15-1.80%
H16-4.99%  H16-1.70%
H17-4.03%  H17-1.55%
H18-3.40%  H18-1.37%
H19-1.81%  H19-0.96%
H20-1.97%  H20-0.86%
H21-1.98%  H21-0.82%
H22-2.37%  H22-0.80%
H23-1.86%  H23-0.77%

出典 交通白書
 

My Guardian Angel

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年 5月26日(土)09時00分37秒
編集済
  月乃、君を失った事で、俺は深い喪失感の中に居る。4月8日18時、俺はパチンコ台の前に座っていた。其処に一羽の蝶が舞い降りて来て、台のガラスに止まった。今頃、金沢では、月乃のお通夜が営まれているのだろうと、想いながらも、俺は其の行為を止める事が出来なかった。

彼女は闘病の末、僅か4歳で、此の世を去った。然し、俺は未だ生きている。あの娘の死を緩和させてくれる時間、ものが欲しかった。結果的に、それで良かったと想いたい。パチンコ台の前に舞い降りた一羽の蝶、其れがあの娘の化身であり、そして、俺の月乃への想いは片思い等ではなかったのだと。

Webから取り込んだ彼女の画はかなりの数になった。唯、衝動的に、感情的に、その数は増え続けていった。何時になるか解らないが、何れ、あの娘の顔や姿を書き写せる日が来ればいいが・・・・・・。ハテさて、どうなるものか。

月乃の命が救われるのなら、この命捧げても構わないと、神仏に誓ったのに、其の祈りは届く事は無かった。(神の不在)

4月5日に彼女は息を引き取った。其の一月後に、俺は生を受ける。其の日が、魂の再生を暗示する死として其の日を選んだのか。彼女が選んだ其の日を、彼女からのメッセージとし、俺は彼女の事を、生涯心に刻む事だろう。

「彼女の死に因って、俺は、自らの生を問い直す必要性の責めを負う。世俗との煩わしさとも、益々距離を措く事になるだろう。 (薄利多売の書物は、山の様に増えていった。某店が良質の本を大量に提供してくれる為、本は増える一方だ。本棚を作るしかないな。)・・・・・当然、パチンコ店に出向く事も無くなる。パチンコも嗜まない人生なんて、砂糖もクリープも足さない珈琲の様だ。あ~美味しい☆。」



精神の館 [破壊と創造]

アーリオーンはこう言っている。さて、時は熟してきた。破壊を恐れるな。真の破壊には創造が必ずセットされているからだ。
やがて天変地異で日本列島の都市部は破壊され、人の住めない場所になる。しかし、人民がキを養い、気を育み、和を取り戻す事の出来る場所が作られる創造の第一歩である。

2015年にまでは田舎に引っ越したほうが無難だろう。何故ならばこれから、電車、飛行機、車で移動出来ないようになる為に、都市部は食料の奪い合いを目にする事になるであると推測される。

バシャールは2015年までの生き方が重要だと説いている。ひふみ神事で子の年から前後十年が正念場と言っている。2008年から2018年と推測でき、大峠は3年・・・・・2015年から2018年と思われる。

バシャールは次の事を言っている。「現在、地球には様々な観念、様々な波長が(自分の好きな波長も、そうでない波長も)同時に存在しているが、2012年を境に各々の波長に基づいてパラレル・アースへの分化が加速する。

2012年あたりに、今は一本でしかないエネルギーの光線が、人間の集合意識を象徴する或る特殊なクリスタルに当たり、パラレル・アースへの分化が始まる。

体験可能なパラレル・アースは無限に存在するが、自分がどのパラレル・アースへ移行するかは、2010年~2015年の5年間の過ごし方が最も重要に為る」

「自らを宇宙神霊と名乗るARION、ヒトの概念を超越した存在で在り続ける以上は、人類の過去、現在、未来、其の全てを見据えた上でのメッセージなのだろうか。最早、次の世代に負の遺産として禍根を残すしかない放射能。彼等の手にも負えないものと共存、生存する苦しみを噛みしめざるを得ない。其の国の未来図さえ安易に想像出来なくなっているのに、それでも、アーリオーンは、~世紀末、日本は再生し、アジアは台頭すると云う。アーリーオーンのメッセージに一縷の光明を託する事でしか、ヒトは救済されないのだろうか。」

月乃の死は、未だ現実味を帯びない。彼女の死を受け入れるのに、未だ大分時間が掛かりそうだ。・・・・・が、彼女の死は果して、新たなる星への移住、選ばれし魂のみが、其の星へと再生する。然し、その数も限りがあるようだと、アーリオーンは伝えている。(アーリオーン メッセージ)

                   この一文を伊崎月乃に捧げる  2007/07/08~2012/04/05


童神

天からの恵み 受けてぃ此の世界に 生まりたる産子 我身ぬむい育てぃ イラヨーイヘイ イラヨーホイ
てぃんからぬみぐみ うきてぃくぬしけに んまりたるなしぐわ わみぬむいすだてぃ

イラヨー愛し思産子(かなしうみなしぐわ) 泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー

太陽ぬ光受けてぃ ゆういりヨーや ヘイヨー ヘイヨー 勝さぁてぃ給り
てぃだぬひかりうきてぃ                まさてぃたぼり

夏ぬ節来りば 涼風ゆ送てぃ 冬ぬ節来りば 懐るに抱ちょてぃ イラヨーイヘイ イラヨーイホイ
なちぬしちくりば しだかじゆうくてぃ ふゆぬしちくりば ふちゅくるにだちょてぃ

イラヨー愛し思産子(かなしうみなしぐゎ) 泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー

月ぬ光受きてぃ ゆーいりヨーや ヘイヨーヘイヨー
ちちぬふぃかりうきてぃ

大人なてぃ給り うふちゅなてぃたぼり

雨風の吹ちん渡るこの浮世 風かたかなとて 産子花咲かさ
あみかじぬふちんわたるくぬうちゆ かじかたかなとてぃ なしぐわはなさかさ イラヨーヘイ イラヨーホイ

イラヨー愛し思産子(かなしうみなしぐゎ) 泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー

天の光受けて ゆーいりよーや ヘイヨー ヘイヨー
てぃんぬふぃかりうきてぃ

高人なて給り
たかっちゅなてぃたぼり



天からの恵み受けて この地球に 生まれたる我が子 祈り込め育て イラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー愛し思産子

泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー

太陽の光受けて ゆういりよーや ヘイヨー ヘイヨー 健やかに育て

暑き夏の日は 涼風を送り 寒き冬来れば この胸に抱いて

イラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー愛し思産子 泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー 月の光浴びて

ゆういりよーや ヘイヨー ヘイヨー 健やかに眠れ

嵐吹きすさむ 渡るこの浮世 母の祈り込め 永遠の花咲かそ イラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー愛し思産子

泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー 天の光受けて

ゆういりよーや ヘイヨー ヘイヨー

天高く育てhttp://www.youtube.com/watch?v=AgTdVWIpjK4

http://www.youtube.com/watch?v=hllweXvYRv8

 

我肝沖縄

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2012年 4月19日(木)20時28分43秒
編集済
  沖縄タイムス ロングインタビュー 内田樹の研究室 http://blog.tatsuru.com/2012/04/13_1524.php

国際戦略とは「日米基軸」->地政学的イシューについては思考停止という事 (第二波の必要性) 原発震災をもってしても、瓦解しなかった防波堤

高度成長期に構築された国のシステムや価値観の劣化(老朽化)機能不全

国是、党是を最優先した基地行政(ベトナム特需から沖縄特需)潤う日本国<――――>福祉行政 民主主義

イデオロギーへの強い警戒心 「夜郎自大」

左翼学生―――>中央省庁&一流企業(帝國主義企業)に流入(過激派学生を取り込む) 革命戦士から経済戦士へ 修羅場を掻い潜って来た(革マルや元赤軍派)が敗戦後の日本の経済成長の牽引車となる。

カネが全てのワルで賢い原発推進派「自民党」「経済界」 推進派のズルくて悪賢い奴らだから、事故は起きない。 任せておけば大丈夫と見縊ったのが大きな間違い。

2012年を契機に、老朽化し機能不全に陥った、其の国の機能を回復させるのは、嘗ての学生運動に従事していた様な世代。

然し、高度経済成長を夢見ていた時代と、根本的に状況は急変して来ている。若い世代に何もかも委ねているだけの、余裕も時間も残されてはいない。

幾らテクノロジーが進化しようと、それを扱う人間が不完全である以上、ミス(事故)は付き纏う。巨大なものほど被害は拡大する。人災を最小限に留めるには記憶と記録しか無さそうだ。

悲惨な過去を掘り返す作業は、地中の頭蓋骨を掘り返す事に似ている。悲惨な体験をした者達は其れを封印する事で、其の傷を癒そうとするのかもしれない。

然し、悲惨な過去を忘却の彼方に追いやった所で、其れが無かった事には出来ない。遺骨を掘り起こす事で、逆鱗に触れる事もあるだろう。「余計な事しやがって」と、然し、其の作業も生きている者にしか出来ない事なのだ。

原発震災から1年が経過、海洋汚染を伴った核の爆発は更に深刻になる。敗戦から67年、米軍は未だに沖縄に居座り続けている。幾つかの跡地は返還されたものの、決して良い方向に向かっているとも想えない。

経済の振興が沖縄の救済策とは到底想えない。その辺のところ、うちなんちゅはどう考えているんだろうか。其れとも何も、感じないのか?。67年も経過してるしなぁ~。
 

NUCLEAR CRISIS

 投稿者:伊波普憂那門  投稿日:2012年 3月29日(木)23時46分57秒
編集済
  遊行する道中、石が邪魔して行く手を妨げて歩けない。然し、其れを除ける方法は幾らでも在る筈。回避すれば良い。其れも又、選択肢ではある。然し、其れが在り続ける事は危険を除去した事には為らない。誰かが、何とかしてくれる。無責任に根拠も無く「時間」が解決してくれると誰もが想って67年の時は流れ、愚衆は一時も、今も、惰眠を貪る事を怠り、怠る事は無かった。其の間にも奴等は、せっせと私腹を肥やして来た。気が付けば、子孫に残せる田畑も無く、明日の食にも困り果て、敗戦後の窮乏生活の実体験を強いられる始末。歴史は繰り返される。親が生きてきた時代、俺が生きる時代、子孫が生きてく時代。何が必要で何が要らないのかを問い詰めれば、今より少しだけ住み易く、生き甲斐を感じる事が出来るに違いない。

原罪を背負わずに、此の世に堕とされた者などいやしない。罪の軽い奴からさっさと上がる。

重罪を負う者程、長期の時間を与えられ、矯正する機会を伺う。原罪を償う煩わしさに疲れ、怠るから、ヒトは厚かましく長生きしてしまうのサ。

「核の爆発」は、ヒトをより人間ぽくしてしまった。

原子力安全神話は木っ端微塵に砕かれ、暴力装置の除去が重く圧し掛かった。其れを排除出来なかったら、間違い無く、世界は荒廃し、無秩序と化す。敗戦後の繁栄は、ヒトを更に凶暴に、凶悪へと退化させ、進化へと導く。

規範を示さなければならない大人がダメなのだから、生きる事が難しく、大~変に為ってしまった。(親子で殺し合い、モラルが喪失し、人道的でもなくなってしまった時代・・・受難)

敗戦後の過酷な過当競争で大人だって疲れてるノダ!。子供なんて構ってられるか!。って「メルトダウン」以前は、其れもアリだっただろう。然し、次の世代の禍根を排除しなければ、確実に種は途絶える。

死しては何も出来ない。無力である事を自覚するから、多くのヒト達は躍起になっている。

個人に降り係る不幸なら、一人で抱き締めてしまえばいい。然し、御先祖、親、兄弟、姉妹、幼児、友、他人(不可侵の)等々が、生き地獄を噛み締めなければならない理由はもう何処にも無い。

戦時下に國が戦争を遂行する為だけに、強引に通した国家総動員法に、時を戻してはならない。今の時代に生きる者の一人として、何かを、何一つとして残してはいない。唯、先人達が残した遺産を有り難いと感じ、のうのうと生きてるに過ぎない。

死後も、執拗に纏わり続ける親父殿、母への慙愧の念。俺にしか出来ない事、俺に課された業を清算する事でしか自らの魂の救済は叶わないのかと、問う間に陽は沈んでいった。

Re:就職難民 Twelve Y.O.

彼の地で就職を試みるも、男尊女卑の信仰色濃く、根深く残る其処では、職を得るに至らず、其の頑迷ともいえる因習を打ち砕いてくれるのは、最早、核の脅威しか可能としないのではないのか、とも想えて来る。勝つとか負けるとかの選択肢でしか生き残る事が叶わないとするなら、霊長類すらもクソ食らえであり、何も焼く事は無い。生のまま食らえばいいサ。

誰が云ったか、其の国はディズニーランドの様だ。ディズニーランドもボールパークも行った事無いが、其の街全体がスタジアムの様な活気を帯びている。(街の彼方此方から黄色い歓声が上がる)沖縄の、那覇の街のノスタルジックで勝ち負けでしか成立しない今の時代と比較すれば、退廃的ともとれる空気感とは明らかに異なる場に、俺は迷い込み彷徨っていた。

人為的に創られた其処は、明日には陽が昇れば、宴の後の様に再び静けさを取り戻す。明らかに何者かに縁って、作為的に、意図的に創られた仮設のものにしか過ぎない。其処にいれば、(身をおけば)生きる事に疑問符は付く事さえ無さそうだ。・・・(哲学の介在すら必要としないかの磁場でも発生してるのか?)現地のヒトと接触を持たなくとも、勝ち組とは対極ともいえる、呑まず、喰わず、買わず、妻帯者でもなく、子作りの煩わさに気を取られる訳でもなく、代価を支払う事を拒んで、半世紀も生きて来れば、否でも、五感は研ぎ澄まされ、毛穴から様々なものが情報として伝わって来るもの。

其の街の賑わいは思慮浅く、ア軽い街作りに貢献してる。泡沫で消費的な空虚な其処は、機能不全に陥った思考を停止させ、リセットする事を助けてくれるには、十二分な装置ではあった。(リプレイを可能にしてくれた!?)・・・・・が、少し高い治療費が痛かったが、後の祭り。

帝都でも、そうであった様に、彼の地でも、遜色なく若いおなご等はスラ――――っと手足は長く、モデルかの様な佇まいを醸し出すも、高価なパッケージで装うものの、箱の中は空気だけが充満してるだろなとの妄想が(ひたすらに)爆走する。・・・・・ものの、其れを大和言葉では「余計な御世話」と訳する。

日々、日本臭を放つ那覇(まちぐぁ~)の光景。うちな~口が絶滅危惧種の仲間入りを果そうとしている。然し、敗戦からマダ67年。其の日10歳なら77歳、20歳なら87歳、30歳でも97歳。日々、地元紙は百歳超えの爺、婆の訃報を伝える。民族固有の言語が絶滅の瀬戸際で崖っぷち。一陣の風吹くか、小指でそっと一押しすれば、藻屑と化す。

Re:伊波普猷

「私は、沖繩縣の救濟は、もつと根本的なものでなければならないと想つてゐる。即ち或時期の間特別會計若しくは、さういつたやうなものにして、島民の負擔をうんと軽くして貰はなければ駄目だと思つてゐる。さうしてその經濟生活がゆつくりなつた暁に琉球復活の曙光は現れて来るであろう。さうでない限り、如何に立派な教育方針も、如何に適切な産業政策も、徒に机上の空論に終るであろう。」

「・・・彼等は、自分の支配者階級以外の何者にも搾取されなかつた。4百年前の尚眞王時代には、其の生活はかなり豊富であつて、獨特の文化さへ發揮したのである。否今後とても住み心地のいゝ環境さへ興へられたら、再びさういつたやうな文化を發揮することが出來るに相違ない。」

「今もし琉球諸島に大震災があるとしたら、全國民は擧つて「琉球救済すべし」といつて、義捐金を集めるであろう。ところが徐々としてやつて來た琉球諸島の窮状は、餘り人の注意はひかないけれども、事實上震災以上の大災難であることを知つて貰はなければならぬ・・・。」

                                                             「沖縄よ何處へ」

此れが、中央集権が最も危惧する処であり、其の南方民族独特の文化を興し、發揮しようものなら、日米に縁って永く築き上げて来た覇道の軌跡は脆くも消え、権力者達の都合に縁って画かれたチグハグな絵図は意味を成さなくなる。然しながら、実際に其処に住むのは、非力で愚直で頑迷なうちなんちゅでしかなく、終の棲家としての機能を十分に果すものとは云いがたい。電気を送る線は分断され、蛇口からは水は出ず、床は心なしか、右へ、左へと傾き、隙間風が吹き、雨水が落ちる。

「も―――っ。こんな生活イヤッ!」

其れが、大和民族のみが享受する経済的優位性に対する、敗戦から永永と受け継がれて来た(大量殺戮部隊(兵器)との共生を強いられて来た土人)絶滅危惧種のトラウマである事は、「経済」を最優先する「選挙戦」で、毎回勝利する候補者が其の島での「お約束」となっている。・・・が、其れこそが「絶滅」足る所以であると認識する者は殆どいないといっていい。

本土決戦を食い止め、沖縄決戦で終止符を打ったかに、見えた「うちなんちゅ絶滅最終決戦」は未だ継続中であり、「軍事戦略」としては、他に比類する事例が少数でしかない事からも、其の戦略が如何に完成されたモノで在るかを物語っている。

政治に無関心な俺でも、解る事が一つだけある。少なくとも中央の為政者で、在沖基地問題に対し、提案し、其れを実行、実現しようとする者はいない。(皆無)今後、米は毒だから、メタボ対策にパンを主食としよう。飽くまで俺中心であり、他を利する事を本意としない。・・・・・・・・。そういう時代に為ったという事だろう。
 

一殺多生(一人一殺)VS一生多殺

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2011年12月31日(土)18時46分13秒
編集済
  最低な琉球新報のチンピラ記者 白雲去来 12月6日(火)曇り

沖縄の防衛局長が更迭された。何でも歴代の防衛大臣の中で最もレベルの低い一川防衛相が環境アセスメント評価書の提出時期を明言しないことについて、「これから犯す前に、犯しますよと言いますか」としゃべったことで叩かれた。

考えてみれば、いい大人が酒の席で話しに、何も目くじらを立てるほどの事ではない。昔から日本人は酒の上での出来事は大目に見てやったものだ。オフレコの居酒屋で一緒にいて、これをスッパ抜いたのが、反日で名高い「琉球新報」のアホ記者だそうだ。コイツには仁義とか筋とか言う、男の機微と言うものが分からない、嫌な性格の奴に違いあるまい。

もし、その時の居酒屋のオフレコの会合、飲み会が、田中防衛局長の奢りで、そのアホ記者が一銭も出さずにいたとしたら、こんな奴を使っている野郎の顔が見たいものだ。男同志の話を、鬼の首を取ったような感覚で記事にする。そんなことをしていて楽しいのか。ろくなもんじゃネェ-な。こじきと一緒じゃないか。こんな野郎が記者がいる新聞が、近くになかったのが幸いだ。

夜は、恒例の蜷川会を開催。友人と二軒転戦して帰宅。飲み屋での会話は、決して家庭にはもとより、他人には話さないものだ。それに比べて、あのバカ記者は、指でもつめて田中防衛局長に謝りの行ってみろ。まあそんな根性がないから、人の揚げ足をとって得意になっているんだろうなぁ。いやだ、いやだ。チクリ野郎が一人前の記者面してるのだから世も末だ。


Re:「最低な琉球新報のチンピラ記者」に対して、筆者蜷川正大氏への電信

初めまして、沖縄県那覇市在住のチンピラです。上記の貴殿の文章の内容、看過出来なくて、敢えてこの様なメールを送ります。

貴殿も右翼の端くれで在るなら、沖縄島の戦後史を知らぬ筈は無いと想いますが、如何でしょうか?。

恐らく、寄る年波に勝てず、口は出しても、手は出さない。出せないのが現状かとお察し致します。かといって、何でも無責任に唾を吐く行為が許される道理も無いと想いますが、如何なものでしょうか?。

酒を日常的に嗜むアル中の戯言と、スルー出来る内容と出来ない内容があります。吐いた唾は飲み込めません。地元紙に、琉球新報、沖縄タイムスの2紙があり、その両紙を読んだ上で、その様な唾を吐いたのであるなら、私は「この豚野郎、一昨日きやがれ」としか言いようの無い憤りを覚える。

こうして書けば書く程、ふつふつと怒りがこみ上げて仕方ないので、此れくらいにしたいが、最後に、他人の事とやかく言う暇があったら、自らの生き様を問い直すべきではないかと、想いますが如何でしょうか?。

貴殿のその顔は、抑圧され、病んでいるかの様にも見て取れ、恐らく不摂生で、弛んだ其の身体は、決して美しくない事を、十分に自覚されるべきではないでしょうか?。

此れが、民族派の成れの果てと理解しても宜しいですか?。

参考までに、小生の駄文掲示板「琉專球布」 TwitterではREQUIOSMAN 其の文責は私に在ります。

因みに小生、チンピラでアホでチクリ野郎です。・・・・・ので、Twitter等で、貴殿の其の一文は拡散します。ご了承下さい。 098-783-7564 玉城喜一 2011/12/09 02:43


琉球新報 紙面批評 「権力監視の役割は果す」 知念ウシ 2011/12/10

「辺野古移設を不可能にされて、15年間も守れない約束で米国に頭を下げ続け、そして沖縄は思い通りにできない。そういう無力な『権力者』が「今にみていろ」と思い描くファンタジーが、あの比喩だったのか」「沖縄のマスコミと世論は鳩山由紀夫前日本首相、ケビン・メア元米国務省日本部長、田中前日本防衛省沖縄防衛局長をクビにしてきた。日本を侮辱する米政治家や外交官などを日本(本土)のマスコミと世論がクビにしたことがあるのか」


琉球新報 メディア時評 オフレコ取材考 「報道するのが原則」 秘匿は読者への裏切り

「・・・新聞協会の見解を引いて、政治家との信義を破ることは、ジャーナリストとしての倫理違反であると社説で琉球新報の対応を批判する。要するに、オフレコを前提とした酒宴の発言を、そのまま記事化しては当事者との信義はもとより、取材先一般との信頼関係をも壊すことになり、報道会全体に悪い影響を与えかねないのであって、報道すべきではなかったという考え方がある」  「・・・いわば赤提灯での世間話や愚痴話のレベルとは決定的に異なるのであって、二人の間での私的会話を一方的に暴露したのとは異なるとの認識が必要である」


琉球新報 識者評論 「防衛相問責決議」 対米配慮だけの現政権  単なる失言、不勉強ではない 孫崎享 (元外務省国際情報局長)2011/12/10(土)

「・・・そもそも在日米軍基地問題は、本土は沖縄に依存しすぎている。今日、米軍専用施設の75%が沖縄に集中、沖縄の犠牲の上に今日の日米安保体制が構築されているともいえる」

「海兵隊は緊急展開部隊で必ずしも沖縄にいなくてよい。日本は米軍駐留経費の75%を負担しており、横須賀、佐世保、三沢、横田など重要基地もある。海兵隊が沖縄を去っても本来の日米関係は崩れない。沖縄県民の意志を踏まえ、普天間問題を日米間で再協議すべきだ。できないのにできるふりをするのは、もう止め時だ。」


沖縄本島の米軍基地占有面積 在日米軍施設・区域(専用施設)の面積の約74%が沖縄集中 県面積の約10% 沖縄本島の約18%を占める。2009年度版 防衛白書(防衛省編纂)

沖縄の面積2273平方キロ 全国47都道府県中44番目 日本の国土に占める比率は0.6% 在沖米軍基地75% 総面積は沖縄の10% 沖縄本島だけ19% 嘉手納町83% 金武町59% 北谷町56% 宜野座村51% 読谷村45% 沖縄市36% 宜野湾市33% 在沖米軍基地に在日米軍約41,000人のうち63% 26,000人が駐留


37施設・約235平方㎞の在日米軍施設 日本全体の米軍専用施設・区域面積の75%


在沖米軍施設占有面積 復帰直前353k㎡ 1972/05 278k㎡ 80年度末 249k㎡ 90年度末 242k㎡ 2007/01 229k㎡
 

琉球と謂う名の幻想 美ら島と嘯く現実

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2011年12月13日(火)06時02分49秒
編集済
  10月〇日、今年も残す所、後60余日と為った。「琉球諸語の復興を目指して―――スペイン・アメリカの少数言語復興から学ぶ―――沖縄大学1号館601教室

予てより切望していた比嘉光龍との御対面。やはりフィルターを通して見るのと、生とでは雲泥の差が有る。日本人離れした其の風貌は、淀んだその場の空気を一掃してくれる。

未だ初だったアノ頃の俺は、毎週、日曜日の朝は、TVに映し出されるうちなー口の演劇を解らないながらも、楽しんでいた気がする。其の影響も在ってか、同級生が操るうちな~口は尾籠で下品で厭らしさを感じさせるもので、とても彼等と同調し、同じうちなー口を喋る気にはなれなかった。・・・ものの、日常として当然の事ながら、両親や周りの大人達は、流暢なうちな~口で話しかけてくれたりと、訊く分には何の不自由は感じなかった。

同日の内容を要約。ふぃじゃ ばいろん しぇんしぇいのBlogより無断転載。

スペイン・カタルーニャ イギリスではイングランド 国の中の小国家の存在 小国家の存在は、欧米では当たり前に為っている。

「今の時代に、独立運動うんぬんというのは、かなり体力の要る大変な行為だといえましょう」ん~。流石、ばいろんしぇんしぇい。解ってらっしゃる!。

うちな~口に止まらず、共通言語の特質すべき点は、コミュニケーション(としてのツール) 論理(の構築) アイデンティティ(の確立)を成立させる役割を併せ持っているそうだ。「んっ!?。アイデンチチーの確立って?。男なら♂、女なら♀としての定義を確認する作業なのか?。人間って面倒臭い生き物だな。」

外に向かっては、大和口とEnglish 内にはうちなー口。多重言語を駆使しなければならないとは、何とも忙しい、急がない島の事情(笑)wwwwww。書いてて、何故か滅茶苦茶に一人で大うけ。

やはり、一月以上も放っておくと文字も塵と化し大気とともに、蒸発してしまうものらしい。「満足のいく内容にはならないナ」沖縄上陸後、初の投稿までに7ヶ月経過、Twitterばかりやってないで、こまめに更新せねば。少しだけ真面目になろう。否、なってみよう!。

                                                                   御粗末

Re:琉球と謂う名の幻想 美ら島と嘯く現実 伊波普憂那門

上記の彼が、喪失感に支配されるのも又、必然と言えば必然とも云えるだろう。当然と言えば当然とも謂える。其れは、沖縄の家屋の形状も大きく関わっている様にも想える。

古来の沖縄家屋は方形(ピラミッド型) 方形は気を集める力が強く、脳を活性化するというのが風水の鑑定であるが、波動測定も此れを裏付けている。瞑想したり、脳の病気の人の治療には良いが、発展力や家運の数値は低いので、一般的には住居や仕事場には向かない。

陸屋根は、真っ平らのため気が流れない。そのため、風水では活気を生まない構造で発展力の無い家と鑑定している。波動測定においても、家運、発展力、財運、出世運が非常に低くなっており、風水の鑑定と一致する。

脳全体や親子関係の数値も低く、全体に良くない構造であることがわかる。陸屋根の建物は、ビルやマンション、病院、学校などに多く、特に病院や学校が陸屋根だと気が流れない為良くない。

現在、沖縄の多くの家屋は陸屋根が主流に成りつつあり、敗戦から今日までの停滞の長期化を余儀無くしているのも、その辺の事も少なからず、悪影響していると捉えても良さそうだ。

沖縄の今後を見据えるならば、ピラミッド型や、陸屋根以外の形状の家屋を求めた方が、沖縄の未来を左右するきっかけ(Turning point)に為るやも知れない・・・かも?。
                         詳しくは「波動の最前線」著者 深野一幸まで
 

戦争に対抗する手段

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2011年10月11日(火)04時47分21秒
編集済
  対抗手段①「法則」を知っている。

其れでは、戦争プロパガンダに対して、私達はどの様に対抗すればいいのだろうか。戦争から日用品の広告に至るまで、ありとあらゆる領域で行われるプロパガンダ、情報操作に対して、私達はどの様な心構えでいたらいいのだろうか。

先ず、「10の法則」にある様なプロパガンダの法則を知っている、という事が大切だ。プロパガンダが、「此れはプロパガンダだ」と分かる形で行われる事は無い。密かに頭の中に忍び込む様に行われる。したがって、耳寄りな情報を聞いた時に、丸ごと信じ込む事はしないで、自分なりにチェックした方がいい。法則はチェックする時の手掛かりになる。少々品の無い例えであるが、ドロボーの手口を知っていれば対策が立て易い。少々古めかしい表現であるが、「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」である。例えば、法則の⑩に「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」とある。対外的な緊張が高まる時に、反対する者を「非国民だ」とか「愛国心が無いのか」と非難する声が高まる。選挙の様な政治的な戦いの時も、反対する者は「改革に対する抵抗勢力だ」と一括りにして押し切る。

法則⑩を知っていれば、この様に「敵」を非難する方法は、プロパガンダの定法である事が分かる。そんな視点で情報をチェックする事で、簡単に乗せられて後悔する愚を避ける事が出来る。法則を知っている事は、謂わばプロパガンダに対抗する為の、自分自身の関所を持っている様なものだ。

然し、ただ法則の文言を知っている、というだけでは些か心許無い。知っていると、理解していると、納得して理解している、とでは違う。つまり、裏付けとなる歴史上の出来事に付いての知識が無いと、あまり実際の役には立たない。私達日本人は他の国々の国民に比べて、客観的に見て自国の歴史に知識に乏しい。特に明治時代から現在までの近代史、現代史をきちんと学んでいない。この期間に、日本は3回の戦争を経験した。3回の戦争で行われたプロパガンダには、此処では詳しく触れないが、「10の法則」に当てはまる史実に溢れている。明治以降の歴史を集中的に学ぶ。一度は挑戦して良い事だと思う。

対抗手段②数字と予測は不確実

統計資料のデータ、数字は重要だ。インターネットを利用すると、多くのデータを手軽に入手できる。便利な時代の恩恵を存分に利用してゆくのは良い事だ。例えば、戦争では武器弾薬、物資の輸送する為に自動車が不可欠だが、対米戦争を始める前の日本の自動車生産量はアメリカの数百分の一に過ぎなかったという。自動車は技術水準、工業生産力の水準を物語る。其の差を冷静に判断すれば、「日本兵は勇敢だ」、「成せば成る」、「神風が吹く」とか、実体のない精神主義で無謀な対米戦争に突入する選択肢はなかっただろう。

「10の法則」の①と②に有る様に、「我々は戦争をしたくない」、「しかし、敵側が一方的に戦争を望んだ」ので止むを得ずに開戦したなど、まるで戦争は人智を超えた宿命であるかの様に主張する人がいる。本当は、宿命ではなく選択の結果である。敗戦は、精神主義で判断を誤った選択をした結末なのである。

然し、統計データは大切だが、同時に統計とは不確実なものという事も、また大切なポイントだ。統計の数字は、かなり意図的に変える事が出来るからである。

東京都足立区は小学校で独自の学力テストを行っている。この7月、区内の或る小学校で、校長の指示により平均点を下げる障害児の成績をテスト成績の集計から除外した事が発覚した。其の小学校の成績は、2005年度、区内72校中44位だったのが、除外する事で2006年度は目出度く第1位になったそうである。

本来の狙いは別として、テストの結果から学校間の序列が明らかになる。学校の当事者としては、成績が悪ければ良くない学校、ひいては無能力な教師のいる学校とみなされ、予算配分にも影響が出るかもしれないと考える。競争が強調される社会になってきただけに、この懸念は頷ける。それにしてもオソマツな事件といえるが、この例の様に、統計の数字は一般的には操作可能なものであり、一面の真実を示してはいるが、見方を変えれば不確実なものなのである。

コンピューターによる予測となると尚更である。使用する変数を変える事で予測結果は如何様にも左右出来る。という事は、予測する当事者にとって望ましい結果を得る事が出来る訳だ。下請けの会社は顧客の希望に合わせた「予測」を提供する事で利益を上げられる。更に、スーパーコンピューターによる予測、というと、殆ど神様の指し示す未来の様に思われがちだが、実際は違う。カタカナの数が増える程権威が増す様な錯覚があるが、出てくる結果は其の分、曖昧と見て良い。統計や予測の数字は、尤もらしいが、実はかなり意図的で不確実と知っていた方が良い。

対抗手段③多様な側面から考える

プロパガンダは慨して一つの側面を殊更に強調する。単純化して、出来る限りワンフレーズに絞込み、繰り返す。此れに対抗するには、複雑だし分かりにくい弱点があるものの、物事を多様な側面から見る事である。大体人間社会の事柄で、単純な事など有り得ない。人間の数だけ意見があり、利害関係が入り組んでいるからだ。

少なくとも6つくらいの側面から考えてみたい。「10の法則」の④は「我々は領土や覇権の為ではなく、偉大な使命の為に戦う」此れは政治的側面を強調しているに過ぎない。例えば、経済的側面から、イラク戦争を見れば、経済社会を支えるエネルギー源の、其の中心である石油資源の利権確保が透けて見えてくる。

科学技術の側面を無視できない。戦場で使用されるステルス攻撃機から偵察衛星、兵士が暗闇に潜む敵を見つけられるという赤外線暗視装置に至るまで、軍事科学技術の枠が駆使されている。技術テストの場、高価な製品を大量消費する事から、戦争の経済効果、は無視できない。其れを歓迎する者がいる。

国際的側面がある。国際世論を作る為のメディア対策としての側面がある。多国籍の同盟軍を構成する為に欠かせない理由付けである。環境影響がある。戦争は最大の環境破壊である。勝利する事が最優先だから、大気汚染、水汚染、大地の汚染劣化ウラン弾に因る放射能汚染・・・など、長期間に亘って多数の人命と健康、自然の生態系を損なう。

不通の人々の立場、という側面もある。連日の様に、市街地で行われる戦争で、無防備の市民が犠牲になったというニュースが伝えられている。この現実に対しては、政治プロパガンダは殆ど説得力を持たない。

政治、経済、科学技術、環境、国際関係、普通の人々。少なくともこの様な6つの側面から考えてみれば、プロパガンダというような「正義」の危うさが良く分かる。

防衛省の初代大臣であった久間章生防衛相が、「原爆投下はしようがない」という信じられない発言をして、辞任に追い込まれた。アメリカがソ連をけん制する為に原爆投下したという説に基づく発言だったらしいが、それにしても原爆投下に関する多くの側面の中の一側面の、其の又一部に過ぎない説を元に発言するセンスには、あきれる他は無いアメリカの代弁をしたのだったら、事アメリカに関する限り思考停止状態に有る事を明らかにしたと謂える。

対抗手段④選挙にはきちんと参加する

普段からトレーニングしていないと、イザという時、力が出ないのは、プロパガンダに対抗する時も同じである。どうしたら「普段の練習」が出来るだろうか。其の一番いい機会は、選挙である。選挙になると、政党や候補者がマニフェストを発表する。具体的な政策を数値目標を掲げて選挙民に示す趣旨である。項目を並べただけの内容的には不十分なマニフェストがまだ残るが、次第に定着して来た様だ。

マニフェストは、或る種のプロパガンダである。そこで、内容を自分なりにチェックして、本当の所実現可能な政策なのか、単なる票目当ての美辞麗句なのか。真偽を自分なりに考えてみる材料として、大変都合が良い。又、新聞紙上の候補者や政党の広告には、推薦人として有名人が名を連ねている。「10の法則」の⑧、「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」を実行している事が分かる。私達は、候補者の政見放送や選挙公報、ポスターを見て考えて投票する訳だが、投票する前に候補者をきちんとチェックする事は、プロパガンダに対抗する上で、最も効果的で実利的なトレーニングになる。

一人で結論を出すのが手に余る時には、他の人に意見を聞く、討論する事が大切だ。其の時、「他の人」が信頼できる人である事が重要で、自分なりに信頼できる人を見つけておく事にも気を配りたい。

抑、情報とは、人間が発するものである。或る対象に付いて、人間が五感を通じて得た感覚を主に言語にして伝えるものが「情報」である。したがって、情報には常に人間が絡んでいる。つまり、送り手の脳細胞が記憶や推理を駆使して意味付けをしたものが情報で、受け手は其れを受け取っているのである。其処で、送り手が信頼できるかどうか。其れが決定的である。信頼できる人が、直接の知り合いであれば言うことは無い。著書、TV、新聞紙等、メディアを通じても、アンテナさえ張っておけば信頼できる人を見つける事は出来る。好奇心を忘れない精神の若さと、アンテナに錆が出ない様に繕っておくメンテナンスが大切、という事である。

対抗手段⑤やはり、「知は力なり」

イギリスの政治家で哲学者だったフランシス・ベーコン(1561~1626)は、「知は力なり」という名言を残した。当時とは時代背景が違うし、意味する内容も異なるが、それでも現代に通用する言葉である。プロパガンダに対抗する為の最も有力なパワーは、やはり「知は力なり」なのだ。

謂うまでも無い事だが、「知」を身に付けるのは学校教育だけではない。およそ常識と考えられる事は総て「知」といってよい。その意味では、豊な常識を持つ様努める事に、日頃から焦らず弛まず「知」を積み上げる様努める事に、此れで十分という終着点はない。長寿命の時代だが、それでも生涯の努力目標といってよいだろう。

更に付け加えれば、「知」の原点とも言えるが、自分が最も大切にする価値観も大切に思う。

例えば、コスタリカの人々の様に、多様性の尊重という価値観を持つ事は素晴らしいと思う。生物の多様性から文化の多様性まで、一人一人の生命、個性を大切にする社会は、プロパガンダに対する免疫力、防衛力にある社会である。

私といえば、未来社会の代理人でありたいと努める事を、私の価値観として生きたいと思う。小出五郎                            08/15 11:27


                 科学ジャーナリストの5656報告からの転載 了解済み                       10/05 21:47

Re:Weeping in the Rain  伊波普憂那門

又、偉大な先達が逝く。今夜激しく雨が降っているようだ。亡父も嗜好した酒、ジョージさんは本と酒を友とした。敬愛する彼等を回向する為に酒を呑み、限られた時の中で書を携え、俺は何処へ行く。http://www.youtube.com/watch?v=rQVNODo8tYU
 

猛暑御見舞い申し上げます

 投稿者:Severn Cullis Suzuki  投稿日:2011年 9月29日(木)03時14分30秒
編集済
  コニチワ、セヴァン・スズキです。エコを代表してお話しします。エコというのは、子供環境運動「エヴァイロンメンタル・チルドレンズ・オーガニゼーション」の略です。カナダの12歳から13歳の子供達の集まりで、今の世界を変える為にがんばっています。貴方方、大人達にも、是非生き方を変えて頂く様お願いする為に、自分達で費用を貯めて、カナダからブラジルまで、1万キロの旅をして来ました。今日の私の話には、ウラもオモテもありません。何故かって、私が環境運動をしているのは、私自身の未来の為、自分の未来を失う事は、選挙で負けたり、株で損したりするのとは、訳が違うんですから、私が此処に立って話しをしているのは、未来に生きる子供達の為です。世界中の飢えに苦しむ子供達の為です。そして、もう行く所もなく、死に絶えようとしている無数の動物達の為です。太陽の下に出るのが、私は恐い。オゾン層に穴が開いたから、呼吸をする事さえ恐い。空気にどんな毒が入っているかもしれないから。父とよく、バンクーバーで釣りをしたものです。数年前に体中、癌で侵された魚に出会うまで、そして今、動物や植物が、毎日の様に、絶滅していくのを、私達は耳にします。それらはもう、永遠に戻ってはこないんです。私の世代には、夢があります。何時か野生の動物達の群れや、沢山の鳥や蝶が舞うジャングルを見る事です。でも私達の子供達の世代は、もうそんな事を待つ事も出来なくなるのではないか?。

貴方方は、私ぐらいの歳の時に、そんな事を心配した事がありますか?。こんな大変な事が、もの凄い勢いで、起こっているのに、私達人間ときたら、まるで、未だマダ余裕が在る様な、呑気な顔をしています。マダ子供の私には、この危機を救うのに、何をしたらいいのか、はっきり解りません。でも、貴方方大人にも、知って欲しいんです。貴方方も、良い解決法なんて持っていないって事を。オゾン層に開いた穴を、どうやって防ぐのか。貴方は知らないでしょう。死んだ河に、どうやって鯉を呼び戻すのか。貴方は知らないでしょう。絶滅した動物をどうやって、生き返らせるのか。貴方は知らないでしょう。そして、今や砂漠になってしまった場所に、どうやって森を蘇らせるのか。貴方は知らないでしょう。どうやって直すのか、解らないものを壊し続けるのはもう止めてください。此処では貴方方は、政治とか、企業とか、団体とかの代表でしょう。或いは、報道関係者か、政治家かもしれない。でも本当は、貴方方も、誰かの母親であり、父親であり、姉妹であり、兄弟であり、叔母であり叔父なんです。

そして、貴方方の誰もが、誰かの子供なんです。私はマダ子供ですが、此処にいる私達皆が、同じ大きな家族の一員である事を知っています。そうです。50億以上の人間から成る大家族。イイエ、実は3千万種類の生物から為る大家族です。国境や各国の政府が、どんなに私達を分け隔てようとしても、この事は変えようがありません。

私は子供ですが、皆がこの大家族の一員であり、一つの目標に向けて、心を一つにして、行動しなければならない事を知っています。私は怒っています。でも、自分を見失ってはいけません。私は恐い。でも、自分の気持ちを、世界中に伝える事を私は恐れません。私の国での無駄使いは、大変なものです。買っては棄て、又買っては捨てています。それでも、物を消費し続ける北の国々では、南の国々と富を分かち合おうとはしません。物が余り余っているのに、私達は自分の富を、ほんの少しでも手放すのが恐いんです。

カナダの私達は、十分な食物と、水と、住まいを持つ恵まれた生活をしています。時計、自転車、コンピューター、TV、私達の持っている物を数え上げたら、何日も掛かる事でしょう。2日前、此処ブラジルで、家の無いストリート・チルドレンと出会い、私達はショックを受けました。

一人の子供が私達にこう謂いました。

「僕が金持ちだったらなぁ~。モシそうなら、家の無い子総てに、食べ物と、着る物と、薬と住む場所と、優しさと愛情をあげるのに」

家も何も無い一人の子供が、分かち合う事を考えているというのに、総てを持っている私達が、こんなに欲が深いのは、一体、如何してなんでしょう。これ等の恵まれない子供達が、私と同じ位の歳だと云う事が、私の頭を離れません。何処に生まれ付いたのかに縁って、こんなにも人生が、違ってしまう。私がリオの貧民窟に住む子供の一人だったかもしれないんです。ソマリアの飢えた子供だったかも、中東の戦争で犠牲になるか、インドで乞食をしてたかもしれないんです。

私はマダ子供だけど、この事を知っています。モシ、戦争の為に使われているお金を全部、貧しさと環境問題を解決する為に使えば、この地球は素晴らしい☆になるでしょう。学校で、否、幼稚園でさえ、貴方方大人は、私達に世の中で、どう振舞うかを教えてくれます。

例えば、

・争いをしない事
・話し合いで解決する事
・他人を尊重する事
・散らかしたら自分で片付ける事
・他の生き物を無闇に傷付けない事
・分かち合う事
・そして欲張らない事

ならば何故、貴方方は、私達にするなと云う事をしているんですか!。何故、貴方方が、こうした会議に出席しているのか。どうか忘れないで下さい。

そして、一体誰の為にやっているのか。其れは貴方方の子供、ツマリ私達の為なんです。貴方方は、こうした会議で、私達がどんな世界に育ち、生きて行くかを決めているんです。親達はよく「大丈夫、総て上手くいくよ」といって、子供達を慰めるものです。或いは、「出来るだけの事はしてるから」とか、「この世の終わりじゃあるまいし」とか、然し、大人達は、もうこんな慰めの言葉さえ、使う事が出来なくなっている様です。

                    お訊きしますが、私達子供の未来を、真剣に考えた事がありますか?

父は何時も、私に不言実行。つまり、何を謂うかではなく、何をするかで、其の人の値打ちが決まると言います。然し、貴方方大人がやっている事のせいで、私達は泣いています。貴方方は、何時も私達を愛しているといいます。然し、私は言わせて貰いたい。モシ、其の言葉が本当なら、どうか、本当だと云う事を行動で示して下さい。

最後まで、私の話を聴いて下さって有り難う御座いました。

                             Rio de janeiro-June 1992
                                                                                                                         2010/08/12 03:15:57

http://www.youtube.com/watch?v=xPx5r35Aymc&feature=related

 

元気な日本を復活させる

 投稿者:REQUIOS Y.O.  投稿日:2011年 9月28日(水)09時42分42秒
編集済
  ・・・・・・っていってる直人が一番元気ないじゃん(^∀^)

どんな事だって終わりはある。どんな終わり方をするかだ。by 緒方拳

草刈正雄はワシントンDCから南極まで歩いた。菅首相はこの難局を徒歩で、何処まで歩けるのだろうか?。草刈正雄程歩けないだろうナ。歳だし。果たして、その重責で体力使い果たしてしまい、四国巡礼の旅を再開できるのだろうか。それとも、四国八十八ヶ所巡礼の御遍路を再開する為に、この人も又、投げ出すのだろうか。
                                                                                         2010/07/30 23:16:34

Re:This is Ryukyu DETERRENT Power  Twelve Y.O.

http://www.youtube.com/watch?v=V-5SVkgRTVs

Ouch!  http://www.youtube.com/watch?v=pB7gnB31NnI&fefture=related

http://www.youtube.com/watch?v=a86cQobU-n4&feature=related
                                                                                                                         2010/08/20 23:59:29
 

行く河の流れは絶えずして しかも もとの水にあらず

 投稿者:伊波普憂那門  投稿日:2011年 9月28日(水)08時12分8秒
編集済
  よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある人と栖と、またかくの如し。

玉敷の都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き・賎しき人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家は希なり。或は去年焼けて、今年造れり。或は、大家亡びて、小家となる。

住む人もこれに同じ 所も変わらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二,三十人が中に、わづかに一人、二人なり。

朝に死に、夕に生るる習ひ(ただ)、水の泡にぞ似たりける。

知らず、生まれ・死ぬる人、何方より来りて、何方へか去る。また知らず、仮の宿り、誰が為にか、心を悩まし、何によりてか、目を悦ばしむる。

その主と梄と無常を争ふさま、言はば、朝顔の露に異ならず。或は、露落ちて、花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。或は、花しぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、夕を待つことなし。

                                                                                                                          2010/07/16 22:21:25
 

Twelve Twitter

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2011年 9月25日(日)21時19分23秒
編集済
  ①言論の自由とは、市井の衆愚にしか許されていない特権であり、其れを「国家権力」を握った偽善者である処の為政者に許してしまうと、無機質で内実伴わない、机上にすら置けない空論をも、既成化させてしまう始末。で、あるから、奴等に「言論の自由」等到底許される筈も無く、偽善者(為政者)から行為者。即ち、現状への回復から更なる飛躍。核武装(覇道)洋で行くのか、武装解除(王道)和で行くのかの二つに一つしか選択の余地は無い。敗戦から既に65年を経ている。武力を発動したのは、この国だけに止まらないのに、敗戦処理に未だ終止符を打とうとさえしない。日米軍事同盟の存続は、「武力行使」「抑止力」の肯定。国家権力は(上からの介入)は認めても、在民主権(下からの権利)は認めないコノ不条理。「トラスト・ミー」「駐留なき日米安保」を謳えば、敵艦(菅)に撃沈された零戦の宿命を辿り、好戦的な平和賞(Peace Medal)を授与された軍事帝国の若き指導者と融合すれば、民意の略奪(掌握)に大敗北を帰するしかない。「敗軍の将は以て勇を謂うべからず」

今回の参院選程、この國の凋落ブリを象徴するものはなく、他のどれとも比較するものは無かった。こいづみさんちのボンはさて置き、これ程に、醜悪で、品行下劣としか云い様の無い、愚民を巻き込んでの愚弄した劇場型のチキンゲームも初めて・・・でもないか!。それにしても、酷いとしか云い様が無い。元野球選手に柔道家、歌手、元アイドルに銀メダリスト、タレント、俳優、プロレスラーに官僚、発明家、珈琲ショップのオーナー。果ては、元首相の愚弟の愚息まで登場。行く付く先にはポチすら当選。(当選オメデト――☆)マック赤坂ってジャンクフードの赤坂店の店長さんかと思いきや、(美容家&実業家)<子供店長は今回出馬を見合わせた様だナ>

こうなると、弥が上にも、アノお方の言葉が蘇って来る。「此処に参集の皆さんでも、政権を取ることの出来る国はごまんとあるんですよ」と、其のお方とは、嘗て、枡添さんの盟友「栗本慎一郎」

惜しいかな。日本国では、権力の座を射止める事が叶わなかったものの、未開の発展途上国でなら、存分に其の能力を発揮出来る筈の先生方が、多数列を為している。中には連敗の兵すらいる。インターネットの発達した今だからこそ、其の余りある能力を尽力できる処を、見極めて頂きたいと切に願う。そして世界人類の平和を実現して頂きたい・・・と、想ったのサ。

②最早、フェンスの中で起こっている事は、俺にとって了解済みの案件でしかない。(・・米軍基地問題をどう解決するか、どう向き合うかは、次の世代の課題として残るだけだ。)「沖縄に新たに米軍基地をリニューアルオープンしたい」Okey!。「原子力発電所をもっともつと増設したい」 核開発を更に促進し、核超大国である米国と、唯一、軍事協定を結ぶ国家として、其の武力を誇示し、支え合って行くには、技術を極めていく事こそが、我が国に求められている、重大な責務としての自覚と共に、資源の乏しい国であるが故に、「日米軍事同盟」の名の下に、核の開発を推し進め、核保有国として、唯一の「被爆国」として、「核の抑止力」をより明確にする。片務的とも云われ続けている同盟関係に、終止符を打ち、均等にするに及び、必要不可欠な国是との理解を、国民から得る為にも、「ヒバクシャ」を産出した、唯一の先進国として、今一度、「核」への原点に回帰する事こそが、「戦争放棄」した敗戦国。平和を希求する国家である事を、万人に知らしめ、「核武装」こそが「平和憲法」の名の下に、「九条」を尊守するものであり、其の「中核」を為すものである。其れは、今、正に近代「日本」に求められるべき、国家理念である・・・・ならOK!。

「核」無き世界戦略。USA以外の国に「核」の保有を許さない。USAを除けば、確かに、世界から「核」は消えたかに見える。そんな子供騙しの手法が、一体何時まで通用するものか。

※興南が勝ち続けている。然し、未だ夏の深紅の優勝旗は、南の海を渡ってはいない。何故だ!。今こそ優勝旗を武器に、国家権力の息の根を止めてしまえ!。何時までも待たせるな。今回、優勝を逃したら、私は腹を切るつもりだと、監督が球児を脅せば済む様にも想えるが・・・・高がボール☆ゲーム。スポーツマンに其処までの覚悟を求めるのも可哀想すぎるか!。ならば、スポーツマンシップに則って楽しく行こ――ぜ!。

                         ③祝@興南高校優勝・夏初全国制覇

8・15直後の沖縄勢の高校野球の優勝。この日を、どれだけ多くのうちなんちゅが待ち焦がれていた事だろう。然し、一夜明けスポーツ誌を広げ、ふと、冷静に考えてみれば、矢張り、納得のいかない事ばかりだ!。藍は6月に全米制覇を果たし、世界ランキング1位を獲得した。藍に限らず、ピンで活躍しているうちなんちゅは、少なからずいる。ガキの癖に、子供作ったり、酒呑んで暴れたり、国際通りを仮装行列したり・・・等々は率先してやる癖に、大の男9人も揃っていながら、何故、今日まで夏の高校野球を制覇出来なかったんだ。腑に落ちない。閑話休題。首里高校の初戦敗退から52年。沖縄水産の第72回、73回準優勝から7年。其の沖縄水産高校野球部を率いた、裁弘義監督の逝去から3年。やっとやつとの大願成就。

取り敢えず、第一回目の夏の全国大会の優勝。ハテさて今後、後、何回其の快挙を、勇姿を、球児達は見せてくれるのだろうか!。選抜メンバーの殆どが3年生。来年、興南の活躍は期待できない!?。

4月、水木洋子邸を訪ねた際、彼女の残したメモの中に、今後、活躍が期待される作家の一人に「井上ひさし」の名があった。市川市吉澤ガーデンギャラリーで「米原万里展」を拝見。其の後、彼女の実妹が、井上氏の伴侶である事を知った、其れから、米原万里の著者を、何冊か読み始め、其のどれもが傑作揃い。本を読んでいて、こんなに笑えたのも初めての体験。そもそもの発端は、「米原万里展」のチラシ。彼女の横顔を移した画は、何時見ても矢張り、リバウンドした中村江里子にしか見えない。(・・・のは、俺だけだナ)

エ勝手リーナ様御降臨か!。との、想いも儘あるも定かではない。・・・が、興南高校の活躍をTVで見るに付け、其れは確信へと繋がる。「ああ 南海の 空晴れて 学び舎高く 聳え立つ 若き希望の 眉あげて 真理(万里)の道を たずねゆく われら興南高校に 高邁自主の鐘が鳴る」ソシテ、興南高校野球部を率いた我喜屋 優監督の奥さんの名が「万里」

生前、万里さんが、田丸・シモネッタ(Simonetta d,Oggi)公美子さんに残した言葉。「ずっと書き続けるのよ。何時か出口が見えてくるから」其れが何を意味するものなのか。鎌倉のデブチンが何を云わんとしたのか。今もって俺には、皆目見当が付かない。・・・俺だけれど、今宵も又、懲りずにせっせと夜なべするのさ。

http://www.youtube.com/watch?v=YqXjxoDvAvQ          http://www.youtube.com/watch?v=V7V-wJYlggc&feature=related

④鳩山さんが普天間基地問題の責任を取り、其の職を辞しての菅直人登場。かと、思いきや又々選手交代!?。                                                                                                      2010/08/16 02:01:24

Re:Twelve Twitter  REQUIOS Y.O.

hAtOyamAyuKiOを、退陣に追い込んだ普天間基地大問題は、俺にとっては十分な「抑止力」となった。常時駐留無き日米安保と迄、ほざきながら、結局、辺野古に戻し菅任せ。更に、此処に来て、何やら雲行きも怪しくなり、真打登場か!?。俺的には、沖縄に米軍基地を容認する様な人に、最早、総理大臣で在って欲しくない。有識者の弁や、当人の発言から結論付けるなら、それ程悪い人でもなさそうだし、(菅総理との2ショットの写真を見ると、確かに、持病を抱え、顔色は優れないものの)田中ISMを継承する、最期の大物政治家で在る事に疑いの余地はない。菅さんよりは、政界の事を熟知してるとの事。

願わくば、小沢さんには是非是非、政権を執って戴き、森、小泉、安倍、福田、麻生、鳩山の歴代の記録にも、記憶にも残らない方々より、日本の政治家らしさを、格の違いを見せ付けて頂きたい。虚弱体質の小沢さんには、無理を推して身体を壊し、先立たれては、御夫人が可哀想かとも想ってみたりもしたが、菅さんでは(ア菅)なら、最期の頼みは小沢先生しかないダロ。

検察の国策捜査で失脚寸前迄、追い込まれた小沢さんだが、此れも嘗てのロッキード事件で失脚した田中角栄を髣髴とさせる。USA主導の国策捜査であろう。核超大国がそれ程迄に恐れ、嫌う政治家も恐らく「小沢一郎」だけならば、是非、其の豪腕、強権振りを観て見たいものだ!。

ソレニシテモ余りに酷い。1月に書いた「荒廃国家超克の道」著者の渡辺砂夫さんの忠告。この国の政治家に、愛国心とやらはあるのだろうか!。政治家としての底の浅さ。モラルの無さには、ホトホト愛想が尽きた。酒屋で仲良く盃をを酌み交わし、大口開けて破顔一笑してる画を観ると、マルで衆愚を嘲笑ったかにしか見えない(・・・のは、恐らく俺だけダナ)

沖縄に恋々とする御歴々が、少なからず居られる御様子。其れを傍観する事も許されているのだから、そうする手もあるのだろうが、2012年迄、マダ未だ時間が残されている。 Life is Short 何時まで、イジケテいても何も始まらないか。

「2012年12月22日は、地球と地球上に生きる全てのものが、3次元からⅤ次元へと移行する為の通過点。宇宙からの強いエネルギーに縁って、心の開かれた人達は高次なる人格を引き出し、心を閉じた人達は淘汰されていきます。人類の意識、環境も変わり、新しい文明が始まるのです」by 中丸 薫

911 今年も残す処、後111日。太陽にほえろ 第111話 「ジーパン・シンコ、その愛と死」週末の夜はバーボンでも呑んで、WTCで葬られた人々の冥福でも祈りやがれ!!!。
                                                                                                         2010/9/11 21:12:21
http://www.youtube.com/watch?v=AA9UhyKfuOo

Re:Twelve Twitter  伊波普憂那門

沖縄の名護市辺野古で展開されている反米軍基地闘争は、米軍基地一つ無い土地に暮らす愚者達にとっては、其れはまるで、ミケランジェロが、システィーナ礼拝堂の足場の上で、何年もの間、天井を見上げなければならない、無理で不自然な姿勢の様に、グロテスクに映るだろうが、反米基地の意志を表明するうちなんちゅ達が、其処にどの様な未来図を描こうとしているのかを、醜いやまとんちゅの勝手知らぬ処。

前々から薄々と感じていた事ではあったが、見えぬものへの畏敬の念の希薄さが、「日米軍事同盟」を国是とし、衆愚を崇めさせるに至った。「右傾化する事で、再生の道を模索し続けた其の民族は、神仏への参拝すら儀礼的なものに終始し、結果、没落への憂き目を見猿を得ない。自らが何を為し得るのかではなく、常に代償(御利益)を求める卑しさからは、何も始まる事無く、無駄に時を刻むしかない。敗戦国と云えども、独立国としての強権発動出来ない為(偽)政者の不在が、其の国の行方を雄弁に物語っている。」

沖縄料理の店の暖簾を潜ると、大方の店で琉歌の調べを聴く事が出来る。其の旋律は、生きる事に疲れた者にさえ、一定のヒーリング効果を齎す。況や、国難に巻き込まれ、不慮の死を遂げた者にさえ死の苦しみから、解放に十分な装置だと云えそうだ。

太平洋戦史を紐解けば紐解く程に、敗戦国・日本が何故、戦勝国USAに平伏し続けるのか解らなくなり、謎は深緑と共に深まる一方だ。


私はこの辛い仕事のお陰で憔悴しきっている。まるでロンバルディアの或いは他の何処でもいいが、水の中に溺れている猫のようなものだ。無理をして腹を顎に付け、髭を天に向け、逆さになって、記憶は頭蓋骨の上に飛び出す。胸は怪物ハルビュイアイのように腫れ上がり、顔の上で絵筆を振るうものだから、その滴で顔は彩り豊かな敷石さながら、腰を木の中に入れているので、尻で釣り合いを取る為に、身体を曲げて、目が見えないから手探りで歩き、前では皮膚を広げ、後ろでは折り畳み、頭を下げ、脚を蹴り上げ、シリアの弓の様に反り返る。そして曲がった吹き矢から変な向きに弾が出るように、誤った奇妙な判断が、心を間違った道へと導いてゆく。私の死んだ絵をジョヴァンニよ、私の名誉を守ってくれ。私はいるべき所にはいない。私は画家ではないのだから。        ミケランジェロが友人ジョヴァンニ・ディ・ベネデット・ダ・ピストイアに宛てた手紙

ねぇ~☆直人                                  http://www.youtube.com/watch?v=zHH6T0zaims&feature=related
                                                                                         2010/09/27 01:07:37

Re:Twelve Twitter  伊波普憂那門

平和(理想)と放射能は似て非なるもの。放射能は臭いも形も無い。理想とは古酒の様に、喉を潤すものではない。況してや、触覚で確認できるものでもない。「情報が溢れ、変化のスピードがもの凄く速い、今の時代に必要なもの」圧倒的な美意識=哲学

敗戦から66年の今となっては、米軍基地不要論は、居酒屋理想論の域を出ない。況してや、古酒に呑まれる輩では、其の美酒の違いを解らない様では、戯論者(オオカミ少年)としか見られない。(白旗を掲げ、早々と投降した方がよさそうだ)其れは、愚者との必然的な関係性がそうさせるのかもしれないし、絶対的な国家権力を前に諍う事の空しさと無益。独自の文化に強かに、小賢しく、生きようとする妥協点の上に、うちなんちゅのアイデンティティは成立している。
                                                                2011/10/2 22:34:17
 

BLACK RAIN

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2011年 9月24日(土)01時36分38秒
編集済
  http://www.youtube.com/wacth?v=95-bc1DZovg

駅前の乱開発が急ピッチで進んでいる。目と鼻の先に在る、市役所程の規模の其のビルは、もう直ぐ愚衆の前から其の姿を消すだろう。風の噂では、在日米軍がグアムへの移転を開始したらしい。Barack H Obamaが大統領に就任する直前から、そして今も、Americaを銘打つ保険のCMが頻繁に垂れ流されている。先般、俺は「新地球村宣言」と云う本を手に入れた。¥100というお手軽な価格で、ボリューム感タップリの肉厚で、ジューシーな内容にとつても時めいたからだ。

駅近くでのお買い物を済ませた後、避けて通れない事もない、其の駅前の乱開発の現場は、巨大利権の歪さを剰えお天道様の下に晒している。目の前で展開されている乱開発を見るに付け、マルで、其の本の中に書かれている事が、3Dの映画を体感しているかの様な、幻覚を覚えるが、残念ながら、其れは、其れが現実であり、リアルに覚める事のなく、色褪せる事も忘れさせてしまう程に、強烈な痕跡を残す(審判の日)迄。

俺的には、其れは新世紀に落とされた、ニュータイプのピカドンの様にも想えるのだが・・・。広島、長崎に落とされた旧タイプとは、明らかに異なり進化している。其のニュータイプのピカドンは、マークした其処だけを、跡形もなく確実に消し去るが、よっぽどのヘマをしない限りに措いては、一人の死者も出さない。数年後にはリニューアルされた摩天楼(伏魔殿)が姿を現す。敗戦から既に65年の日いずる国では、Give aNd Takeは、とっくの大昔に、死語と化している。宗主国の要求はGeve and GivE。モツトヨコセ マダマダ アルダロと、際限が無い。無制限ダ。☆チンコで云う処の確率変動(確変中)

マルで、爆弾でも落としたかの様に、建物を破壊し、其処に新たな商店街を出現させる。其処から派生した現ナマは、宗主国様の元に届けられ、Knife&Missile,銃弾等へと姿を変え、米兵の立つ其の地で戦火が上がり、草木一つ無い土地が広がる。大地は、無辜の民の流した血で、真っ赤に染まり、空は米軍の落としたミサイルの黒煙で、真っ黒に広がり、黒い雨が落ちる。

其の粒子レベルまでに、進化を遂げたニュータイプのピカドンは、ヒトの毛穴から侵入し、体内の末端まで侵蝕する。昭和50年代から平成の鈍な世代は、瞬く間に洗脳され、宗主国の先兵として、国内を掻き乱し隣国を監視する。宗主国の盾となり、矛となり忠節を表す。で、あるから見た目は黄色だが、中身は総てUSAと遜色ないから、隣国との関係を軽視し、宗主国との主従性を重視する。大海の距離をものとせず、「不純」と揶揄され様が、緊密な援助関係を継続中。

「好むと好まざるに関わらず、隣国と云うのは、厳然として其処に在る。其れを軽視し、米国との同盟関係を重視するとは、如何なものか」とは、故米原万理さんの、当時の小泉内閣総理大臣、こいづみじゆんいちろ-氏へのお忠言。
                                                                                                                        2010:09/06 17:55:39

http://www.youtube.com/watch?v=jC46eTGpf1M&feature=related

Re:欲望の街 REQUIOS Y.O.   http://www.youtube.com/watch?v=FhE2aahqiTk

俺の住む地方(痴呆)でも、日々利権は蠢いている。とは云っても、河を渡れば、其の国の未来を左右する権力機構の集中する街並みが広がる。謂わば、そんなpoWER(権力)ElitÖ達のBet toWnで、俺は厭嫌息してる。米軍基地一つ無いそんな街だから、サングラスを掛けても様にならない気取った奴。歩きながら携帯の画面を覗き込む人(観猿)。マスクをして、歩きながら(^。^)y-.。o○を吸う人(謂わ猿)。両耳をイヤホンで塞いで、外界の雑音をシャットアウトして歩いている人(訊か猿)で溢れている。

「非核平和都市宣言」の街で、人々は「平和」をめ--- 一杯噛み締め、、全身で受け止め享受している。街のアチラ此方で新築中の家がある一方で、乱開発は進み、古い街並みは一掃されようとしている。人々は無駄な出費を控え、終の棲家に投資する。其の横で、外環道の工事は刻々と進み、何れ立ち退きを迫られる事を当て込んだ上で、其処に居座り、立ち退き料をせしめる。県の不正経理(¥3,000,000,000)は、コンナ処にも影を落としているが、決して暗くは無い。外環道のライン上にあった建物は既に無く、1階にあったコンビニは、隣のブロックに引っ越していた。其の建物の一室を借りていた某NPOは、其の立ち退きでどれだけの利益を得たのだろう。其処の代表が、元牧師だと云うのだから呆れるばかりだ。利権蠢く街で、法の隙間をうまく掻い潜った、貧困ビジネスの成功例って処だろうか。

佐藤初女さんの著書「おむすびの祈り」に登場する、フランス系カナダ人ヴァ-レ神父の様に、ワザワザ海を渡って青森県に就き、宣教と社会福祉を両立(26年)する聖職者も稀なんだろうか。何れにしろ、人生色々、聖職者もピン☆キリって事なんだロ。聖職者として、人生を全うする人もいる。然し、其の職を捨て野に下り、貧困と心中しようとする人もいる。然し、其の貧相を目の当たりにした俺としては、何か「違うだろ」と云う、座り心地の悪さだけが、臀部に蓄積されたのは否めない。・・・が、クリスチャンでも無い俺が、口を挟む事でもない事も又、事実。

此処まで書き綴ると、ハタッと或る事に気が付かされる。BabeLの塔の濫立する過密都市程、脆弱な貧困層が形成し易い!。利便性だけを求めれば、其れに身を任せ、身を委ねてさえいれば、エスカレーター式に墓穴にポトリと落としてくれる。後は、死骸の腐敗臭を嫌がる者達が、勝手に其の穴を埋めてくれる。

が、然し、沖縄はどうも其れとは違う。独立自尊の文化を色濃く形成している。・・・が、米国軍支配下を65年間許し、真綿で首を絞めるかの如く、ジワジワと崩壊の時を、時々刻々と刻んでいるかの様にも想える・・・が、モシその様な事態に其の民族が陥った場合、日米の国家権力が、大きく枢軸として関与した事は否定できない。・・・が、然し、2010年6月時点に於いて、未だ民主主義は生きていると信じたい。2045迄、後35年ある。燃し其の時、俺が生きていれば、80歳に成っている。其の間に、決定的瞬間に出会すかもしれないし、其れはないかもしれない。取り敢えず、其処に照準を絞り、誓願としよう。・・・と、日記には書いておこう。

http://www.youtube.com/watch?v=rKDeVm8OaVY&feature=related

                                                                                                                       2010/09/06 00:11:15

http://www.youtube.com/watch?v=pctS5azIjdc

 

右翼(鳩&覇道はとウ)VS左翼(花&王道)

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2011年 9月21日(水)17時45分22秒
編集済
  最近、俺に張り付けられたレッテル「チンピラウヨク」!?。ハテ、お友達に右翼なんてイナイし、其の手の集会に足繁く通う程、未だ落魄れちゃいないつもりだけども・・・・・。其れは人を介してでも、電信して届けられた訳でもなく、脳髄に直接届けられたソース。だから、少なくとも、其奴と俺しか知らない事に為っている。俺を「チンピラウヨク」と、名指しした、其の東北の禿のお友達も又、禿。然も右翼。國を愛するとは、ハゲしく天辺を擦る事なのか、頭頂部を不毛にする事が、愛国心の表れとでも云うのだろうか。ん! 河童。何れにしろ、北国のハゲに嫌われた事を誇らしく想おう。其の禿の先生の一文を無断に転載した事が、其の禿の逆鱗に触れたんだろう。削除しろと云うなら吝かでない。・・・が、然し(チッチェ――ヤロ―ダ)

大失態を遣らかした御曹司を解析してみる。御曹司様が右か、左かで仕分けるなら、恐らく右。(保守的、國粋的な思想傾向)御曹司が罷免に追いやった、福島瑞穂 元内閣府特命担当大臣は恐らく左。(社会主義・共産主義・急進的・革新的な思想)右が男性原理なら、左は女性原理。今回の普天間基地移設問題とってみただけでも、前政権の遺物でしかない事はハッキリした。「亭主元気で留守が好い」とは、良く云ったものダ。人の65歳と云えば、とっくに現役引退し、日がな一日ゴ~ロゴロ。社会人としては、疾うの昔に疲弊しお払い箱。敗戦から65年。、殆ど、其の優れた潜在(洗剤)能力を蓄積、温存されているのが、革新的原理とも謂えそうだ。其の驚異的とも云える力は、恐らく、活断層の上に建つ原子力発電所をも凌駕するのではなかろうか。其の兆候は、既に第90代内閣総理大臣 安倍晋三「美しい国へ」の頃から、見られ初めていた。そして、其れは自由民主党一党支配の崩壊後、着々と芽吹き始めている。

「和を持って貴しとなす」 即ち、〇を持って貴しとなす。男性原理がロで△で在り、生きる為に勝ち続ける為に、尖がる事を主張しているのに対し、女性原理は◇や▽をも◎の中に内包し、新たな生命を誕生させてしまうが、♂には、先天的に其の思考回路が備わっていないから、先ずムリ。右翼思想が覇道で在るなら、左翼思想は王道と見て良い。 即ち、「仁義礼智忠信孝悌」の八徳を持って、国を創る事がベターだろう。旧政力が(柔道)とするなら、新政権は(拳)でなくては、間に合わないかもしれない・・・!?。掴んで絞めるOR投げる(二動作)のではなく、間合いが交差した時点で決着する(一動作)柔の道は命まで奪おうとはしない。然し、剣と拳は稍もすると、命の捕り合いにまで発展するから、日々の過酷なトレーニングが要求される。其の國が此処まで没落してしまっては、最早、「Macho」に成るしか在るまい!。詰る処、三島由紀夫の復活ダ。映画「人斬り」で、三島由紀夫演じた田中新兵衛。腰に差した刀は、人を斬る道具では無く、自らの腹を斬る。其の覚悟が、其の國に住む民に御在りだろうか。其の覚悟無くして、御家再興は在り得ないと想うが・・・・・がハテさて如何なものか。

                                                                       2010/06/04 00:12:12

LIFE     Right⇒Light
   ↓
LEFT     Left⇒Life

ET


LIFE
 ↑
 愛・・・・・ETの薄愛


Left-Life=IF・・・・♀・・・!

                                                             2010/06/03 01:12:12

Re:右翼(鳩&覇道はとゥ)VS左翼(花&王道)  Twelve Y.O.

又、やっちまったなァ~。

其の国の黒幕を禿呼ばわりしちまった。其の國の黒幕が200人って多いんだか、少ないのか。

「言論活動の場があれば、右も左もなくなる」

否、右を見て、左を見て、又、左を見て其の間を行こう。行けば解るさ、迷わず行こう。
                                                                                                                                      2010/06/06 22:22:23
 

ECONOMIC ALIEN

 投稿者:伊波普憂那門  投稿日:2011年 9月21日(水)11時13分26秒
編集済
  嘗て、其の国をEconomic Animalと揶揄した核超大国は、最早、日本にはビジネスチャンスがないと見限り、経済成長著しい核保有&軍事大国との同盟関係を模索し、其処にビックチャンスを見出そうとしている。Apple社のiPodに敗北したSONYのWALKMAN。4月にiPadを市場に発表したUSA。iPadのコピーAPadを3月に完成した中国。共に、世界にパワーバランスの枢軸を成している超大国であるが、俺的にはUSAという国が、決してドラキュラ等と云うモンスターには、未だ想えない。寧ろ、<蚊>ぐらいにしか想えて仕方ない。・・・何故か。其れは、其の國の未来を委ねるべき若者を、子を持つ母親を、単なる武具(矛・盾)としか見ず、徹底的に殺人兵器へと仕上げてしまう程度(低度)の先進国。(・・・文明退化の音がする~♪)そう捉えれば、悍ましくもあり、恐い民族だとも云えるが、そんなFUCKingな国を、民族を恐れる程の、か細い神経は持ち合わせてはいない俺なのサ!!。

其れは、今日まで、彼の国が歩んできた歴史を見れば、一目瞭然ダ。ObaさんはBush&Clikntonの遣り残した亜細亜貿易の市場開放・核弾頭の削減は、FUTENMAの御多分に漏れず、新たな核戦略を持って、覇道を誇示する可能性は十二分に有る。何せ、Changeが何時、CHARGEへと拘り替えられるか!。予断は許されない。《其れは、其の国の愚衆が強制的に、若しくは、同盟国への博愛的忠義、若しくは、軍事帝国自らの手を持って植民地化した愚民の両目を塞いでいるTRICK鷺『Hat〇yAMa』の違いでしかない。日米軍事同盟とは、即ち、S(Saber),M(Machiavellism)の横行する党利党略第一義の極東①の亜流國の関係性の事である。》
                                                                                                                    2010/05/29 23:24:35

Re:ECONOMIC ALEN  REQUIOS Y.O.

リアリズム(日米軍事同盟&抑止力)の前では、知性も理性もぶっ飛ぶものらしい・・・で、現行の政力が代行させたのが、利性であり、痴性(稚性)&恥性。敗戦から65年。・・・しても尚、この為体。

嘗て、キーナー板で、現職自衛官と名乗る♂?が、「沖縄の人達は何故、軍部に従属挺身したんでしょうね?」とほざく輩がいたが、其れよりも更に、其の国の国家権力の在り様は醜悪の極みだ。

自衛隊を、イラクに派兵したこいづみじゆんいちろ―を、独立委員会に出頭させ、証人喚問すべきだとの声も有る。

イラク派兵もBush REQUEST。民主主義のリアリズムを追求するなら、其の元凶である人物。特に内閣ソーリ大臣は法廷に引っ張り出し、吊るし上げるべき、りっぱでリッパな、とつても御立派な政治犯である。(・・・事を、明確にしませんか。by玉城)

折りしも、政権後退し、坂本龍馬が復活を遂げた。

この国の雛形を創り上げたのはサムライ。腰に差した刀は人を斬る。自らの腹を切るの二通りの使い道しかない。女の頭に挿すかんざしとは、まるっきし意味が違うが、生前、何度も腹を切った三島由紀夫。そして、国家権力の中枢に御鎮座在す鳩山由紀夫。亜米利加から沖縄を奪還出来なかった付けは、かなりの高額と為ってしまった。(恐らく、市民生活を脅かす天文学的数値に及ぶ事だろう)現世の者達からも、そして、既に鬼籍に入られたアノお方もさぞかし、鬼の形相でご立腹の事だろう。

                                                             2010/05/30 00:12:12
 

MARKOV CHAIN&HatOyaMayUki0

 投稿者:Twelve Y.O.  投稿日:2011年 9月20日(火)04時47分24秒
編集済
  サイコロの目を持って未来を占うのであれば、其れは、次は、誰が政権を握るかを争点とするしかない。確立は1/6―(民主党⇔①の次に①が出ないとも限らないし、①の目が出ては為らないと制限する事も出来ない。(・・のは、机上の空論)何時、何処で、何処其処の政党が政権を担当するのかは、団栗!、筍!?の背比べでしかない。其の国ならではの現象として、ジャンケンの1/3の勝率しか見込めない不毛の(遺恨の残る)戦いより、サイコロの目で、時局を委ねる方が、無難かとも想えて来る。寧ろ、占い師等に国政を左右される位なら、サイコロを振って、政権を担当する政党を決定する方が、健全かとも想える。

・・・が、其れは飽く迄「政局」だけにしか成立しない確率論であって、必要悪でしかない米軍基地ともなれば、サイコロの目で決定してしまって良い訳では無いのは承知の事実!?。

『確率過程を考えましょう。サイコロをコロコロと机の上で反します。其の時、過去にどの目が出ていたかに関わらず、現在①の目が出ていれば、次に出る目は、2、3,4、5の何れかの目で有る事が解ります。即ち、未来(次に出る目を決めているのは、現在の①と云う目なのです。このサイコロが6個(有限個)しか目を持たない場合、試行を無限回行っても、有限な目の種類しか出得ず、何度も同じ目を繰り返します。この時、マルコフ連鎖(MARKOV CHAIN)と云います。(現実には、この例は不適切ですが)無限の面を持ったサイコロで行えば、マルコフ連鎖にはなりません。

          ――――――過去と現在の繋がり――――――マルコフ連鎖が有限なパターンしかできないものに対して発生する。

サイコロを振って決定される其の国の未来~民主党か、自民党なのか? 否、共産党。其れとも公明党でも良い!?。取り敢えず社民党!!!。(^0^)

沖縄米軍基地の

①全面閉鎖⇒段階的に撤収
②グアム・テニアン移設
③お台場への(段階的全面)移設
④本国(USA)への全面移設

マルコフ連鎖――(MARKOV CHAN)――未来を決めるのは、過去ではなく、現在で有る様な過程の事。即ち、或系が過去にどんな状態であっても、現在の状態から未来の状態が決定する。マルコフ連鎖――過去、現在、未来は鎖の様に連結している。

敗戦(過去)->覇米従日65周年(現在)->日米絶滅戦沖縄島☆米国軍基地リニューアル断固拒否(現在)->在沖縄米軍用地の全面返還(未来)->二国二制度の樹立(未来)->沖縄独立(未来)

MARKOV CHANの出所⇒You Tube『佐藤 優 普天間基地移設問題』2010/04/02⇒5/14 QAB『どうなる普天間移設~朝まで徹底生激論』への出演を断る(拒否!?)⇒鳩山首相&平野官房長官に、大城立裕著「小説琉球処分」を推奨する。(GREEN ZONEからの発言を決断か!)其の後の発言、腑に落ちない???だけが残った。MARKOV CHAN――高等数学(統計学)難し~(?_?)取り敢えず、「佐藤 ★の荒唐無稽な高等戦術」と謂う事で納得。
                                                                                                                                                                                                                                  2010/05/26 00:12:12

http://www.youtube.com/watch?v=F6SSXNxDNeA&feature=related

 

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